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忍のお仕事  作者: やまもと蜜香
第七章 【賊伐】
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其の七 砦の奥にて

 岩山の側面に回ってみると、ゴツゴツとした正面の様子とは異なり、人が登ることもできる傾斜の斜面には草も生えていた。


「本当に通気口なんて在るんですか?」


 あまり山登りはお好きではないのか、渋々ついてくるユマが疑いを投げかける。

 以前、エンがマチコと共に宝を探しに行った木曽の山は岩が硬く、そんな岩を砕くために爆薬まで使用した。それがこの山では山賊が砦の構築のために岩を掘りまくっているのだ。明らかに岩の質が違う。

 そして、岩山の内部も縦横無尽に掘られているのならば、必ず空気を確保するために取り込み口が造られているはずなのだ。


「もしかして、あれですか?」


 雨除けのひさしが組まれたその下に穴が掘られている。


「おお、きっとそうだよ。恐らくあんなのが、この山にいくつか在るはずだ」


 ダラダラと付いてくるも目と勘は良いユマを連れていると、一刻ほどで他にも三つの通気口を見つけることが出来た。


「じゃあ、どの通気口から侵入するかだけど」


「一番偉いお頭の部屋ならば、砦の入口から最も離れていそうな、あの先にあった穴が良いのではないですか」


 どうもユマという子は、決断や実行が早い。話し合う間もなく見解を述べると、もう歩き出している。

 目的の通気口へ到着すると、周囲の木々を使って簡易な松明を作った。その明かりを頼りに暗い穴へと踏み入ってゆく。

 直接雨水が流れ込むのを避けるためか、上下とうねる穴を進むと、下から薄明かりの差し込む場所が見えてきた。

 砦内の通路の灯りだった。洞くつ内というのは、昼間でも真っ暗である。そのため、この山賊の砦では約二十歩おきに壁に油皿が取り付けられ、小さな火が灯されていた。


 音を立てぬように通路に降り立つエン。続いてユマも降りてきた。空気は薄くない。エンとユマは、ついに山賊の砦の内部への潜入に成功した

 ── はずだったが


「ぬおっ!? 誰だ! 」


 もう見つかった。

 偶然通りかかった賊の一味らしき男がこちらを向いている。

 これまでの警戒心の薄さに、賊を少々侮ってしまったと後悔するエン。それにしても、まだ何の侵入の成果も無い状況であっさりと発見されたものだ。


 エンは山賊の方を振り返り、軽く両手を挙げながら彼に近づこうするが……


「おーい、誰か来てくれ! 侵入者だ!」


 残念なことに、エンが駆け引きのハッタリを仕掛ける前に、躊躇なく仲間を呼ばれてしまった。

 色褪せた柳色の衣裳のこの山賊の男は、腰に下げていた手鎌を手に取り、エンとの距離を保つ。そうして単独では仕掛けずに仲間を待つあたりが冷静で、エンとしては相対し難い。

 ところがこの男、エンの後ろに控えるユマを見た途端に雰囲気が変わった。


「ぬ…… そこのガキは……… そうか、おめぇらよくも頭を殺してくれたな!」


男はそう叫んで怒りの矛先を向けてくるが、エンには何のことか分からない。


「誰が殺したって? むしろ俺たちは今、そのお頭の部屋を探しているところなんだぜ」


「はぁ? 部屋だぁ? ここに部屋を持つ奴なんぞいねぇよ! どんな身分だよそりゃ」


 山賊のアジトなのだから、その内部には居住区域が存在するはずで、中でも幹部連中には部屋があてがわれていると推測していたのだが、どうも実態は違うらしい。しかもだ、山賊どもの頭が死んだという。それが本当であれば、エンたちの暗殺の対象が存在しないことになる。


『どういうことだ?』


 状況が把握できない。しかもこうして敵に見つかっている以上は、とにかく脱出の手立てを優先して考えなくてはいけない。

 ユマはというと、先ほどから鎌の男を睨みつけたまま何かを思案していたが、突然のエンの後ろから大きな声を出した。


「解りました!」


 エンの肩が驚きでビクリと跳ねた。何が解ったのだろう。しかし、何かを自己解決したユマは、そんなエンの心の声に応えることもなく──


「まずはここから逃げましょう!」


 言われずともエンだってそのつもりだったが、現れる山賊全てを相手に血路を開くのは、エンの戦闘力では少々荷が重い。

 既に鎌の男の傍には四・五人の仲間が集まっていた。


「ユマ! あの身体が痺れる煙のやつ、持ってるんだろ? あれを使え!」


「えっ、逃げないんですか?」


「追われながら敵に遭遇して、挟撃されてしまったら終わりだ。でも、今ならあいつらは一方にいる。まずはあいつらを片付ける方が助かりそうな気がする。……勘だけどな」


 そう言ってエンは両手にクナイを構える。


「分かりましたけど、アレは効くまでに少しだけ時がかかりますよ」


 そんな忠告をしながらも、ユマは既に麻痺香の準備に取り掛かっている。しかし、ユマには一つの懸念がある。


「エンくん、空気の流れは彼らの方を向いているので問題ありませんが、エンくんにもかかってしまいます……」


「気持ちのいいもんじゃないが、それで死にはしないのは知っている。お前は、俺ごと動けなくしてから、あいつらにとどめを刺せ」


 ユマの脳裏に庄屋屋敷でのウチヤとの出来事が甦る。この人もまた、自分を逃がすためにここで命を捨てるというのか。


「私、もう…… エンくんを置いて私だけ逃げるなんて嫌です!」


「おいこら! 俺も置いていかれるなんて嫌です! 馬鹿かお前は。何のために死なない煙を焚けって言ってると思ってんだ。お前は奴らを仕留めた後、どこか目立たない場所を探して、俺を介抱するんだよ!」


 危なかった。もしもユマが「嫌です」と言い出さなかったら…… 身体が動かず口もきけなままエンは、ユマに置いていかれるところだった。


「そ、そうですよね…… は、はは……分かってますよ…… 冗談じゃないですか……」


 ユマはそそくさと香を焚き出す。なるべくエンが香を吸い込む量が減るように、エンの足下を抜けていくように工夫する。


 にじり寄ってきていた狐目の細身の男が、エンに向かって踏み込んできた。

 しかし男は突然、なぜか悲鳴を上げてバランスを崩した。そしてあまりにも不用意に身を乗り出してきたその狐目の男の首に向け、エンはクナイを突き立てて仕留めた。


「痛てぇ!?」


 次に踏み込んできた男も、何かを踏んだ足を庇うようにして尻餅をついたが、その尻にも大きな痛みを感じて苦悶の声を上げた。


「これは……」


 ユマはエンを見上げた。エンはユマの方を向くことなく、ひと言で答える。


「ウチヤの形見だよ」


 エンは前面の足下に撒き菱を撒いていた。先ほどから山賊はそれを踏んでいたのだ。

 残った山賊たちの中で最も手前にいるのは、侵入したエンとユマを発見して問答を行ったあの山賊である。何故か手鎌を武器にしているこの男は、撒き菱の存在に気付いたらしい。この撒き菱を回避するため、男は跳躍すると先に倒された狐目の男の遺体を踏んでエンに近づき、手鎌で斬り掛かってきた。


 エンの頭に向けて振り下ろされる鎌を、エンは右手のクナイで受け止めた。力比べになる。賊の男は鎌を持つ手に体重を乗せて、鎌をエンに押し付けようとする。エンも右手に全力を込めるが、尖った鎌の先端が少しずつエンの眼前に迫ってくる。

 この様子を見たユマが、指の大きさほどの小さな刃物をしゃがんだまま投げると、鎌の男の膝のあたりに刺さった。

 エンを押し込んでいた男の力が突然抜けた。咄嗟にエンは左手のクナイを突き出して、男の胸を刺した。


 およそ五歩の間合いをとって山賊たちと対峙する。通路の幅からも、一斉に斬り掛かれるのは二・三人だが、足下に何かが撒かれていることに気がついているため、踏み込むのを躊躇している。

 そこに向けて、エンはクナイを投げた。

 密集していたこともあり、突然の飛び道具を避けることの出来なかった一人の賊の太腿にクナイが刺さった。そしてすぐにクナイと繋がる紐を引いて、エンはクナイを手に戻す。

 賊たちは更に数歩退いた。


 こうして膠着状態に入ったとき、エンは少しずつ体に異変を感じるようになった。指先から痺れだし身体に力が入らなくなっていく。やがてエンが立っているのも辛くなってきた頃には、山賊たちは皆一足先に地に伏していた。


『後は頼むよ』そう言おうとしたが、もう言葉が出なかった。エンもゆっくりと腰を落とし、その場に倒れ込んだ。


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