其の拾二 流布するお仕事
「例の臆病者に砦を攻略させる件、あれ次で決めよう!」
「は?」
いきなりエンに意気込みを熱く語られたトトキが面食らった。
「だから。あの件はダラダラと何度も繰り返すんじゃなくて、次できっちり終わらせてやろうって言ってるのさ!」
「おう…… そうだな……… でも急にどうしたんだ?」
「里と忍は連携を密にして一体感を持って事にあたることで、精度の高いお仕事ができると思うんですよ。ひいてはそれが、お客様の満足度へとつながっていく……」
「おい、どうした……、労務局に今は欠員なんていないからな。エンをこちらへ引き抜こうなんて話も枠もないぞ」
「職員にしてくれなんて言ってないよ。俺はただ、里はもっとお客様とも示し合わせて綿密に動くことで、お客様のかゆいところに手が届く存在となってだね、継続的に重宝される関係を築けると言ってるのさ」
「何があったが知らないが、そう言ってくれるのなら、君の気の変わらぬうちに詳しく話を聞こう」
「とにかく客の中でも鍵となる人物に話を聞かねば連携も出来ない。たしか、跡取りの教育役が傍にいるって言ってたよね。何とかして、その人と話せないかな?」
労務局としては過去にも実作業員となる忍の頭を連れて、依頼者と打合せを行うことはあった。なのでエンを連れて打合せに臨むことに大きな問題はない。細かいことを言えば、エンが忍の頭ではないことと、教育役が依頼者側の窓口ではないということがあるが、このあたりは調整次第で会談は実現できるだろう。
─── 某日。
とある屋敷の客間にて、四者の会談が行われた。
客側の窓口役は津田と名乗った。エンより少し歳は上に見える青年だった。この場で話すことは、この男を通して領主へと伝わるはずである。
そしてその隣に座る老人が跡取りの教育役であろう。西澤と名乗ったその男は髭や頭髪に白いものが目立つだけに老人なのかもしれないが、体つきからはまだまだ老いているようには見えない。
濃武の里側からの出席は、もちろんトトキとエンである。
夏の出兵は行う予定で、まもなく準備に入るそうだ。これまでと同じく、依頼主である領主の跡取りが単独で兵を率いて出兵するという。
濃武の里側は、改めて出兵の目的を確認した。
出兵にて達成すべき目標は、毎度到達はすれど引き返している小領の砦を、跡取りが率いる手勢で攻略すること。そして、そもそもの出兵の目的は、精神的に臆病な跡取りに戦の経験と自信をつけさせることであった。
「それで、わざわざ我らに面会を求めてきた理由は?」
津田の言葉には何となくトゲを感じる。もしかすると、侍ではないエンたちを下に見ているのかもしれない。
「理由ですか。そうですね、何も詳細を知らないまま言われたとおりに出て行って、また鉄砲で一斉射撃されたのでは堪りませんからね」
しれっとそう言ったエンに対し、津田はムッとしたようだが、西澤は頭を下げた。この西澤という人は相手の身分で態度を変えはせず、聞く耳を持った人物であるようだ。
「すみません、悪気のない軽い冗談です。今回の案件では、せっかくこうして一緒にお仕事をさせていただく訳ですから、我々としても綺麗に成功して終わらせたいと思っています。そのためにも、ご家中の方々と我ら忍が個別で動くよりも、示し合わせて連携した動きを行った方が何かと効果的かと思い、会談のお願いに至った次第です」
「殊勝な申し出ではあるが、それは貴殿らの指揮権を我らに渡すということではないのだろう?」
エンの口上に対する津田の反応はこんなものだった。話にならない。しかし、西澤は違った。
「ありがたい申し出に礼をいう。随行して上手くいかず帰ってきた身として、悩ましいところもあれば手伝っていただきたいところもある」
聞けば、やはり戦への恐怖が先に立って跡取りが西澤老人の進言に耳を貸さないのが問題であるらしい。
歴戦の武士も年齢を経てから守り役を任されると、孫のように可愛がって育ててしまったのであろう、生来の臆病な性格も相まって、ずいぶんと甘い人間に育ったようだ。
さらに今回は、作戦面での問題があるという。
「若君はどうやら前回までの経験から、新たな作戦を考案したらしい」
「ほぅ、戦を怖れていた跡取り殿が自ら戦の作戦を考えるというのは、良い変化ではないのですか?」
「それが、そうでもないのじゃ。これまでも大量の弾薬を持ち出して戦場へ臨んでおったのに、今回はそれの約二十倍の量の弾薬を用意しようとしている」
「二十倍!?」
「まことか!?」
エンだけでなく津田も驚いている。どうやら知らなかったようだ。
「砦へ向けてしつこく鉄砲を撃ち続ければ、やがて敵方の戦意が挫け、降伏に至ると考えておるようじゃ……」
高価な弾薬を惜しげもなく投入するという、経理の担当が見たら卒倒しそうな贅沢な作戦である。
「たしかにそれなら、相手も心が折れて降参するかもしれないですね……」
「それでは困る! あんな砦なぞ落とすことに大した価値はないのだ。目的はあくまでも若君の心の成長、精神面が強くなってもらわねばならぬのに、若ときたら安全な場所から音で脅して終わらせようなどと……」
最後の「せこい知恵ばかり付いて」という言葉だけは飲み込んだ西澤の顔が、はじめて老けて見えた。
そんな西澤を気の毒に思いながら
「案はあります。上手くいくかは分かりませんが」
西澤は温厚な表情でエンの方を向いて言う。
「お聞かせ願えるかな」
エンの話した案の要旨はこうだ。
まず、進軍の途中で弾薬の荷駄だけは、跡取りに気づかれぬように引き返させる。そして、砦からは敵が出てきて味方を攻撃するように促す。こうして無理にでも跡取りが戦うしかない状況を作り出すのだ。
最悪跡取りの近くまで敵に迫られても、この西澤の側近で組織した一隊が体を張れば、敵兵を押し返すことはできるだろう。
「敵は砦を出るかな?」
「砦の前で寝転がって挑発してでもおびき出したいところですが、まずは我ら忍のお仕事として、工作を試みましょう」
こうして話し合いは進んでいった。この日の会合は、濃武の里としても顧客の信頼をつかむ良い試みとなった。
翌日から、さっそく忍が動き出した。
いつも侵攻を受けているあの小領へと入り、彼らにとって屈辱をおぼえるであろう噂を流すのだ。
「この小領がおとなしく侵攻を受けてくれるおかげで、周辺の領主たちは平和を謳歌しており、皆この状況がこれからも続くように願っている」とか、
「敵が定期的にやって来るのは、彼らが日頃の憂さを晴らすために、ただただ嫌がらせで鉄砲を撃ちに来ているだけ」とか、
「あの跡取りや家中では、この小領のことを『遊び場』と呼んでいる」なんて噂も流した。
これらの噂が侍たちの耳に入るのも、時間の問題であろう。




