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忍のお仕事  作者: やまもと蜜香
第七章 【賊伐】
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其の四 形見を貰う資格

「お前、あいつを殺せる毒を持っているのに使わなかっただろう」


 仇討ちを果たした自分に酔っている様子のユマに少々苛ついたエンは、部屋を物色する手を止めてユマを横目でジロリと見る。


「う…… その目は私を責めているのですか…… しかし、仕返しに誘ってくれたのはエンくんですよ。だから、みんなの分の仕返しをしたんです」


「それはそうなんだけど。案外ねちっこいよな、お前」


「な!? 私はそんな陰湿な女ではありませんよ。誤解しないでください……… それはそうと、何をしているのですか? さっきから」


 ユマが話を逸らすようにエンに尋ねる。先ほどからエンは、まるで空き巣のように部屋中の棚や引き出しを漁っていた。足下に部屋の主の遺体が転がっていることも合わせれば、もはや強盗の所行にしか見えない。


「この村が賊と繋がっているのは明白だろ。だから、庄屋の部屋ならその証拠の一つや二つは有るだろうと思って探しているのさ」


「なるほど。で、有ったのですか?」


「さっきまでそこで庄屋が記していたものが賊へ連絡するための手紙のようなんだけど、途中で庄屋を倒してしまったから中途半端なんだよな。それで、こうして他の書類もかき集めてるんだよ」


「しかし、ここに長居は無用ですよ」


「ああ。だから内容は確認せず、出てきた紙は片っ端から持って行こう」


 エンとユマは、棚や引き出しから物色した書物を懐に突っ込んで、静かに部屋を出た。

 幸いまだ周囲に人の気配は無い。

 二人は庄屋の部屋から距離をとってから庭に下りると、足跡を消しながら屋敷を囲む塀の内側の暗がりに張り付いた。そして、塀に沿ってくぐり戸の方へと進んでゆく。

 そのうちに村人が報告のために庄屋の部屋へと行くはずで、その時に庄屋は遺体で発見される。それが騒ぎとなって、村人たちが屋敷に集まってくるだろう。それがこの屋敷からの脱出の時だ。


 そんな庭での移動中、屋敷を見たユマが気付いた。


「あの廊下……… エンくん、あそこにウチヤがいるはずです」


 庭の低い位置からは遺体は見えない。人の気配があれば見捨てざるをえないところだが、今はその気配も無い。


「分かった。見に行こう」


 二人は母屋へと近づき、縁側へと上った。ユマに案内されて彼女がウチヤと別れたという場所を見ると、そこには三体の遺体とおびただしい血痕が残っていた。


「ウチヤ……」


 ユマが遺体の一つに近づいた。それがウチヤだった。血溜まりにうつ伏せで倒れている。背後に斬られた形跡は無いことから、前から斬られたのであろう。エンはウチヤの首筋に、あざのような赤みを見つけた。もしかすると、後ろから首を殴打されて動きが止まったところを斬られたのかもしれない。


 傍に遺体が二つ有るということは、ウチヤは二人を倒したということだ。さらに点々と続く血痕があるので、他の敵にも手傷を負わせたことが分かる。初仕事の未熟な身でこれだけの闘いができているのだから、ユマを逃がすための並々ならぬ覚悟が見て取れた。


 ユマはウチヤの遺体を抱えて、仰向けに寝かせた。首下に致命傷となった傷があった。

 ユマはウチヤの胸元から手裏剣を取り出した。それは薄い星形の手裏剣で扱うのが難しい代物である。


「ウチヤ、形見に貰っていきますよ」


 するとエンもウチヤの腰に下げている小袋を取った。


「私はウチヤの学友ですから、形見を貰う資格が有ると思います。でもエンくんが取るのは、少々手癖が悪いかと……」


「誰が追い剥ぎだ! 貴重な武器なら脱出に必要となれば使わせてもらうし、里に帰って残っていれば、タイに渡すさ」


 エンが小袋の中を覗いてみると、撒き菱が入っていた。

 悔しいが、ウチヤの遺体を連れては帰れない。エンとユマは再び庭へと下りて、塀の陰に入った。

 くぐり戸は閉められていた。正面の門が開かれて村人たちはそこから出入りしているのだろう。くぐり戸から村人が出入りしないのは、むしろエンには都合が良い。あとはこのくぐり戸の付近で身を隠して待つのみである。


「それにしても、あれは凄かったな」


「何がです?」


「吹き針を相手の首筋に当てて、のけ反らせたあれさ」


「ああ、あれはですね、首のこの辺りにああなるツボがあるのですよ」


 ユマがエンの首を指で押さえるが、押されただけではよく分からなかった。


「そこに確実に突き刺せたのが凄いんだよ。マチさんが暗器の天才って言ってた意味が解ったよ」


「マチコさんが?」


 マチコが自分を褒めていたと知って嬉しかったようで、ユマはニヤニヤしている。


「でも、あれはたくさん練習したんですよ」


「練習? 自分の首筋のツボなんて狙えないだろ。どうやって練習なんかしたんだ?」


「ウチヤの首筋には赤いあざがいつもありました。本人には見えない場所なのですが違和感があるようで、どうにかなっていないかとよく聞かれては、何ともないと答えたものです」


『こいつ、友達で暗器の練習をしてやがったのか』


 ユナの妹でマチコの弟子、やはり癖が強い。


 そのとき、邸内が騒がしくなってきた。庄屋の遺体が発見されたのだろう。先ほどまでの静寂が嘘のような人の気配、そして灯りのともる部屋が増えだした。

 ここが頃合いとみてエンとユマはくぐり戸から塀の外へ出た。そしてなるべく暗い道を選択しつつ、村の外へと脱出した。



 村からはそう遠くない雑木林までやってきた。さすがに暗い夜の林ということもあり、エンはユマと手を繋いで歩く。


「チュウ~、どこだぁ~」 エンが小声でチュウを呼ぶ。


「エンくん、チュウを知っているんですか!?」


 ユマが驚いたが、そもそもエンがあのタイミングでユマに合流できたのは、チュウから情報を得ていたからなのだ。

 日が暮れきらず西の空がまだうっすらと白んでいた頃、エンは福徳村の傍に到着した。村に潜入する前に用を足しておこうと草むらへと入ったエンは、そこで腹を押さえて屈んでいるチュウと出くわしたのだった。お互いに動けない状況での出会いが会話の機会を生んだ。

 この偶然があってユマは助かったし、この偶然があってもウチヤは助からなかった。運命や天命の気まぐれなところだ。


「エン先輩」 これも小声で呼びながら、チュウが姿を現した。このチュウもまた、腹痛によって生き残る側に入れた者だ。

 チュウはまず、血に染まったユマに驚いた。深傷を負ったのかと心配したが、それが返り血だと知って引いた。更に隊長たちの訃報を聞かされると、すっかり怖じ気づいた様子で、その後の話が耳に入っているのかも怪しくなった。


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