其の五 突破
昨日すでに一度歩き回った可児の町、まずは変わったところがないかを確認すべく、再び歩いて回った。だが、町中の様子に変化は見られなかった。
ライバルとなる忍組はというと、昨日は見なかった集団が二組ほど増えていた。また、忍なのかの判別が難しいと感じたあの町人風の男女四人組は今日もいて、忍であれば手の込んだことに衣服が昨日とは異なっているように見える。一方、運び屋風の四人組は今日は見当たらなかった。
どんよりとした雲に隠されて、ここのところ姿を見せない太陽が少し西へと傾いた頃、未だエンたちは収穫も無いまま、大通りの蕎麦屋で腹を満たしていた。
「人を探すって言ったって、分かり易い目印を付けた人が突っ立ってるわけじゃない。建物に何か特徴があって、そこに案内人が居るんじゃないかと思ったんだけど……」
「僕はとにかく人を見ていた。持っている物や身に着けている物に何か決め手があるんじゃないかと思って」
「どこかに何かが書かれているんじゃないかと、看板や高札、とにかく目につく物に書かれている文字に注意したけど、分からんね」
新人たち三人が口々に話す。ちゃんと各々がテーマを絞って観察できていることに感心しながら、エンは聞いていた。
それでも何も見付からない現状に、三人からは焦りや苛立ちのようなものが滲み出てきている。
「やはり、与えられた手掛かりが少なすぎるよ」
そんなリュウの発言にも、いくらか投げやりな感情を感じ取ることができる。
「もしかしてさ、与えられた手掛かりが少なすぎること自体が手掛かりなんじゃないか?」
ふと、エンはそんな頓知のようなことを言ってみた。根拠があるわけではない。滞った皆の思考の流れを変えるために適当なことを言ったまでだ。
「それですよ!」
蕎麦を食っていたチョウが、とつぜん大声を出した。チョウの口に入っていた蕎麦たちが宙を舞う。正面に座っているエンへの被害が甚大である。
「おい! 汚ねーなぁ…… あぁ、俺の蕎麦にも入ったじゃねぇか……」
顔についた蕎麦を払うエンをよそに、リュウとカンがチョウの話を聞こうとする。
「広い町に何の手掛かりもなく放り出されたって、何も分かる訳がないんですよ。我々に出来ることといったら、往来の人が忍かどうかを見分けることくらいです。そしてそんなことは、このお題の出題者にだって解っているはずなんです!」
ここまでを聞いたカンも察したように
「だから、往来の人を一般の人と忍とに見分ける中に、お題の答えも隠されているってことか」
新人とはいえども、流石はエリート。取っ掛かりさえ示してやれば頭の回転は早い。次々と分析が進んでいく。
「そうなると、怪しいのは………」
「「「「 あの四人組だな! 」」」」
忍から見て、この町にいる最も不自然な人物は、あの地元の町人風を装った男女四人組だ。彼らが本当にこの町の住人であれば、男女四人で連日町をウロウロと徘徊するのは不自然である。そして、逆に彼らが忍であったなら、日によって衣服が替わるのがおかしい。それではまるで、彼らの自宅がこの町やその付近に在るようではないか。ルールでは最寄りの町を探索するのは禁止なのだから。
「町の自警団である可能性は?」
「絶対に無いとは言えないが、男女で回るとは思えないな」
慎重なリュウの懸念にエンが答えていく。
「着替えの衣装をたくさん持ち込んでいる忍だとしたら?」
「まったく別のお仕事でこの町に入っていて、本格的な潜伏活動を行っているというのなら、あり得ないこともないが、それだと固まって動き過ぎだ。俺たちに簡単に目を付けられているようではお粗末すぎる。 逆にあれが単なる宝探しの参加組であるなら、あそこまで手の込んだ変装をする意味が無いよ」
要するに、行事に無関係ではない忍四人組には見えるが、普通の選抜チームとしては不自然。総合すると、彼らの違和感を見抜くことこそ、この町の予選で試されていることなのではないか。
濃武組としての自信のある解答がまとまってきた。行事の運営側が仕込んだ囮である可能性もあるが、躊躇する理由にはならない。
「よし、これを食ったら掴まえにいくか」
──── ── ── ─
目標の四人組を補足するまでに、さほど多くの時間は要さなかった。
往来で派手に立ち回って他組に割り込まれるのは面白くないので、なるべく人通りの少ない通りに差し掛かるまで目標を泳がせた。そして、目標が表通りから二本外れた裏通りへと入った時に濃武組は動いた。
目標の前方からエンとカン、後方からリュウとチョウが、通りを塞ぐように立ちはだかった。
囲まれた目標の四人は、困惑したように身体を寄せ合う。
しかし、エンが懐から取り出したクナイをあえて相手に見せるようにチラつかせると、目標は不適に表情を変え、二人づつ背中合わせになって構えた。やはり彼らは一般の町人ではない。これでお膳立ては整った。
エンは満を持して、目標に告げる。
「果物は鍋の具になりますか?」
「は?」
リュウ、カン、チョウが揃ってエンを見る。
しかし、目標の一人は口元に微かな笑みを浮かべながら言葉を返した。
「果物にも色々あるが?」
「もちろん桃です!」
即答するエンと、唖然とする新人たちの表情を楽しむように間をとった目標だったが、その中でチョウの前で対峙していた男が構えを解いて言った。
「合格だ!」
これにて、濃武の里の予選突破が決まった……らしい。それは喜ばしいことなのだが、新人たちは喜ぶよりも、まだ何がどうなったのかが理解できていなかった。
「あの…… 先輩、どうなってるんです?」
リュウが説明を求めてくるので、エンは新人たちに語る。
「彼らが一般の町人ではなく、宝探しの関係者だってことは判っただろ?」
「それは判りました」
「でも、俺たちの目的は案内人を倒すことではない。俺たちがやるべきは、案内人に俺たちが行事に参加している忍であり、お前が案内人であると見破ったぞ、と伝えることなんだよ」
しかし、関係者とは判っても、彼ら四人が単なる参加者の忍なのか、それとも運営側の案内人なのかまでははっきりしていない。もしも、彼らが他里からの参加者であったなら、こちらの情報は見せたくない。だからこそ、彼らが案内人なのかを確認する必要があったのだ。
だが、ここで相手に事情を説明するわけにはいかない。なぜなら、自らの任務や目的を見ず知らずの相手に語るという行為は、忍としてはやってはいけない失策であり、忍としての資質をも疑われる行為であるからだ。この宝探しという行事が忍の質の向上を目指しているのなら、案内人はきっとそのあたりの適正も見た上で、自分が案内人であると明かすことを決めるだろう。
「だから、クナイを見せて俺たちが忍であることを認識させた上で、相手に出鱈目な合言葉のようなものをもちかけたのさ」
もしも、相手がただの参加者であれば、何のことかが理解できないだけだ。しかし、相手が案内人であったなら、それが目の前の自分たちこそ案内人であると目星を付けた参加者からのメッセージだと判るはずなのだ。
「なるほど、そういうものですか……」
エンの言っていることは理解できるものの、心の中では、この程度の行事でそこまでの深読みは考え過ぎではないかと、素直に「案内人ですか?」と、聞いてみれば済んだのではないかと疑ってしまう新人たちなのだった。




