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忍のお仕事  作者: やまもと蜜香
第八章 【抜け忍】
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其の九 斥候

 大和国には大名がいない。大名がいなければ戦にかり出されることがないかというと、そんなことはない。寺社が表向きの大和の代表で、各地の豪族同士による争いが絶えない地であった。

 そんな大和の山の中、十津の里の外れにチセの家が在る。チセの家にチセは居ない。チセは多忙につき、家を空ける期間が長いのだ。そんな家主不在の家に寄生しているのがヨシノとエンである。

 ヨシノとエンは、まだ正気を保っていた。家主に働かせて居候が毎日ダラダラと自宅警備員に甘んじていることに、心苦しいと思える心が残っているのだから。そう、働かねばならないのだ。そんな強迫観念に背中を押されるように、エンとヨシノは定期的に労務局へと通い手頃な案件を探している。


「なぁヨシノ、これはどうだろう?」


【従軍(主に斥候任務)】とある。それは、先週までは無かった案件の募集だった。斥候は進行する軍隊の先を進み、敵部隊の存在や動向を探ると共に、異常があればいち早く味方部隊に情報を伝える役目である。大和内の領主同士による小さな戦は珍しくもない。そんな戦の一つでの斥候ならば、期間の面でも短いはずだ。ヨシノも同意したことでお仕事が決まった。

 その日の夜、ヨシノがしばらく家を空けることをタイガに伝えた。


「私とエンは、しばらくお仕事で留守にします」


 タイガの目が一瞬パチリと開いたが、すぐに無表情に戻った。エンがそこに補足する。


「死なない程度に腹を満たせるよう、食材の取り方と調理の仕方は教えたから大丈夫だよな。俺たちがいない間は、この家の食材や薪を勝手に使って構わない。やれるな」


「余計なお世話だ。オレにはもう、毒蛾の仲間の手助けなど必要ない」


 相変わらず生意気な奴だが、この負けん気があれば大丈夫だろう。それから数日の後、エンとヨシノは里を出た。



 高田という村の南の岡に建つ小屋、それが指定された集合場所だった。もちろん土地勘の無いエンにはたどり着けない。前回のお仕事同様、ヨシノの後に付いてやって来た。

 指定の小屋にはすでに数人の忍がいた。エンたちの後にも人は集まり、総勢は八名となった。すると、二人の男が前に進み出て説明に入った。


「此度はお集まりいただき、ありがとうございます。……と、丁寧に喋るべきところだが、性に合わんので普段どおりの話し方をさせていただく。ワシはアジア、こっちの小っこいのがハトと申す。此度は我らの里が客より依頼を受け、その依頼を実行するにあたって必要な頭数として、他里の皆に集まっていただいた次第だ」


『なるほど、下請けだから十津の里では募集案件として扱われていたんだな』


 十津の里にてこの案件が、エンたち外様忍に向けた募集型案件として貼り出されていたことに納得した。アジアと名乗った男の説明が続く。


「今回の仕事の依頼主は箸尾氏だ。彼らが間もなく兵を挙げて筒井の城を攻める。我らはそれに従軍する」


 箸尾氏は大和の豪族であるが、エンはキョトンと聞いている。箸尾を知らないのだ。そんなエンをよそに周囲はザワついた。依頼主の箸尾が小領主であるのに対し、敵となる筒井が大和の有力大領主だからだ。しかし、皆のそんな反応を楽しむかのように少し間を置いてから、アジアは言葉を継いだ。


「大丈夫だ諸君、安心してくれ。はっきり言っておこう。この仕事は当たりだ!」


 どういうことか早く言えとばかりに、皆は黙ってアジアを見続ける。


「筒井の城を攻めるといってもな、額田っていう枝城の一つだ。しかもだ、実はいま筒井の殿様は大和に居ない。新しいご主人の織田に従って遠征に出てるんだとよ。分かるだろ? 留守中の敵の手薄な枝城だ。たどり着いて囲むだけで落ちる」


 そんな枝城を落とすまで、斥候として従軍するのだという。皆が納得したところで、八人の忍たちは小屋を出て箸尾勢の集結地点へと向かった。


「なぁヨシノ、箸尾ってのはそんなに筒井と仲が悪いのかい?」


 歩きながらふと、エンはヨシノに尋ねてみた。


「ん~ どうなんだろう。とりたてて仲の悪いなんて話はあまり聞かないけど」


 すると、そんな二人の会話を聞いた他里の忍が口を挟んでくる。


「仲が悪いも何も、箸尾ってのは筒井の妹を嫁にもらってんだぜ」


 意外なことを言う。相手の妹をもらったのなら、それはもう親戚ではないか。


「そうなのか!? じゃあ、なんで裏切るんだろう」


「ははは、もともと箸尾は筒井と争っていた。それが突然、筒井から嫁をもらって仲良くなり臣従した。だが、それからも箸尾と筒井は、度々戦を繰り返している」


「いや、訳が分からん! どういうこと?」


「大和の戦に大義や理屈を求めるのは無駄ってことさ。真面目に考えても、お前さんのように頭がこんがらがるだけだよ」


「とんでもない所だな、この国は……」


「その口ぶりは他国からやって来た口かな。ようこそ修羅の国、大和へ。あははは」


 男はそう言い残して、他の忍の会話へと入っていった。忍らしくない口数の多い男だった。


 一行が箸尾の陣に到着すると、今後の方針が示された。箸尾勢は軍を二手に分け、別の道から額田城を目指すという。


「一隊は箸尾殿、もう一隊は箸尾殿の弟殿が率いる。十津のお二人には弟殿の隊に付いてもらう。我が里からハトという者、あと葛城から参加された方との四人でお願いいたす」


 そういって、箸尾当主の率いる部隊が出立していった。大和国の西側は、隣国との間を仕切るように南北にのびる山脈があった。額田城は、この山脈の北の方に存在する山城である。今回箸尾勢は、山脈の東西から息を合わせて額田城へと攻め上がろうという戦略らしい。

 一日を空けて、エンたちを含む弟殿の部隊も出立した。あの口数の多い男とは離れたようだ。そう思うと、なぜかホッとした。


 簡単なお仕事だとは聞かされていたが、本当に何も起こらない進軍が続いた。四人の忍は斥候として箸尾勢から先行して進んでいる。道の両脇が藪などの人の移動が可能な地形であれば、目立たぬよう二人一組で左右に別れて藪を移動した。高い木があれば登り、草が生い茂っていれば掻き分けて、伏兵にも気を配った。

 それでも何も起こらぬままの行軍は三日目、明日には額田へ到達しようかというときだった、森に焚き火の跡を発見した。


「おそらく昨夜、ここで野宿をした者がいる」


 形跡の新しさから昨夜のものと判断した。ただしこれが敵の偵察のものとは限らない。単に旅人によるものかもしれない。ここでは組長となるハトが皆に指示を与える。


「周囲に敵兵の気配は無いが、念のために隊への報告だけはしておこう。エンは隊まで駆けて弟殿の耳に入れてくれ」


「ああ、分かった」


「ワシとカツラギはこのまま先にゆく。ヨシノは、隊と共にエンがここまで進んで来るまで待機だ。再びエンと合流したなら、斥候を続けてくれ」


 仮にここにいたのが敵の斥候だったとして、その者からの報告で筒井方が出てくるかもしれない。それをいち早く察知するためにもハトたちは先行しなければならない。敵の偵察がまだ潜んでいる可能性もあるため、ヨシノは周囲に気を配りながら待機ということだ。


 エンは森を縫って、隊への報告のために戻っていった。独りとなったヨシノは周辺に気を配っていたが、やがて傍の木にもたれて座って待った。


 四半刻ほど時が経った。

 そんな時、ヨシノの鼻は不思議な匂いを微かに感じた。


『何の匂いだろう……』


 ヨシノは腰を上げ、匂いのする方へ恐る恐る慎重に近づいていった。そして幾つかの草を掻き分けると、そこはもう森道。そこで匂いが強くなった。


『これは、火薬の匂い? ……まさか鉄砲』


 ヨシノは身を低くして、目を凝らして風上の方を探す。すると、高い木の枝に人影を見た。


 ── 木の上から狙っているの?


 ヨシノの持つ戦闘術の中に、飛び道具で木の上の敵を落とす技は無い。ならばここは自分もエンの後を追って、隊へと知らせに向かうべきか。しかしここで、そんなヨシノの迷いも虚しく足音が聞こえてきた。大勢の人間が移動する足音だ。見ればすでに肉眼で確認できるほど、味方の部隊が近くまで来ていた。そんな味方部隊の中に馬に乗った人が一人、あれが弟殿。そしてその横にエンの姿が見えた。


 ── このままでは狙撃される。


 ヨシノは森道に飛び出した。このままヨシノが駆けて友軍に知らせても、もしくは知らせようとするヨシノを狙撃手が撃っても、狙撃は発覚するだろう。それは同時に、敵将への狙撃が失敗することを意味する。

 それだけに、自らが息を潜める木の下から人が飛び出したことは、狙撃手にとっては大きな誤算だった。ならばせめてもと、狙撃手の狙いはヨシノへと向けられた。


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