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忍のお仕事  作者: やまもと蜜香
第九章 【忍道】
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其の二 おのぼりさんたち

 以前にエンが訪れた頃の京の都は、まだ戦火の傷跡の残る復興途上の都市だった。上半身をはだけた男たちが力仕事に励み、それを支える女子供が動きまわる光景があちらこちらで目についたのを憶えている。それが今ではもう復興ではなく発展の段階なのか、整備された町並みに根を張る人々のたたずまいも文化的な暮らしが板に付いているように感じる。


「わぁ…… すごいねぇ」


 もう何度そう言ったか、物珍しさにユナは目を輝かせている。これまで美濃から出たことのなかったユナには京のごとき規模の大きな都市は初めて目の当たりにするものであり、目の前を伸びてゆく終わりの見えない通り一つをとっても驚きの対象であった。

 だが、動きに目を光らせておかなければならないのはユナではなくシノの方で、こいつは勝手に町の散策へと走り出して行きかねない。現にこれまでにも、見慣れないものを見かける度に「ちょと偵察してきます」と、抜け出して自由行動をとろうとするものだから、「いや、偵察しなくていいから、おとなしくついてこい!」と、もう何度もたしなめているのだ。


 サクは京の中に住まいを持っていた。もっとも、屋敷と呼ぶには小さなものではあったが。主家の明智さまが京での政務を任されたため、家臣一同も移り住んだのだ。ともあれ都に居を構えたことは武士としては大層な誉なのではなかろうか。

 そんなサクの屋敷の前に四つの影があった。別行動でここに向かっていたバジク組の連中だ。


「とろくせぇな! どんだけ待ったと思ってやがるんだ」


「はいはい。早く着いて偉かったね」


「何だと!? テメェ!」


 軽くあしらうエンにバジクがいきり立つ。しかしエンは取りあわず、予定の日の昼間に到着できたのだから問題は無いだろうという姿勢を貫いた。


 濃武の里の忍が到着したと聞いて、サクが屋敷に戻ってきた。久しぶりのエンとの再会に少し心を躍らせながら廊下を歩くサク。エンたちが待つ広間の襖に手を伸ばそうとしたとき、中からは人が揉めているとしか思えない口汚い言葉が聞こえてきた。

 襖に手をかけたサクだったが開くことを躊躇した。明らかに中の人間が口論している。サクは襖を開くのを止め、傍に控える家人に手招きしながら、その場を少し離れた。


「おい、中の連中は喧嘩でもしておるのか?」


「はっ、先ほどよりずっと揉めておるように御座います」


「ふむぅ…… そうか」


 エンの顔を見て数年ぶりの再会を喜び語ろうと考えていたサクだったが、忍たちの不穏な空気を察したため、しばらくはエンへの親しげな態度は控えようと考えを改めた。

「ヴ、ヴゥン」サクはわざと咳払いを一度してから、家人に襖を開けさせた。室内はつい先ほどまでの口論がこの部屋のものではなかったかのように、八名の忍が静かに座っていた。家人と共に部屋へと入ってきたサクは少し粗暴に忍たちの前へドカリと腰を下ろすと、ゆっくりと皆の顔を見回してから口を開いた。


「これより明智さまは丹波へと出陣なさる。当然、配下の我も出立となる。おまえたちには此度の出征の間、我の直属の忍として付き従ってもらう」


「はっ」


 バジクが忍の代表者であるかのように大きく返事をした。そんなバジクにサクはこうも言った。


「此度の舞台は戦場である。命の奪い合いが行われる場所と考えてもらって構わぬ。なれば、緊急時には臨機応変に動くことも肝要ではあるが、基本的におまえたちは作戦命令にきっちりと従い、忍同士も連携して動いて貰わねばならぬ。判っておるな」


「はっ……」


 忍たちの不仲を察し、サクはクギを刺した訳だが、バジクの返事は先ほどより歯切れが悪かった。



 丹波国はここ京の西隣に位置する国である。サクの大殿にあたる明智さまが主君の命を受け、この丹波国を攻略すべく出陣することとなった。それに伴いサクもこの平定戦に帯同する。しかも本隊の一員として随行するのではなく、サク自身が率いる部隊による独立した作戦行動を命じられたのだ。サクにとっては命令を全うするだけで手柄となる願ってもない機会が巡ってきたことになる。そこでサクは、自分が直接命令を下して動かせる忍を抱えたいと考えた。そのときに思い出したのが、かつて共に旅をしたエンの存在だったのだ。


 出立は明後日、都の郊外に兵が集結するという。それまでは都にて自由に準備をすればいい。宿泊はサクの屋敷では手狭ということで、宿を手配してくれた。


「なんだ、一緒に行かないのか?」


「オマエと同じ宿なんぞまっぴらなんだよ。オレ達は勝手にさせてもらうぜ」


「ふぅん、徹底してるね。そういう意志の堅いところは『仲間』として頼もしいかぎりだよ」


「オマエのそういうすましたところが大嫌いなんだよ、オレは」


「そいつは気が合うね。俺もお前のことは大嫌いだからさ」


「「ふん」」


 バジク組の四人が先に屋敷を出ていった。続いてエンたちも席を立ったとき、サクの家人がエンを呼びにきた。サクがエンと話をしたいのだという。


「すまないが、ここで待っていてくれ」


 仲間にそう言い残すと、エンは家人に連れられて別の部屋へと移った。部屋ではサクが待っていた。先ほどまでの仏頂面ではなく、笑顔に白い歯が見えた。懐かしき再会をサクはエンの肩をたたいて喜んだ。


「実は小さな戦のおりにおめぇを連れて行こうと、何度かおめぇんとこの労務局に話しに行ったんだがよ。奴らいつも都合が悪いとしか言わねぇし、おめぇの姿も無かったようだった。いったいどうしていたのだ?」


 どうやらサクは今回に限らず、何度かエンを指名して労務局へ問い合わせてくれていたようだ。だが、エンが答えるよりも先に、サクが思い出したように質問を続ける。


「いや、そんなことよりも何だあれは。一緒に来たあの連中は、本当に同じ里の者なのか?」


 バジクたちと明らかに険悪なエンの様子に気付いているサクは、エンと二人で話す機会があれば問い質そうと考えていたのだ。

 エンの方も、財政的に余裕などないであろうサクがお仕事を与えてくれたにもかかわらず、派遣された忍がこのように一体感が無いのでは申し訳がないという心苦しさがあった。エンはまず、二年ほど里から離れていたことと、その理由を説明した。その上で、今のエンが里の者の恨みをかっており、忍同士の関係が良好ではないという苦しい現状を正直にうち明けた。


「徳川さまのとこの忍を殺って逃げたのか!? くくく…… やはり面白いやつだな、おめぇは」


 とんだ連中を雇う羽目になったと怒ることもなく、エンの話を面白いと笑い飛ばすサクは、実は器の大きな男なのかもしれない。しかもサクは笑った後にこう言った。


「近ごろ儂もやっと、僅かながら家来を持てるようになった。どうじゃ、儂の家の忍をやってみぬか?」


 エンの苦境を憐れんだのか、サクはエンを自分の元で働かないかと誘ったのだ。


「ありがたい誘いだけど、やめておいた方がいい。身銭を切って忍を家臣に取り立てるのなら、もっと強くて勤勉な者を雇う方が役に立つよ」


 エンのもの言いは、今の雇い主に向かって自分は役に立たないと言っているようなものだが、嫌味のなさにサクは思わず笑ってしまった。


「わはははっ まったくだ。おめぇとなら話し相手には事欠かぬが、共にいるところを襲われれば、儂がおめぇを守らねばならんからの」


 専属の主に仕えることは、安定した収入と環境を得ることのできる忍にとっては一つの理想の暮らしの形である。しかしエンは言い草こそふざけているが、要するに今の自分の実力では荷が重いと正直に辞退したのだ。サクは、自分を飾って売り込もうとしないエンのこういう姿勢に好感を持っている。


「やはりおめぇとは、主従よりも友でいる方が楽しいな」


「やめろよ、最近の俺は心が弱ってんだら。そんなこと言われると泣きそうになるだろ」



 エン組はサクが用意した宿で夜を明かし、翌日は休養にあてた。休養といっても宿で安静に過ごすわけはない。早く都を見て回りたいと前夜からそわそわしていたシノは、朝早くに一人で出ていった。残されたエンもユナとカンを伴って京を散策して過ごした。


「どうせまた、蕎麦を食おうって言い出すんでしょ?」


「当たり前さ。都の蕎麦がいかほどのものかを知らぬまま、戦場へなど赴けるかよ」


 カンの問いに即答するエン。息のつまる里から離れての都見物に、少し気の晴れたエンがいた。


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