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忍のお仕事  作者: やまもと蜜香
第七章 【賊伐】
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其の八 小さな膝枕

 香を焚くのを止めたユマは倒れた賊の方へゆっくりと近づいて行き、一人また一人と仕留めてゆく。暗器使いの彼女は人体の急所を心得ているのだろう。手際よく十数人の息の根を止めて戻ってきた。エンは自身が指示したこととはいえ、躊躇なく人を殺して回る少女に空恐ろしさを感じた。


 その後ユマは、エンを残して姿を消した。

 暫くして戻ってくると、ユマはエンの脚を両脇に抱えてエンを引きずって移動した。エンが倒した二人の賊の血溜まりを避けるようにして進んだが、ユマがとどめを刺した賊たちの遺体の下には不思議と血溜まりは無かった。

 通路の角を二度回った所に部屋のように囲われた場所が在り、ユマはそこへエンを引きずって行った。


『たしかあの賊は、この砦に部屋を持っている者はいないと言っていたが……』


 部屋を見回したいエンだったが、体は動かない。もどかしく思ったエンの心を察したのかは判らないが、ユマが説明する。


「ここに物置のような場所を見つけましたので、エンくんが動けるようになるまでここに隠れていましょう」


 そこは木材や掘削道具が多数納められた資材置き場だった。

 ほんの僅かながら、廊下の灯りが物置の入口から入っているのかもしれない。エンは、ぼんやりとではあるが次第に目が慣れてきた。

 ユマの顔があり、あとは天井が見えるだけである。エンは、どうやら自分が膝枕をされているということに気付いた。

 それから何となくユマの顔を眺めていたエンだったが、ふとユマが言ったことを思い出した。そう、山賊たちとの戦闘に入る前だ、ユマは何事かについて「解った」と言った。あれは何のことだったのか。


 ユマが膝に乗るエンの顔を見た。

 この機会に何とか思いを伝えたかったが、今のエンは口も動かない。エンの意思で動くものは唯一、開きっぱなしの瞼の下から覗く眼球がほんの少しだけだった。

 何とか伝われと目に意識を集中させる。聞きたいことそのものが伝わらなくてもいい、ユマがこの静寂を打ち破って話をしてくれるだけでも、その話題に辿り着くかもしれない。

 しかし、そんなエンの努力も虚しく、微妙に震えるように動いているこのエンの目は、ユマには何だかウルウルとしているようにしか見えなかった。


「私の膝枕に感動しているんですか?」


 ── !?


 ついにユマが発した言葉がこれであった。


「今回は特別ですよ。今の私には男性にかまけている暇は無いのです。だから今はまだ、私を好きになってはいけませんよ」


 何故かエンがフラれたような話になっていく。


『くそっ、ひっぱたいてやりたい』


 エンは身体が動かないことを今ほど不便に感じたことはなかった。これだけ毒に精通しているのだから、解毒についてももう少し精通ればよいのにとエンは強く思うのだった。



「あっ……そうそう、私解ってしまったのですよ」


 不意にユマが語り出した。


「エンくんが倒したあの鎌を持った男、私たちに言いましたよね、「よくも頭を殺ってくれたな」って。私あの時、気付いたんです。あの男は福徳村の村人です」


 ── !?

 これにはエンも驚いた。それが本当であれば、話が繋がってくる。

 福徳村で会っていたのなら、あの鎌の男がユマを見て知った風に話してきたのも分かる。そして、福徳村でユマが殺した人物は、庄屋とその側近の二人しかいない。ということは、鎌の男は庄屋のことを頭と呼んでいたことになる。


「福徳村の庄屋こそ、ここの山賊の頭領だったんですよ」


 ユマが力強くそう言った。

 それは、敵の頭領を討っておきながら、そうとも知らずにその頭領を討つべく敵のアジトに乗り込んでしまったという間の抜けた話を意味しているのだが。


 福徳村と山賊は手を組んでいたのではなく、福徳村自体が山賊の住処の一つだったことになる。

 事情は分からない。村人の一部が山賊になったのかもしれないし、福徳村の村人が皆殺しにされて、山賊が村人に成り代わったのかもしれない。

 何れにしても村と砦、そしてさらに別の場所へと出かけている者といったように賊が分散していると考えれば、この砦の賊の少なさにも合点がいく。



 どれくらい時間が経っただろう。麻痺香によるこの症状は二度目だが、前回のマチコよりもユマの口数が少ないためか、回復までの時間の経過が永く感じられた。

 ユマはエンの頭を膝に乗せたまま目をつむり、ウトウトと頭を揺らしている。ときどきビクッと目を覚ますものの、すぐにまた目が閉じて頭が揺れ出すことの繰り返しだった。

 そんなユマをぼんやりと見ていた。エンはまだ自力で瞼を閉じることは出来ない。そのうち顔によだれを垂らされるのではないかという不安だけがエンをソワソワさせている。お互い様なのは分かっている。力の入らない自分もきっと口は半開きで、よだれの一つも垂れているかもしれない。それでもやはり、いつ垂らされるかも判らぬ他人のよだれを楽しめる性癖をエンは持ち合わせていないのだ。

 それは何度目のユマの目覚めの時であったろう、ビクリと頭を上げたユマの頭上に穴が開いているのが見えた。


 ── あれって通気口じゃないのか?


 ユマに調べさせたい。そのままそこが脱出路となる可能性が高いからだ。

 エンは身体を動かそうと四肢に力を込めてみる。すると指先の感覚が無く制御がまだ上手くいかないものの、右腕だけがかろうじて動くようになっていた。

 エンはその重い腕を上げユマの背に触れるように持ち上げた。が、エンの指先はユマの首筋に触れ、そこで腕の力が抜けた。

 エンの指はユマの首から背中を優しくなぞるように落ちていった。


「ひいぃぃやあああぁぁぁぁ・・・」


 突然、背中にぞわっと悪寒が走ると、ユマは声にならない声を発しながら背筋を伸ばして天井を向く。


「ち、ちょっとエンくん! いきなり何をするん………あ、あれ!?」


 エンの方を向いて苦情を訴えようとしたユマだったが、たった今上を向いた際に視界の中に通気口が映ったことに気が付いた。


「こんな所にも穴が開いてますね。やり方は感心しませんが、これを私に伝えようとしたのですか?」


 そうエンに尋ねてみるものの、エンはまだ答えることはできなかった。


「待っていて下さい。私が様子を見てきます」


 そう言ってエンの頭をそっと床に置くと、ユマは置かれている木材を足場に、天井付近の穴へと潜り込んでいった。


 エンがほぼ自由に身体を動かせるようになるまでは、さらに四半刻の時を要した。ユマに手を引かれながらエンが通気口から外へと出てみると、既に日は暮れていた。


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