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忍のお仕事  作者: やまもと蜜香
第八章 【抜け忍】
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其の拾二 絵師爆誕そして引退

 新造中の砦の偵察へと向かうことになった。

 というのも、かねてからチセが行きたがっていた、エンとヨシノとの三人でのお仕事が決まったのだ。稼ぎとしてはワリは合わないが、一人分の報酬を三人で分けることにして、お仕事を楽しむことにした。


 労務局に貼り出されていた募集案件には、『関にて建造される砦と周辺調査』とあった。募集はニ名。

 労務局は二人の忍と契約をすると言う意味で、その二人の忍それぞれが仲間を何人連れて行くのも自由である。ここはエンが代表となって契約し、チセとヨシノを連れて行くことにしたのだ。


 お仕事の現場となる関という地は、大和の東隣の伊勢国にある。その伊勢国には、日ノ本中から人々がこぞって参拝に訪れるという日ノ本一の霊験あらたかな神宮が存在する。東からやって来る人も西から来る人も、道は伊勢国のとある場所にて合流し、そこから南下することで神宮へと至る。そんな道の合流する交通の要所が関だった。


 チセとヨシノは男装、三人そろって茶色の衣服に日よけの笠をかぶる地味な格好で十津の里を出た。そして、まるで遊びにでも出かけたように、悠々と談笑しながら現地へと向かう。お仕事となるとヨシノは内心、少しの不安を抱いていたが、チセの方は楽しそうだ。お仕事へと向かう際には、これまでの悲壮感の漂う覚悟と共に歩む道のりしか知らないチセにとって、此度の気の置けない仲間と共に歩む旅は心が躍るのだった。


 そんな一行は、北東へ向けて五日ほど歩いた。そろそろ目的地へも近づいているはずだ。ここまで来ると、さすがにヨシノは不安な気持ちを訴えずにはいられなくなった。


「あの、お仕事のこと。なんにも話してないけど、大丈夫なのかな……」


 新造の砦とその周囲の偵察。こういったお仕事は、エンは以前にも経験していた。その経験もあって、それが忍のお仕事の中でも比較的に緩い内容であることを知っていた。だからこそ、今回選んだといってもいい。しかし、不安になるヨシノの気持ちも分かると、エンは簡単に考えを話した。


「こういうお仕事はね、分業するのがコツなのさ」


「分業?」


「そう、一番絵の上手な者が絵師となって、砦や周囲の絵図を描く。そして他の者は詳細な現地で情報を嗅ぎ回り、それを絵師に伝えて絵図の中身を充実させていくんだよ」


 しばらく歩くと、倒壊した廃屋を見つけた。するとエンは廃屋を物色して板切れを三枚拾ってくると、チセとヨシノに一枚ずつ手渡した。


「ほら、あそこの木の傍に犬がいるだろ? あの犬の絵をこの板に描いてみよう」


 エンに促されて、ヨシノとチセは今回のお仕事のために袖に入れてきた筆をとった。エンも筆を取り出し、サラサラと描いてゆく。

 さほど絵の完成に時間はかからず、描き上げた絵を見せ合うことにした。まずはヨシノが板を見せる。

犬っぽいものが描かれていた。おまけにお題には無い木の幹まで、背景として描かれているのだが、上手いというほどではない。


「普通だな」


「ええ、普通ね」


 感情の薄い仲間たちの感想に、ヨシノはムッとする。


「何を描いてるのかがちゃんと分かるんだから良いじゃない。普通ってなによ、普通って! そういう二人の絵も見せてよ」


 ヨシノに迫られて、チセが絵の板を見せた。そこには、ぐにゃぐにゃした何かの上に、動物の頭らしきものが乗っている。そして卑怯にも、頭の横には「わんわん」と、鳴き声を書き込まれていた。


「うわ…… これは酷いな……」


「うん……」


 エンとヨシノの冷淡な反応が意外だったのか、チセは「え!?」と、驚いた。エンはその謎の絵を理解しようと質問する。


「これは水たまりか?」


「何言ってんの、体よ、からだ、犬の体」


 いつも何かとそつなくこなすチセだが、絵は下手だった。


「エンのも見せなさいよ。あなたのだって人のことは言えないんでしょ」


 早く絵を見せろと、悔しさ半分にチセはエンに訴えた。エンは板を差し出し、二人がそれを覗き込む。

 エンの描いた犬は、横向きの胴体に四本の足が横一例に並んでいた、だが顔は正面を向いて笑っている。典型的な下手な人の絵だ。


「なんで動物なのに、まゆ毛を描いちゃってるの?」


「いや、何となく……」


 程度の低い画力を比べた結果、どうやらヨシノの腕が最もマシであるらしい。 絵師ヨシノ誕生の瞬間であった。


 翌日、集合場所に指定されている村に到着した。そこは、もうすぐ先が関という領境の村だった。今回の案件を受けた十津の里のもう一人の男は、すでに一人の仲間を連れて到着していた。その男はハツと名乗った。ハツはエンたちを見ると、あからさまに嫌な顔をした。


「なんだ、もう一組は毒蛾だったのか。生え抜きがこんな仕事まで受けるのかよ」


 エンはそんな嫌味には取りあわず、穏やかに対応する。


「依頼を受けたのは俺さ。毒蛾はウチの一組員だ。まぁ、お仕事でもあんたらに協力し合おうなんて言わないから安心しなよ」


 エンは、潜伏する関の地を東西に区切り、ハツ組とエン組が調査を行う担当区域を明確に分けよう、と提案した。それならばお互いにつるむ必要も無くなる。当然ハツは、この提案を受けた。ただし、エンは最低限の条件を付ける。


「三日に一度は俺とハツだけは会うようにして、お互いの進捗状況などを確認しよう。調査箇所に漏れがあっちゃいけないからな。そして最後は労務局で、お互いの調査結果を合わせて局に提出する。これでいいか?」


「ああ、問題ない」


 そういって、ハツとその仲間はさっさと関へと向かって去っていった。


「まずはどうすればいいのかな?」


「そうだな、さしあたり砦を探そう。そうすれば、砦の近くには各地から派遣されてきた忍がウヨウヨいるはずだ。そこからまずは情報を集め…… あっ!? アイツは!」


 エンたちが話す木陰から見える街道。今そこを通り過ぎていった男の顔、横顔しか見えなかったが、エンには憶えのある顔だった。急いでエンは追おうとする。


「どうしたの? エン」

 と、ヨシノが驚いて尋ねた。


「古い知り合いがいたんだ。声をかけてくるから、待っててくれ。……あぁ、それと、ヨシノは絵師卒業だ」


 そう言い残してエンが離れてゆく。


「えぇ…… まだ何も描いていないのに……」


 寂しく呟く絵師ヨシノの作品は、板に描いた野良犬の絵一枚をもって終わってしまった。


「緑のぉ」


 エンは前を歩く男に呼び掛けたが反応が無い。もう一度、今度は少し大きな声で、

「なぁ、お前は、゛緑の゛じゃないか」


 ここでやっと、男は自分が話しかけられていると気付いたようで、振り返ってエンをジッと見る。


「オレにそんな呼び方をする奴は今まで一人しかいなかったが、やっぱりオメェか」


「久しぶりだな」


「おう、今は緑の衣服ではないがな」


 エンと同じような茶色い衣服のこの男は、以前にエンが派遣された偵察任務にて、協力して地図を作成した他里の忍である。この男が緑色、エンが茶色の衣服を着ていたため、「緑の」「茶色の」と呼び合ったのである。<※ 第一章 二話 ※>


「あのとき別れ際に、次に会ったら名を教え合おうと言ったのを憶えているか? 俺の名はエンだ」


「おう、オレはレイトという」


 懐かしい顔との再会に、エンとレイトは話し込んでしまう。


「思うところもあって、活動の場を変えたんだ。オレは美濃から大和の里へと移籍した。もうオメェとは会うことも無いかと思っていたが、こんな所で会うとはな」


 レイトはエンと協力してお仕事を行った後は、同じような偵察任務へと赴くたびにエンは来ていないかと気にかけていたが、遂に再会することはなかった。やがて、レイトの方が美濃を離れてしまったのだという。


「そうだったのか。俺の方はあの後は、里から与えられるお仕事の種類が変わってしまってね、偵察にはあまり出なくなってしまったんだよ」


 思い返せばエンのお仕事は、従軍、潜入、暗殺など、一見すると忍の王道を歩むように変化していった。

「でも……」エンは話を続ける。


「じつは俺も訳あってな、美濃から大和に移ったんだ」


「クハハハ、そいつは奇遇だったな」


 レイトは素直にエンとの再会を喜び、共同でお仕事を遂行する誘いにも同意した。エンは早速、レイトに仲間を紹介しておくことにした。


「なんだオメェ、この程度の仕事に仲間を連れて来てんのか」


「うん。何なら、俺の仲間じゃない奴も含めたら、ウチの里からは五人も来てるな」


「依頼主を欺して見積もったとしか思えねぇ、デタラメな人数だな……」


 依頼人数は二人だったのだが、それぞれが身内を連れて来た結果、五人の大所帯となってしまった。


「まぁ、俺の方の仲間はいつも暗い潜入の仕事をしているからさ、今回は気晴らしも兼ねて連れて来たんだよ」


 そう話しながら歩いているうちに、待たせていたチセとヨシノが見えてきた。ヨシノが何だかイジけている様子だが、エンは構わずレイトを二人の前に立たせると、絵の上手な知人として彼を紹介した。

 だが、チセを見たレイトは、驚きを隠さず彼女に語りかけた。


「へぇ…… あんた、毒蛾さんじゃないか」


 瞬間、エンが凍りつく。まさかチセの顔がそこまで売れているとは。まさか災いの種を招き入れてしまったのではないかと冷や汗が伝う。


「な、なんだ、お前、チセを知ってるのか」


「一度だけ十津の里へ使いに行ったことがあってな、その時に毒蛾の噂を聞いたんだよ。で、せっかくの機会だし、ひと目見ていこうと遠目に拝ませてもらったのさ」


「へ、へえ……それで、ひと目見て、どうだった?」


 チセを毒蛾と知っていたレイトが、チセに悪感情を持っていてはいけないと、確認するように尋ねる。


「ん? そうだな…… べっぴんさんだなと思っただけさ。毒蛾ではなくチセさんっていうんだな。いや、まさかこんな所でお知り合いになるとは思ってもみなかったんで、その節は悪かったね」


「いえ…… 気にしてませんよ」


 チセは微笑むように応えた。しかし、その口もとが引きつっているようにも見えることを観察の名人であるレイトは見逃していなかった。


 このてのお仕事では、まずは幾つの砦をどこに建造しているのかを調べあげることから始まる。そこで、この日は大まかに関の領内を見て回ることにした。その途中、レイトはエンを連れ小便に誘い出した。レイトには気になることがあるらしい。


「チセさんには、オレが毒蛾と呼ばれているのを知ってたせいで気を悪くさせちまったかな?」


 あぁなるほどと、レイトが何を気にしているのかを知ったエンは、十津の里でのチセを取り巻く事情を説明する。


「いや、そんなことは無いよ。ただ、里では毒蛾と知られると、嫌な顔をされて避けられるようになるんでな。だからチセは、お前と積極的に話すのをためらっちまったんだろうな」


「ふぅん…… オレには解らねぇな。そんなことであんな美人を避けるなんてな」


 レイトのそんな感想は、まさにエンが十津の里へと来て以来、里の者たちに感じていた違和感と同じものであった。エンやこのレイトのような里外から来た者にしてみれば、チセが毒蛾だからといって里の者から忌み嫌われるような理由にはならないのだ。きっと始まりは誰かが周囲の者を誘ってチセを避けた意地悪で、それが広まって常態化してしまったのだろう。


「しかし、そんな環境でよく続けていられるな。どうして彼女は余所に移らないんだ?」


 自ら環境を変えてきたレイトにとっては、そんな不遇な環境でチセが生活を続けていることが不思議だったのであろう。里の生え抜きとして一線に立ってきたチセには、そんな発想は無かったのかも知れないし、チセから直接話を聞かされてきたエンも、守ってやりたいとの思いが強くて、里から連れだそうとは考えなかった。だからこそ、レイトのこの言葉はエンに響いた。そもそも堪える必要が無かったのだ。


「ありがとうレイト! 目から鱗が落ちた思いだ!」


「おい、小便中だぞ! 揺するな!」


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