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忍のお仕事  作者: やまもと蜜香
第四章 【暗殺】
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其の拾四 忍の花形

 雲の無い夜空に半月が浮かんでいた。


 闇に紛れる黒装束を纏った濃武の里の忍たちは、西城と呼ばれる館の裏手の森から現れた。

 忍の数は十名、この中の四名が暗殺組として館への侵入を試みる。

 居残り六名の待機組の指揮はトキに任せていた。もしも暗殺組の脱出が困難な状況となった場合、待機組は脱出路の逆側に向けて撹乱を行うことになっており、それまでは森の傍の館が見える場所にて待機することになっている。


「よし、行こうか」


「うん」「ああ」「おう」


 暗殺組のエン、ユナ、シュウ、シャチが、忍の集団から進み出た。


「じゃあな、オレたちに暗殺成功の箔を付けてくれ。 まぁあとは…… なるべく死ぬなよ」


 トキの激励に笑顔を返し、エンたちは館の東壁へと進んでいった。



 その男は壁を背に立っていた。男は身長より高い槍を突き立て、右手に握っている。そしてその槍には事前に知らされていた情報の通り、白い布が結ばれている。

 この男が内通者であった。


 エン、ユナ、シュウ、シャチの暗殺組はそんな内通者の近くまで素早く歩くと、通りに常設されている消火用の大きな水桶の陰に隠れるように腰を落とした。

 内通者の侍は興味深そうに、エンたちの行動を黙って見ていた。周囲に人気が無いことを確認し、侍は水桶の陰へと話しかける。


「忍と申しても、普通に道を歩いてくるのだな。もっとこう、知らぬ間に屋根の上や傍の物陰から突然現れたりするものかと思うておったよ」


「いやいや、忍にそんな能力があったら、屋敷に侵入するのを手伝ってもらったりしませんよ」


「ふふっ たしかにな」


 微笑みながらそう話すこの見張りは、人の良さそうな三十手前といった好青年に見える。こういう人当たりの良さそうな人が敵と内通しているというのだから、人の世は恐ろしい。


「警備の交代まであと一時間ほどある。私はこのまま東城へと駆けさせてもらうゆえ、交代の者が来たときに私が居ないことで騒ぎになるだろう。また、御館様がお休みになられると、それ以降は警備の人員が増やされるので、殺るならば急いだ方がよい」


 そう話す内通者は、正門とは別のこの東壁にある、下働きの通用口となっている小さな鉄扉のかんぬきを外してくれていた。

 エンたち四人はそこから館内へ潜入すると、できる限り内壁に沿って庭木の陰に隠れつつ移動した。

 館内の間取りは頭に入っている。もちろん領主が夜間に居ることが多い部屋や、近づいてはいけない家人のたまり場となっている部屋の場所も。


 庭を移動して館内を探索すると、領主の部屋の中でも最も広い部屋に灯りの気配があった。冬が近づくこの季節、障子はすべて閉められているが、その障子がぼんやりと明るかった。

 おそらく領主の葉栗長倉は、あの部屋に居る。


 暗殺の基本に沿うならば、建物へと上がり、柱を伝って屋根裏に潜入、領主が寝るのを屋根裏で待って、寝静まった頃に寝首をかく。

 果たして、そんなことが可能だろうか。

 母屋へと上がり、家人に見つかることなく屋根裏へ登ることができるのか。

 屋根裏に侵入者対策が施されていないか。

 領主が寝静まるまで、屋根裏で見つからずに待機できるか。

 そもそも領主は、あの部屋で寝るのか。

 領主が床に就くと警備が強化されるらしいが、逃げ切れるのか。

 暗殺の基本とはいっても、これだけ懸念があると、無難な策とは思えない。

 やはり交代の見張りが来るまでの短時間で暗殺を実行して逃げ出すのが、最も犠牲が少なく成功の可能性も高いのではないか。


 できれば正面からあの部屋へ踏み込みたい。

 そう思いながら、エンは中からの灯りでぼんやりと明るい障子を見つめていた。

 ただし、見つめる障子の傍に、悩みの種があった。 部屋の三辺を囲むように通されている廊下に一人、膝をついて控えている者が居るのだ。

 エンたちがどのように動くとしても、あそこで控えている側近がどうにも邪魔だった。

 もし彼に見つかることなく部屋に入れても、室内で騒ぎがあればすぐに気付かれるだろう。しかし、先に彼を始末しようとすると、部屋の中の人に気付かれてしまう可能性が高い。

 どうしたものかと思案が必要だが、まずは意見を共有すべく、エンはユナの耳元に口を近づけて小声で話した。


「あいつが邪魔だ。とりあえずあいつを何とかしな…」


 まだ話の途中だったのだが、ユナはエンの顔をに向かって目を輝かせると、サッと傍の棟の床下に潜り込んだ。


「お… おい、急にどうした、小便か?」


 訳が分からず呆然とするエンをよそに、ユナは素早く渡り廊下の下を経由して、領主の部屋の外に控えている側近の真下へと移動していった。

 大胆な曲者の接近に、側近の侍は気付いていない。


 敵の真下に潜り込んだユナが手を振った。

 エンに何かの合図を送っているのだろうか。

 エンはそんなユナをよく見た。

 顔の上半分は床板の影になって見えないが、口もとだけで十分わかった。


 ── 合図じゃない。あいつ、笑顔で俺に手を振っているだけだ……


 物陰から、標的である領主が居るであろう部屋を臨むエンの視界には今、我々を見付ければ殺しにくる侍と、仲間のくノ一のユナが、床板一枚を挟んで上下に座っているという何ともいえない光景が映っている。


 するとユナは、大きく手をバタバタと動かし出した。声を出さずに口を動かしながら、大きな身振りで、エンに何かを伝えようとしている。


 ── おい、何やってんだ、気付かれるだろ!


 ユナはジェスチャーが下手だった。バタバタしているだけで、何も伝わってこない。


 ── 馬鹿、ヤメろ、見付かるぞ! 俺には読唇術があるんだ、口だけでいいから、おとなしくしろ!


 ユナの口を読むかぎり、

「ワタシガ、イマカラ、ウエノヒトヲ、ヤルネ」

 と言っている。


 ── 色々とヤメろ! 部屋の中の人に気付かれちゃ駄目なんだよ。いや、それよりまず、その大きな身振り手振りをヤメろ!


 そんなエンの心の叫びも聞こえないユナが、ジェスチャーらしき動きを続けていると……


 コッ


 ── !!!??


 ユナの指先が、頭の上の床板に当たってしまったのだ。さすがにマズいと思ったのか、ユナはおとなしく縮こまる。


 しかし、この音が、すぐ上の側近の耳に入らないわけがなく、彼は少し伏せていた顔を上げた。しばらく周囲を見回して様子を覗い、異常が無いと感じると、次に廊下の縁に手をかけた。

 そして、頭から肩のあたりまでを沈めて、床下をのぞき込んだ。


 ツシャ


 逆さまにのぞき込んだ側近の喉元を刀の刃が貫くと、横凪に首を切り裂いた。


 いきなり喉を斬られた側近は、声を発することもできず、前のめりに庭へと崩れ落ちていく。

 見ているエンは、気が気ではない。

 人が庭に落ちて音がしないわけがない。

 しかしここも、ユナは素早く自分の体を下敷きにして、崩れ落ちる側近男の落下を受けとめた。そして器用に体を抜くと、慎重に側近の遺体を引きずって床下に隠してしまった。

 庭に血が飛び散っていたが、夜明けまでは目立たないだろう。


 すぐにユナは遺体を隠した床下の奥から、エンのいる物陰から見える廊下の下まで戻ってきた。そして笑顔で小さく手を振ると、エンを手招きした。

 エンはユナが移動したのと同じルートで彼女のいる床下まで移動すると、ニコニコとエンを迎えたユナの耳元で言った。


「アホかお前は、慎重に動けよ! こっちはお前がやらかすんじゃないかと、ハラハラしただろうが!」


 どうやらユナは、褒められると思っていたらしい。それが褒められるどころか、怒られたことがショックだったのだろう、笑顔がみるみると悲しげな表情へと変わってゆく。


『マズいな…… ここでユナに精神的に落ち込まれて、このあとの動きが悪くなってしまうのは非常に困る』


 エンはそっとユナの肩に右手を置き、左手でユナの手を握った。


「いや、あの…… 俺たちは仕事仲間ってだけでなくて、友達だろ? だからユナが危ない目に遭ったのが心配だったんだよ……」


 慌てて取り繕ったエンの言葉だったが、ユナの目に輝きが戻ったような気がする。

 ただ、エンが触ったユナの装束は、闇に紛れる黒の忍装束であるおかげで一見目立ってはいなかったが、返り血でぐっしょりと濡れていた。


『この子…… いつも返り血まみれで笑ってるな……』



 エンはシュウとシャチに指示を出し、部屋の左右を見張れる物陰のそれぞれに二人を忍ばせた。

 もしも部屋の中の人数が思いのほか多かった場合は、エンは早々に室外へと敵を引きつけて逃げ出すので、その上で機会があればこの二人で領主を仕留める。また、エンが室内で領主を暗殺できず、室外へ逃げられた場合も、この二人のどちらかが仕留めるという役割となる。


 もう、あまり時間はかけられない。

 二人はついに、領主の部屋の前へと立った。

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