其の拾 古文書は色あせない
「決勝戦の仕掛けを考えたのって、じつは私なんですよ。まぁ私だけで考えたんじゃないのですけれど」
「えっ、ほんとに?」
「行事の委員は、毎年いくつかの組織に持ち回りで巡ってくるって前に言ったでしょ? 事前に教えるわけにはいかなかったんだけど、今年はウチの里に役が回ってきていてね、私が担当したんですよ」
労務局員のトトキがそんなことを言い出したのは、宝探しの行事を終えて里に帰還した後、優勝できなかったことを含めて念のために報告をと労務局へ訪れたときのことだった。
「私は常々、選手の選び方に思うところがあってね。今回ちょうど組長が怪我をして代わりを立てるとなった時には、攻めの人事をやってみたんだよ」
「あ、俺のこと?」
「そう、新人は成績優秀な者で良いとして、組長はただ賢い者よりも機転の利く者の方が良いと思ってね。そこで君さ。エンさんは私と行ったむしろ田の戦場で、機転だけで拠点を制圧してみせたからね」
技術や知識はからっきしと言われている気がしなくもないが、褒められているのだろう。
「でも優勝はできなかったけどね」
「いやいや、怪我もなく優勝を狙えるところまでいってたんだから充分だよ。今までウチは一度も予選すら突破できなかったんだから。今回で箔が付いたってもんさ」
トトキは「それに」と付け加え、優勝した組が凄すぎるとも言う。正攻法で順路を回りながら、あの早さで宝まで到達されたのでは、他の組には太刀打ちができない。おそらく新人の中に凄腕の逸材がいたのだろう。同じ年に当たった者としては、運が悪かったと思うしかない。
「それにしても、偽の古文書も囮として用意してたでしょ。まったく手の込んだことで」
「そうなんだよ、完成度が高かっただろ?」
「木曽の財宝なんて凝った設定だったから、これが正解かと思ったよ」
「木曽の財宝? そんなものは用意した中には無かったけど…… それ、どこの店で見つけたんだい?」
「骨董品屋だよ。古い物なら骨董品かなと思って」
「あははは、そりゃ機転を利かせ過ぎて、それっぽい物を掴まされたんだね。今回の仕掛けでは、骨董品屋は使っていないよ。素直に貸本屋あたりを回るべきだったね」
そんな会話もそこそこに退出したエン。自宅に向けて歩く足が次第に速くなる。寮の引き戸を開けると、エンは自分の部屋を物色する。
── あった!
鍋敷きと化していたその冊子は、先日の宝探しで見つけた古文書だった。エンはすぐに旅装に着替えると、そそくさと寮を後にした。
──────
武道場というものは、座って物を作る作業場ではない。そんな道場の片隅を作業場としているマチコは、今日も道場の同じ場所に座っていた。
ふとマチコは、背後に何者かの立つ気配を感じた。振り返って見上げると、そこにはエンが立っていた。
「はっ!? ……エ、エン、ひ…… ひさしぶりだね……」
予選でエンにブチ切れたのを最後に顔を合わせていなかったマチコは、気まずそうにたどたどしく言葉をひねり出していた。
「マチさん!」
「は、はい」
「さっさとそれ、片付けて。 いくよ!」
「へ? ……どこへ?」
「宝探しだよ!」
せめて着替えさせてくれというマチコに猶予を与えると、彼女は男装に着替えてきた。どうやらこれが、マチコの潜入スタイルであるらしい。
「へぇ、キミたち決勝戦に行ったんだ」
マチコを宝探しに誘った経緯を話す上で、決勝戦まで進んだことは話さねばならぬことだ。決して自慢ではない。それでもマチコの反応に気を良くしながら、エンは手に持つ古文書について語った。
「で、どうして新人たちを誘ってあげなかったの?」
「だってさ…… 自分より賢い新人たちの前でしっかりし続けるのって精神的に疲れるんだよ。それにマチさんなら、困ったときに秘密道具を出してくれそうだし」
「前半の話はすごくよく解るわ。ただ後半のは何? ウチは暗器使いだって言ってるでしょ、いつも日常の便利道具を作ってるんじゃないのよ」
五月晴れという言葉にふさわしい快晴の下、エンとマチコは午前中に岐阜町の骨董品屋に入った。店の主人がエンの顔を見るなりぼやく。
「なんだ、もう来ないのかと思っとったよ」
「ちと都合が悪くなってね、あの次の日は来れなかったんだよ」
「ふん、大盛況のウチの店にお前さんが来なかったところで、何にも問題はないがな」
このちょび髭オヤジは、見た目によらずつまらない冗談も言えるようだ。エンはこの店で自分たち以外の客を見たことがない。
「今日は連れの顔が違うな」
「ああ、今日も優秀な人を連れてきたのさ」
エンは店主に倉庫を開放してもらった。今日は天気も良いので、倉の前で書物の内容の確認もできる。
──── ── ── ─
日は西へと傾きはじめ、午後になった。
「何だ、お前さんは読まないのかい?」
「読まないんじゃなくて、読めないんですよ。全く読めないわけじゃないけれど、下手に手を出して読み違えるくらいなら、賢い人に読んでもらった方がいい」
たしかにエンの行動は、土蔵に積まれている書物の中から、それらしい文字が記載されている物を選んでマチコへ渡すという動きにとどめている。
離れて見ていた店主が、そんなエンに呆れたように声をかけたのだ。
「何度も足を運ぶくらいだから興味もあるのだろう、お前さんも古文書は読めた方が便利なんじゃないのか?」
「俺が古文書を読めるほど賢くなるには長い月日がかります。それなら賢い人と友だちになる方が手っ取り早くて効率がいい」
夕刻、マチコが一冊の書物を手にエンに言った。
「これを買おう。必要なことは、これに書かれているみたいだからさ」
エンとマチコはその書物を購入すると、骨董屋の店主に「また来るかもしれない」と言い残して去った。
その日は岐阜町の宿に泊まった。ここでマチコは入手した書物から知り得たことをエンに語った。
四百年ほど前のこと、木曽という武将が畿内を席巻した。木曽の軍は都にも入り、随分と乱暴な振る舞いも行ったそうだ。しかし驕れる者は久しからず、木曽も台頭してきた別の軍によって滅された。
そこまでは、エンでも知っている知識である。
そして、ここからが古文書を記されていた事柄だ。
滅ぶ前に木曽氏は、執事を務めていた者に木曽家の財宝を託した。いつの日か、木曽家再興のための資金であるという。しかし執事は最期まで主君と命運を共にしたいと考え、財宝の件は自らの親族の者に始末を任せた。
動いたのが執事の分家という少し遠い立場だったことも幸いしたのだろう、財宝は無事に移し終え、その後に追求を受けることもなかった。この執事の分家の男は財宝の情報を跡取りに口伝で受け継いでゆこうと考えたのだが、その口伝も孫の代で途切れてしまった。というのもこの孫は、父から伝え聞いた詳細を記憶しておく自信が無かった。そのため、この口伝の情報を日記の中に記したのだ。
このように、今日買ってきた古文書の中身は日記だった。
マチコが言うには、著者はたわいも無い日常を記す中で、時折何事も無くて書くことのない日に、思い出したかのように財宝が隠された経緯や口伝が伝えられた理由を記しているという。そしてそこには、財宝を移した場所についても書かれていた。
自らの家で当主のみに伝わる情報を公文書ではなく日記のネタにするなどふざけた話ではあるが、日記に記してくれたおかげで結果としてこの財宝の情報はエンたちの手に入った。
日記であったため、当主の死後も他人に内容が詳しく読み込まれることはなく、単に遺品の一つとして扱われたのであろう。そして代が替わるにつれ、過去の遺品などは蔵に納められて放置された。
そして現代、この家が没落した。
借金を残して家人は離散、金貸しは蔵の中身を片っ端から売り払った。そうして日記が流れた骨董品屋でマチコがそれを手に取ったのだ。
「これ、本当にあると思う?」
「夢があっていいんじゃない? 行って確かめるだけでも楽しめるよ」




