其の九 栄光へ。借家経由
こより状に折られた紙を開き、四人がのぞき込む。
【店にて美濃の宝が印されし古文書を見つけるべし】
紙にはそう記されていた。
── 店?
個人が所蔵しているものではなく、商店に在庫として置かれている古文書を買えということか。
「古文書がある店って、やっぱ貸本屋なのかな? 版画屋なんてハイカラな店もあるけれど」
「そもそも古本と古文書って一緒なのか?」
「骨董品の店なんてどうだ?」
新人たちが口々に意見を言う。引き連れるエンとしては頼もしい限りである。案さえいくつか出てくれば、そこから選べばいいだけなので、第一に楽だ。
「古い文書なのだから骨董品屋でいいんじゃないかな?」
エンはチョウの意見を採用し、骨董品屋を回ることにした。エンたちが事前に岐阜の町を散策してきた中で、骨董品屋は二軒存在することを確認していた。まずはその内の一軒へと向かった。
骨董屋の店先には、誰が使った物かも分からない筆から茶道具、果ては仏像まで並べられている。しかし、書物が置かれるような雰囲気ではなかった。思いきって店主に古文書がないかを尋ねてみた。
白髪が目立つ割に、ちょび髭だけは黒々とさせた細身の店主はエンたち四人をまとめて睨みつけると、忌々しげに答える。
「骨董品と古本の違いも判らぬ奴が、そうやって度々やって来るのが腹立たしい。だが、骨董品を扱うウチの店に今、少なからず古本が有るという事実が何より腹立たしい」
面倒くさい性格の店主であるようだが、古文書は存在するらしい。店主はエンたちを店舗の裏庭へと連れ出すと、庭の先に建つ土蔵へと案内した。そこには店舗に並びきらなかった家具や調度品などが大量に置かれていた。おそらく店舗に無い物を尋ねられた時には、こうして案内するのだろう。土蔵の中は一画を除いては人が見て回れるよう、それなりに整頓されていた。ところがエンたちが案内されたのは、土蔵の中でも整頓されておらず、乱雑に物が置かれている一画であった。
「これらは最近入荷した物だ。なんでも没落した武家があってな、家人が離散した後に残ったのは借金と屋敷だけだったらしい。金貸しどもは少しでも金銭を回収しようと、屋敷の蔵にあった物を片っ端から売りに出したのさ。そのうちの何割かがウチにも持ち込まれた。奴の条件は、安く見積もって構わないが、その代わり、運び込まれた物は選り分けずに全て買い取れと言いやがった。その結果がこれさ」
エンたちに骨董品の価値は分からない。無造作に積み重ねられたガラクタの中に、たしかに書物も重ねられていた。
エンは足下の書物の山から、古びた表紙の付いた、いかにも古文書といった書物を手に取り、パラパラとページをめくった。
土蔵の内部は暗いため、古びた書の文字は読みづらかった。ましてやエンは古い文字を読むのは苦手なのだが、その書の中に『宝』という文字が書かれていることは、かろうじて読み取ることができた。
エンは三人の部下の意見を聞いてみた。するとリュウは、このタイミングでこのような古文書が出てくるのは出来過ぎた話だと言った。しかし、出来過ぎているだけに、これらは今回の行事のために仕込まれた物だと思う、とも付け加えた。
この薄暗い土蔵の中でこれらの書物を読み込んで、有益な物だけを探し出すのは困難だった。しかも悪いことに今日は雨、土蔵の外に書を持ち出して読むわけにもいかなかった。
「仕方ない、今日はこの一冊だけを買って、明日また出直そう」
そう言って骨董品屋を出ると、買った書物の保全のため、今日は野宿ではなく岐阜の町で宿をとることにした。
古文書はエリート新人に読ませてみても要領を得ない内容であったが、内容の一部で宝について語られていることは解った。書には『木曽の宝』と書かれている。宝の場所が記されているわけではないが、木曽の宝の存在を知っている前提で、当時の噂話のようなことが書かれている。
これならばあの土蔵にあった他の書に、この『木曽の宝』についての詳しい話の書かれた物があっても不思議ではない。
──翌朝──
宿を出たエンたち四人が見上げると、そこには雲一つ無い青く晴れ渡った空が広がっていた。まるで優勝へ向けての進路までが澄み渡ったような気持ちになった。
昨日の骨董品屋へと向かうことになるが、その前に行事の本部へと寄っていく。新しい情報やお知らせがないかを確認するためで、岐阜町へ来てからの日課のようなものであった。
本部となっている借家に入ると、すでに一組の忍がうなだれるように座りこんでいた。一人は脚を怪我しているようで、杖を抱えている。
エンたちはこの四人に見覚えがあった。昨日、この四人が奪おうとした紙を、横からかっさらったのだから。
組長のイチが力の無い表情でエンを見る。エンは慌てて目を逸らした。そんな気まずさからエンを救うように、案内人が話しかけてくる。
「おお、君たち、ちょうど良いところに来た」
いつも「何もない」としか言わない案内人が積極的に話してくるのは珍しい。何か新しい情報があるのだろう。
「優勝の組が決まったよ」
── は?
「いやぁ、つい今しがた連絡が来たところなんだけどね。君たちが今日動き回る前に伝えることができて良かったよ。これ、知らないままだったら、これからの動きが全て無駄骨になるところだったからねぇ。あははは」
── あははじゃねぇよ!
非情な知らせを陽気に話す案内人に腹は立つが、これほどまでに想定を上回る早さで上がられたのでは、とてもじゃないが太刀打ちできない。世の中には優秀な人がいるものだ。
おそらく優勝組は、エンたちが紙を奪い合ったあの時より前に、すでに岐阜へ帰還していたのだろう。そして、四人が揃って帰ると待ち伏せに遭うことも想定し、途中で分散して岐阜町に入ったのかもしれない。
お宝の在処を示す古文書についても、エンたちが掴んだものは偽物だったということになる。偽物の一つや二つは用意されていることの想像は付いていたが、骨董品屋にあれほどもっともらしく仕掛けが行われていたことを考えると、手が込んでると言わざるをえない。
ともあれ、行事は終了した。本部を出て見上げた空は、やはり青く澄み渡っていた。
こうして、エンたち濃武組の宝探しの旅は終わったのだった。




