其の七 漁夫の立ち回り
南宮山へ向かった組が『池』を経てこの岐阜に戻ってくる。それも捜し物をしてのことだから、速い組でも二日はかかるだろう。ならば一日は岐阜の町を散策し、二日目に待ち伏せの算段を練ればよい。
岐阜は今や二百万石持ち大名の拠点とあって、大変な賑わいのある町となっている。殿様の方針で関所の監視を緩めているので、日ノ本中から情報が入ってくる半面、胡散臭い商人やいかがわしい連中も入ってくる。おそらく各地から、かなりの数の忍も入っているのだろう。
大通りでは、エンたちは生まれて初めて異国人を見た。とにかく背が高く肌が黒い男だったが、侍と同じような格好でお供の者を連れている。お付きの者は彼を「ヤスケさま」と呼んでいた。ヤスケといえば昨年エンが闘った虎級の弟子と同じ名である。
『異国人は言葉が違うと聞いていたけれど、名の付け方は我々と同じなんだな。ああやって仕官もできてるくらいだし、案外言葉も方言くらいの違いなのかもしれないな』
異国に無知な人間はこんなものである。
その後も裏通りのお店からガラの悪い連中の多い区域まで、丁寧に岐阜を見て回った。
二日目に入り、そんな岐阜の町にも少し土地勘が身についてきた頃、リュウがあるものに気がついた。
「先輩、今あそこの飯屋に入った連中、決勝戦の説明会で見た顔です」
エンにとってそれは吉報だった。自然と顔がほころぶ。この時点でここに居るということは、正規のルートで岐阜に戻ってきた組とは思えない。早すぎるのだ。ということは、彼らも濃武組と同じく、紙を手に入れて岐阜に戻ってくる組を待ち伏せる算段なのだろう。そんな組をこちらが先に捕捉できたのは大きい。
「そうか。じゃあ俺たちはその向かいの蕎麦屋で腹ごしらえしながら、そいつらが出てくるのを待つとしよう」
『また蕎麦!?』
『この人わざと蕎麦屋へ誘導してないか?』
思い返せばいつもエンの提案だった。濃武の里を出て以来、もう何度となく蕎麦を食わされていて、エンの蕎麦好きには後輩たちも気付いていた。彼らは少々ウンザリとした目でエンを見る。
「いや、たまたま飯屋の前が蕎麦屋だっただけさ、他意は無いんだよ」
店の表が見える席で四人は蕎麦をすする。
「岐阜の町に居るということは、奴らも決勝戦の本質に気付いている。たぶん夕方までには、待ち伏せ場所の下見と準備をするはずだ」
「我らと競合しますね。どうするんです? 奴らとは別の場所を選んで待ち伏せますか?」
「いや、せっかく奴らを見つけたんだからさ、俺たちは楽をさせてもらおう。 町の調査はもうやめだ。他にも町に残った組がいるかもしれない、そいつらに見つかったら厄介だ。……よし、こうしよう。リュウは俺と二人で奴らを監視する。カンとチョウは明日の材料の買い出しだ」
しばらくして飯屋から出てきたどこの里の者かも知らぬこの待ち伏せ組は、町の中をウロウロと歩き回っていたが夕刻前には案の定、町の外へと向かった。エンとリュウは距離をとってそれを追尾する。
南宮山に近い西の街道へ出ると、彼らは手頃な石などを拾っては街道脇の四カ所の草葉の陰へと集めた。そこが彼らの待ち伏せ場所とみて間違いないだろう。
エンはそんな彼ら待ち伏せ組を監視できる場所を探した。そして、遠筒を使って彼らを観察し、読唇術で会話も読んだ。すると、次第に彼らの組の色が見えてくる。それは、彼らは常に組長が指示を出し、新人たちは些細なことまで言われるがままに動く、組長の能力だけが突出したワンマンチームであることが見てとれたのだ。
「リュウ、町へ行って二人をここへ呼んできてくれ。今夜はこの近くで野営して、奴ら待ち伏せ組を待ち伏せをする」
リュウが去った後もエンは半日ほど待ち伏せ組の四人を監視してつけ回したが、彼らは自分たちへの尾行に対しては全くの無警戒だった。他人を必至に狙う者は、存外自分が狙われていることには気が回らないらしい。
日が暮れる前に、待ち伏せ組は岐阜の町内へと去った。そして、それに入れ替わるようにしてカンとチョウが合流した。
「さあみんな、楽しい楽しい野宿だよ」
「せっかく今日も岐阜の宿で寝られると思ってたのに……」
素直なチョウは、思ったことを口にする。
エンはニコニコと仲間を諭す。
「勝負は明日、実戦になるかもしれないよ。だから作戦を練りながら、今夜は自然の中で野生を取り戻そうぜ」
明日以降、南宮山を経て『池』へと向かった組が戻ってくるだろう。それら忍のひと組もこの道を通らないとは考えにくい。間違いなくここが勝負の分かれ目となるだろう。




