其の八 争奪戦
翌朝の街道沿い。やはり昨日、石を集めていた場所に待ち伏せ組の四人は姿を現した。この組…… いや、この組長も、今日が勝負になると踏んでいるのだろう。部下たちを所定の場所に待機させると、組長自らが見張りの役も担い、街道を岐阜へと向かってくる者を監視した。
エンたち濃武組も、そんな彼らを監視できる位置に展開している。
ほどなくして、待ち伏せ組四人の雰囲気に変化を感じた。エンが遠筒で街道の先を覗いてみると、岐阜町の方へ向かって歩いてくる四人組がいる。先頭を歩く男の顔には見憶えがある、先日の決勝戦の説明会場にいた顔だ。彼らは南宮山から『池』を回り、紙を入手して岐阜へと戻ってきた帰還組とみて間違いないだろう。
それにしてもだ。謀略をもってこうして端から見ていると、あのように白昼堂々と四人揃って道を歩いて帰ってくるというのは、いかにも無警戒に見えた。
そんな帰還組に対して待ち伏せ組が不意打ちを仕掛けることで戦闘は始まった。
待ち伏せ組は、帰還組の中でも新人の一人に目を付けたようで、彼の足を狙って一斉に飛び道具を放った。すると、石つぶての一つが新人の右脚を捉えた。とつぜん脚を負傷した新人が痛みでその場で踞ると、その他の組員たちも自分たちが何者かに襲われていることに気が付いた。そして、すぐに負傷者を庇うように四人が固まって周囲を警戒した。
そんな帰還組を取り巻くように四方から姿を見せた待ち伏せ組は、今度は一斉に帰還組の組長らしき人物に的を絞って斬りかかった。ただし、殺してはいけないという掟に従い、襲いかかる待ち伏せ組の手には真剣ではなく木刀が握られている。
組長がエリートとはいえ、さすがに四方からの一斉攻撃に対処することはできない。木刀で腹部と脚を打ち据えられた帰還組の組長は、苦悶の表情でその場に倒れ込んだ。
帰還組の新人の一人であるミコトは、宝探しの旅を満喫していた。自分の発想で予選の謎を解けたことも、この行事の楽しさに拍車をかけていた。決勝戦も順調に駒を進め、優勝すら狙えるのではないかと内心では期待していた。
そんな最中にとつぜん仲間が脚を押さえて踞ったのである。腰を落とす仲間を見て「蛇にでも噛まれたのかな?」と思った。仕方のない奴だ。順調な行程に水を差す仲間に眉をひそめながらも、そんな仲間を介護しようとミコトが膝をついたその時だった。周囲から何者かが飛び出してきたかと思うと、組長に襲いかかったのだ。まさに急転直下なこの状況に彼女の気は動転した。動転して、状況判断が間に合わない。そんな彼女の脳裏に唯一浮かんだものが、『護身用の懐刀』であった。
ミコトは懐刀を抜くと、片膝をついたまま、自分に背を向けて組長を狙う敵の太腿に懐刀を突き立てた。
帰還組の組長が打ち伏せられるのと、太腿を刺された待ち伏せ組の新人が苦悶の声を上げたのは、ほとんど同時だった。
このとき待ち伏せ組長が舌打ちしたのは、部下を刺したミコトに対してではなく、迂闊な自分の部下に向けてだった。
この待ち伏せ組の組長についても簡単に紹介しておく。彼の名はイチ、幼少の頃から何事においても常に里で一番だった。一番の成績で養成所を卒業して忍となった。一番で居続けることが彼の誇りであった。行事にも組長として選抜された。予選の謎も解いたし、この決勝戦の本質も見抜いた。彼はそのプライドの高さを周囲の者の鼻につかせないだけの実績を常に築き続けてきたのだ。
イチは、膝をついて震える手で懐刀を握るミコトの前に立つと、木刀の峰でミコトの顔を打った。ミコトは横向きに倒れると、そのまま気絶した。
帰還組で無傷な者は、もはや新人一人を残すのみとなった。待ち伏せ組としてもこれ以上やると、脅す相手がいなくなる。目的は情報の紙を奪うことなのだ。イチは怯える新人にすごんだ。
「池で獲ってきた紙を出せ。さもなくば・・」
怯える新人は、もはや言葉も出ない。ただ首を振るだけである。そんな新人を護るように、傍で仰向けで腹を押さえている帰還組の組長が声を発した。
「ま…まて…… 紙はオレが持っている…… そいつらには手を出すな……」
彼は仰向けに倒れたまま、懐から紙を取り出した。右手の骨は折れていないようだ。そして紙を渡そうと少し手を伸ばす。イチも紙を受け取るべく満足げに手を伸ばす。
そこにクナイは飛んできた。
クナイはイチの差し出した手の甲を捉えた。
クナイには人の身体に刺さらないように薄く布を巻いてあったが、それでも手の甲に当たれば激痛となる。骨が砕けたかもしれない。
「ぐっ!? だ…… 誰だ!」
帰還組も待ち伏せ組も、身体の動く者は皆クナイが飛んできた方向を見た。そこにガサガサと草を踏みながら、エンが姿を現した。ただし、エンの頭は頭巾で覆われており、目の部分だけが開いているため、顔は判別できなくなっている。
「そうか、我々もつけられていたのか!?」
イチは悔やんだ。迂闊なのは部下よりも自分であったことに気付いたからだ。
そんなエンに誰もが気を取られているそのとき、逆方向からそっと飛び出した影が忍たちの中を駆け抜けながら、仰向けの帰還組長が手にしている紙をひったくった。その者もやはり頭巾で顔は見えないが、エンの指示を受けたチョウであった。
「ああっ!? しまった!」
エンが姿を見せたことにより、周到に待ち伏せていたはずの自分が実は狙われる側の人間であった事実を知り、思わず心の中で己の迂闊さを反省したイチであったが、この場面での反省自体が迂闊であると言わんばかりに、またも手玉に取られたのだ。これは精神的にこたえた。
駆け抜けたチョウがエンと合流し、この場に背を向けて逃走に入る。
「おい! 待て!」
そう言ってエンを追おうとしたのは、イチが組長であり部下を率いる者としての義務感からである。一番である自分は、どんな時も部下たちの手本でなければならないのだ。
しかしエンの背を睨むイチの目に宿るのは、もはや闘争心ではなく恨みの色であった。一番である自分に恥をかかせたエンへの恨みだった。
彼は瞬きも忘れて、去りゆくエンの背中を睨んだ。まるで呪いでもかけるように睨んだ。しかし、そんなイチの執念を薄ら笑うかのように、彼の眼前で光玉が炸裂した。
部下の一人が深傷を負ったのだ。ここで紙を逃したら、もう挽回の機会はないかもしれないのだ。絶対に逃がしてはいけないのだ。絶対に逃がしてはいけないのに……
「くそおおおぉぉぉ!」
強い光に目を押さえながら叫ぶイチの心は折れた。
逃げる背中は二つ。まだ仲間が二人いるはずなのだ。追うとさらに何かが仕掛けられているに決まっている。それは分かる。だがそれが何かを看破できる精神状態ではないことも、自分で分かるのだ。だからイチはそれ以上エンを追わなかった。いや、追えなかった。




