四層㉕ 恐怖
アイリッシュは瞬時に違和を感じ取り、発生する罠をよけて進んでいく。
その動きに淀みはいっさいない。
罠がひしめく地獄のような状態のここで彼女が一つの狂いもなく機動出来ているのは、一重に臆病だったからだ。
臆病ゆえに周りのものに常に注意を飛ばし、気を休めることがない。
その彼女二つ名の『慢心』とは程遠い姿勢が彼女の動きを洗練していた。
そして現在アイリッシュの動きは一段と洗練されていた。
先ほどのユースケスの態度に不信感を持ち、恐怖しているからだ。
それと言うのも前回のイルマスのやり取りの後、彼女に「リッチャンは万象のリードではない」と言ったユースケスが嘘をついたことからことは始まる。
彼女は何度も助けられユースケスを信頼していたため、直後何も考えずに彼の言葉を信じたが、そのあとリッチャンが時間遡行の呪いをかけ、ユースケスがまったく驚かなかった様子を見たことで嘘をつかれたことに気づいた。
普通ならば彼の魔王しか出来ないような芸当を見せつけられ、リードではないと推測していたユースケスは驚くはずなのに、その逆に彼は全く持って平静だったのだ。
その瞬間、彼女は彼が自分を手玉に取るために嘘をついたことを確信した。
アイリッシュはユースケスに恐怖した。
だからそのあと彼女はユースケスが嘘をつく瞬間に起こす所作について、注意を飛ばし、発見することに尽力した。
そしてアイリッシュはつい先刻ゴーレムを運ぶ彼がついた嘘からそれをついにそれを発見した。
ユースケスは嘘をつく瞬間にほんのわずかだが、額の筋肉がこわばる。
おおよそ常人では発見できないような機微を。
彼女以外のにはどれだけ気を配ってみてもわからないような無意識で起こすサインを。
アイリッシュは恐怖によって増強された執念と飛びぬけた身体能力によって見つけだした。
だからこそ、ユースケスがウソをつき、グラシオを手玉に取ったことに気づいた。
彼女だけはもうユースケスのウソに騙されることはない。