其の三 金のたまご
宝探し開始の日はあいにくの曇り空。空一面が灰色の雲に覆われて、世の中の全ての景色が薄暗かった。
そんな中、里の入口付近の草っ原には、初々しい顔ぶれが並んでいた。三人の新人は、全員がこの春から忍になったばかりのまさに駆け出しの忍で、ほんの数日前に忍の研修ともいえる二・三日の潜伏調査だけは一応体験してきたという未熟さであった。この行事には職歴が二年目の忍までが選抜できるはずなのだが、その二年目が一人も入っていないのは、どういう事情なのか。
「濃武組」として濃武の里から宝探しの代表に選抜された組長のエン以下、三人の新人組員はリュウ、カン、チョウと自己紹介をした。
新人たちがハツラツとしているのに対し、エンの方は彼らと顔を合わせてから口数が少ない。エンは明らかに彼らを警戒していた。というのも、彼らは新人とはいえ、全員が養成所の上位卒業者というエリートたちなのである。おそらく重傷を負ったという元組長も華麗な経歴の持ち主だったのだろう。それにひきかえ交代で組長となったエンはというと、養成所の成績は中の中程度の可もなく不可もない成績、卒業後も昨年の春までは、安全な潜入調査のお仕事で食いつないでいたしがない鼠級忍だった。もしかすると今の時点で、彼らの実力はすでにエンよりも上なのかもしれない。
『こいつら、はたして俺の言うことを聞くのだろうか? 「俺たちに言うことを聞かせたけりゃ、勝負して勝ってみな」などと、やんちゃなことを言い出すんじゃなかろうか』
エンが劣等感の暗いオーラに身を包み、そのようなことを考えていた矢先だった。
「エン先輩」「先輩」「エンさん」
──!? 三人にほぼ同時に呼ばれ、ビクつきながら、エンは彼らの方を向く。
「「「よろしくお願いします!」」」
意外と素直な子たちのようだ。
さらに「色々教えてください」なんて言ってくる純粋な新人にエンの汚れた心が洗われる。二年目の忍が選抜されていなくて良かったと、心から思った。
労務局員のトトキもこの場に居る。とはいっても、彼はエンたちに付き添って共に行動するわけではなく、この場にて今回の宝探し予選の詳細を発表する役目があるのだ。
今年の宝探しには予選と決勝戦があり、決勝戦の内容は予選を突破した組だけに知らせられることになっている。
トトキは美濃国内の十の町村の名を読み上げた。その上で、各組織の代表に与えられる予選の内容を発表した。
【これら十の町村にて、次の決勝戦への道を示してくれる案内人を探し出すこと】
調査を行う場所として、どの町村を選ぶのかは各組の自由である。ただし、出発する所属組織の場所から最寄りとなる町村を選択することは禁止。
そして、各町村に存在する案内人が決勝戦の情報を教えるのは、案内人へ最初に合言葉を伝えた一組に対してのみ。すなわち正解組が出た時点でその町での予選は終了となり、その町の役場附近に目印の赤い高札が立てられる。
もしも自組のいる町での予選が終了してしまった場合、未終了の町村へと移動すれば、予選は続行できる。
以上が、今年の宝探しの予選ルールである。
出発の時刻となった。
最後にエンは、出発を見送るトトキに尋ねた。
「ちなみにこの里から優勝者が出たことは?」
「一度もありません」
安心した。常勝軍団などと言われたなら重圧しかないところだったが、優勝など期待されていないらしい。本当に楽しんでよい行事なのだろう。
「さぁみんな、俺たちは何処の町村に向かうのが良いと思う?」
里を出たエンは、三人の新人に意見を問うた。すると、場所以前に、村と町のどちらを目指すかで意見が分かれた。村を選んだ者は、村は住人の頭数が少ないから案内人という答えにたどり着くのが早い、というのがその理由である。ただし、同じ理由から村を目指す組が殺到して競争率が高くなると推測されることが、町を選んだ者の意見だった。
エンは町を目指す意見を支持した。濃武の里の東方に二つの町が在る。その中からまずは可児という名の町へ向かうことにした。
昼間でも薄暗い日だった。木々が豊かに葉を蓄えるこの季節、頭上の多くを枝葉が隠す街道はいっそう暗く感じられた。四人は仕入れに回る行商の姿に扮して歩いている。
「エン先輩の初仕事はどんなのだったんですか?」「お仕事で気を付けることは?」「ふだんどんな鍛練をしてるんですか?」
道中、新人たちが次々と質問をぶつけてくる。
賢く知識が豊富な人というのは、このように好奇心が強く、知りたがり屋の将来の姿なのかもしれない。
そんな中、リュウが質問した。
「今までで、一番危険だったお仕事って何ですか?」
『ほらきなさった。その質問が出るのは時間の問題だと思ってたよ。でも大丈夫、俺にはね、君たちに一目置かせるとっておきの武勇伝があるのだよ』
エンは少し胸を張りながら、さも些細な体験を思い出しながら話すような口ぶりで言った。
「そうだなぁ、危険だったっていえば…… うん、やっぱあの虎級と一対一で決闘したあれかな」
「「「おおーー!! 」」」
新人たちのエンを見る瞳に輝きが増した。
相手はほぼ初見、一方エンは相手の研究を尽くしての決闘だったことは、語られずに消えゆく予定の裏話である。
『正直なところ、本当に危険で怖かったのは、先日気軽に鉄砲隊にちょっかいを出して銃撃されたあの時なのだが、かわいい後輩たちに話すことではない』
「先輩が今ここでお話ししているということは、虎級との決闘は先輩が勝ったということですか?」
リュウが興奮気味にたずねた。
「ああそうさ。俺がヤツの前に立ちはだかった時、すでに里の手練たちはヤツの術にやられていたんだ。流石は上忍、並の腕じゃない。技術の劣勢をカバーするため、俺は自然を利用して立ち回り、ヤツを翻弄したのさ。決着は紙一重の差で俺に軍配が上がった。そして、死線を越えた者同士だけが解り合えるものがある。お互いを称え、むしろ清々しく、ヤツは死んでいったよ」
死人に口なし、歴史は勝者が造るとばかりに話を盛っている。エンは三人の新人の心を完全に掴んだ。




