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忍のお仕事  作者: やまもと蜜香
第八章 【抜け忍】
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其の五 多牧村の事情

 エンたちはすぐには多牧村には入らなかった。まずは近隣の森へと入り、お仕事を行う当面の間、二人の根城にできるような平らな場所を探した。エンは良い場所を見つけると、その地の頭上に布を張って雨をしのげるようにする。さらには暖をとれるようにと薪を集めるなど、拠点の構築を優先した。そんなことをしている間に日は暮れた。


「この辺りの様子を見る限り、あまり旅人の往来は無さそうな村だから、堂々と村に入るのはやめておこう」


 夜、焚き火を囲んでエンはヨシノに言った。


「よそ者は珍しいから、目立ってしまうってこと?」


「うん。だから村へは秘かに潜入して村人に接触する。あとは、ならず者たちの風体も見ておきたい。どれが標的かを判別できないのでは、仕掛けようがないからね」


 その後の数日は、人気の少ない離れた場所から村内を観察した。村人と思って気易く話しかけたら実はならず者の関係者でした、では計画が破綻する。戦闘能力に自信が無く、さらには多勢に無勢のエンたちとしては、ならず者へは必奇襲から入ることが絶対の条件なのだ。だからこそ、まずは慎重に様子を窺いながら協力者となる村人を探す必要があった。

 そうした観察を重ねることでこの多牧村の雰囲気も掴めてきたある日、エンは村はずれの藪から村内に飛び出すと、近くにある田圃の傍の木へと登った。この田では農家の男が農作業を行っている。エンの観察では、この農民は休憩をとる際、必ずこの木の下へとやって来て腰を下ろす。案の定、この日も男は鍬を置き、木の下へと歩いて来た。そんな男にエンは木の上から声をかける。


「そこの人」


「んあ?」


 男は声の聞こえた頭上を見上げようとしたが、その前にエンが言葉をつなげた。


「どうか上を向かずにそのまま聞いてくれ。俺はこの村の人間から依頼されてここに来た者だ。あんたに危害を加えることはしないから、いくつか教えてくれないか」


 すると男は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに拳を握って笑い出した。


「くははは おもしれぇ!」


 エンとこうして話すことは、密偵との秘密の会話にあたる行為である。それはろくな娯楽もない静かなこの村で暮らす男にとって、随分と心躍るものがあったらしい。この村の情報を聞き出そうとするエンに対し、男は協力的に答えた。ところがこの男、上を向かない約束だけは律儀に守るものの、いつしか立ち上がって饒舌に語り、声も段々と大きくなってゆく。


「おい、はしゃぐなって! 独り言のように語ってくれればいいから……」


 こうしてならず者たちが住みついたという家の所在を村人から聞き出すと、エンはヨシノと交代で見張ることにした。そこは村の入口からほど近い大きめの家、ただし屋敷ではないので塀も無ければ庭や廊下があるわけではない。おそらく六人が体を伸ばして寝ることができる広い板敷きの間が在るだけだろう。



 ここからの内偵は根気を要する。まずは六名のならず者全員の容姿を記憶することから始まる。そして、できるだけ多くの時間をかけて監視を行い、彼らの行動の中で規則性があるものを入念に探らなければならない。いずれエンとヨシノが襲撃に打って出るとき、できうる限り闇雲に動くのではなく計画的なものすることで成功の確率が上昇するからだ。そのためにも、ある程度はならず者たちの行動を予測できるように、彼らの決まった行動を見つける必要がある。

 すると、ならず者のアジトを見張り初めて二日。ヨシノが監視を行うこの日、思いのほか早く状況に動きがあった。普段はほとんど人の訪れることがない多牧村に夕刻からちらほらと人がやって来るのだ。そしてどの人も皆、ならず者のアジトへと入っていく。これはどう見ても何かある。ヨシノは急いでエンを呼びに走った。


エンが駆けつけたときも、まだアジトには大勢の人の気配があった。人は減るどころか、日が暮れて暗い中を提灯を片手にやって来る者までいた。エンは闇に乗じてならず者の家へと貼り付いた。そして壁に耳を付けて中の声を聞く。


「わはは・・の勝ち・・・」

「さぁ・・・張った・・」

「・・・丁だ!」


 中に居る人々が口々に話す声は判別できないが、興奮して声の大きくなったところははっきりと漏れ聞こえる。そうして聞こえた部分だけでも充分に想像はついた。博打だ。ならず者どもは、アジトを賭場にして客を呼んでいたのだ。


「奴らの収入源はこれか」


「へんぴな村に住んでいても、銭の方から訪ねてくる。上手く考えたものね」


 空が白み始めた早朝、賭場の客たちがぞろぞろと帰って行った。おそらく賭場がお開きとなったのだろう。引き続きエンとヨシノは交代で仮眠をとりつつアジトを見張った。

 やがて午後になるまでならず者どもも眠ったのだろう。陽が西へと傾いた頃になって、四人の男がアジトを出た。おおかた昨夜の賭場での稼ぎを持って、町にでも繰り出すのだと想像はつく。彼らがアジトへと帰ってきたのは四日後のことだった。



 エンはあらためて村人への接触を試みた。なるべく村の入口近くに住み、ならず者どもと接点を持たない農民を選んで声をかけた。付近の住民があの賭場のことを知らないはずがないと思ったからだ。ここでもあっさりと情報は得られた。あの賭場は、毎月満月の夜に開かれるのだという。


「ヨシノ、奴らを襲う日を決めたよ」


「へぇ、いつ?」


「次の満月の翌日。満月の夜に賭場は開かれて、その翌日にはまた留守番を残して街へ繰り出すとみた。ここを襲う」


 普段のならず者たちの行動は読めないが、決まって分散する日が一つでも判明しているのであれば、そこを狙うのが計画も準備もし易い。


 それからもエンとヨシノは日替わりでならず者たちを見張った。見張りはエンの遠筒を使ってならず者の人相を頭に叩き込んだ。


 そんなとある日、村の見張りへはヨシノが出ていた。その間エンはというと、食材の確保のために森へと入っていた。


『たまには動物のひとつにでも出くわさないかな。兎とは言わないまでも何でもいいから小動物でも捕まえりゃ、ヨシノが美味く調理してくれるだろう』


 繊細な味覚を持ち合わせていないエンだったが、ヨシノの料理の腕には全幅の信頼があった。

 その時


 ── !?


 何かの気配を感じたような気がした。エンは咄嗟に身近な木の幹に手をかけると、猿のような手際で頭上の枝まで登った。


『獣か? たしかに動物に出てきて欲しいと願ったが、あまり大きいのは歓迎しないんだけどな……』


 そんなことを考えながら、周囲の物音に集中するべく目を閉じる。そして自然の音の中から自然ではない音を聞き分けるよう意識した。間違いなく何かが移動している。それが熊だと厄介で、木の上でも安全ではなくなる。すると、言葉のような音が耳に入った。


『人の声? ……子供の会話か』


 話し声、そして草を掻き分ける音が次第に鮮明になってきた。人数は三人、どうやら子供らしい。カサカサとした音と共に草が揺れ、子供たちの姿が見えた。雑談に花を咲かせながら、三人の少年が木の下へと近づいてくる。彼らは足下を見ているため、頭上のエンにはまったく気が付かない。


「何をしておるのだ?」


 とつぜん山の中で声をかけられた子供たちは驚き、キョロキョロと周囲を警戒する。エンは枝からひょいと飛び、子供たちの目の前に降り立った。


「ぎゃあああぁぁぁ」

「て…てて…天狗だぁ!?」

「でたあああぁぁぁ」


 子供たちは三者三様に驚きの声を上げると、腰を抜かさんばかりに尻餅をついてへたり込んだ。


「だれが天狗だ」


 エンは子供たちの前で身をかがめ、彼らと同じ目線で話しかけた。


「子供が山の中で何をやっているんだ?」


 すぐに警戒は解けないが、少なくとも気の良い天狗ではありそうな目の前の男に子供たちは抵抗することもなく答えた。


「この辺りに生えてるもんで、食えるのを探してるんだよ」


「……お前たちは多牧村の者だろ? ならず者に銭や食料を巻き上げられたという話は聞いていないが…… 子供だけで森に食料を探しに行かせるほど、村の者は食う物に困っているのか?」


「うん、去年から農作物が不作で、毎日の食い物の量が減ってんだ。だから子供も山に入って食えるものを採ってこいってさ……」


 どの村人からも聞かされていなかった話だ。「ふぅん」と聞き流してもよいのだが、なんだか子供たちが不憫に見えてくる。きっと何かを採って帰らないと、親に叱られるのだろう。


「よし、俺が食える山菜を教えてやろうか?」


「あんちゃんが?」


「何だよその疑いの目は。こう見えても俺はね、山菜博士なんだぜ」


「え~、あんちゃんが博士ぇ?」


 子供ながらに猜疑心のこもった目を向けられて苦笑いのエン。それでも、いくつかの食べられる手頃な山菜の見分け方を教えてやると、彼らは子供らしくすぐにエンになついた。


「あんちゃん、この草は美味いのかい?」


「はは、野草の味なんて、それを煮た汁の味さ。美味い野草を食べたけりゃ、母ちゃんに塩でもなんでも放り込んで味の付いた汁で煮てもらうんだな」


 元も子もないことを言う。エンは味覚に関してはなかなかに馬鹿な舌を持っており、濃い味が美味いものだと思っている節すらある。

 こうしてエンがまだ明るいうちに子供たちを村へと帰すと、それと入れ代わるようにヨシノが戻ってきた。


「どうしたの?」


「いや、村の子が来てたんでね、今帰らせたところさ。そっちは何かあったか?」


 今日の見張りの結果を尋ねられたヨシノは黙って俯いた。少しの間が空く。エンも何も言わずヨシノが話すのを待っている。やがて、ヨシノは口を開いた。


「ならず者が子供にお菓子をあげてた……」


「は?」


 予想外なヨシノの話にエンは怪訝そうに眉をひそめた。上手く主旨が伝わらなかったと気付いたヨシノは、丁寧に言葉を並べて話し直す。


「今日ね、見張ってる家の男が二人、家の外で話をしてた。そこにね、村の小さな子供が近づいたの。そしたら、男がその子供に菓子をあげてた。子供も男も笑って手を振って別れてた…… ねぇエン、あの人たちって、本当に村に害をなす者なのかな」


 これから殺すかもしれない男が周囲の子供に優しく、そして気の良さそうな笑顔を見せるため、ヨシノの中に後ろめたさのような感情が湧いたのだ。


「根っからの悪人なんて、そうはいないものさ。奴らも『ならず者』というよりは『流れ者』と言ってやった方が正確な呼び名かもしれないな」


「なんだ、流れ者ならエンと同じじゃない」


「はは…… 流れ者同士で狙い狙われ、世知辛い世の中だねぇ」


 あまり熱心には取りあってくれないエン。それでもヨシノは続けてしまう。


「だから…… 本当にあの人たちを殺してしまっていいのかなって……」


「俺たちは奴らが悪人だから退治するんじゃない。退治すべしというお仕事を受けたから退治するんだよ。奴らが殺されるべき人間かどうかなんてのは、本来は事前に労務局が見極めるべきことさ。何ならこの案件の内容として、『まずはそれを調べてこい』でもいい。しかし、そんなことは書かれていなかった。だから俺たちは、任されたお仕事をやり遂げるだけさ」


「うん、まぁそうなんだけどね……」


 忍なんてものが相手の事情など考慮していてはやっていけないお仕事なのはヨシノにも分かっているのだが、このやりきれない気持ちを誰かに聞いて貰わないと治まらなかったのだ。



 賭場の開かれる日すなわち満月の日が近くなった。村から町へ向かう道のりをウロウロと散策したエンは、冬にも葉を落とさない常緑樹に目を付け、そこに罠を張ることを決めた。この日、エンは作業のために村人から牛を借りてきていた。

 エンはまず、大きな袋に石や土を詰めた。次に高い木の上と地上を行ったり来たりしながら、高い位置にある複数の枝を経由させて太い縄を通してくると、人の力では動かすことも持ち上げることもできなくなった先ほどの石を詰めた袋に縄の一端を括り付けた。


「何やってるの?」


「罠を仕掛けるって言っただろ。ちょっと牛を抑えてくれ」


 エンは縄のもう一端を牛に括り付けると、牛をせき立てて縄を引かせる。すると、少しずつ重い袋が持ち上がっていった。エンはあらかじめ、木の枝に板を固定していた。牛に引かせて高く持ち上がった大袋をこの板の上へと乗せた。

 夕刻、ヨシノは木を見上げた。そこには石を積めた三つの大袋が在った。袋は木の枝に固定された板に乗せられ、太い縄だけでなく同時に細い縄も括り付けられていて、その縄で吊られてもいた。板だけでは大袋を支えられないし、細縄だけでも空中に大袋を吊ってはいられない、そんなバランスの上に大袋は固定されていた。

 確かにこれは罠であった。大袋から繋がれた太縄は高所の枝を経由して道端へと下りている。引かせた牛はすでに解放され、太縄は代わりに網へと繋がっていた。網は道に広げられ、土や積もった落ち葉の下に隠されていた。もちろん、『ならず者』あらため『流れ者』を捕らえる網である。


「すごいね、罠になったね」


「だろ? 決行の日までは毎日二度、この罠の確認に来よう。とくに網を隠してる土と枯れ葉がなくならないように足してやらないとな」


 そして翌日の夜、大和の空に満月が昇った。


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