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忍のお仕事  作者: やまもと蜜香
第四章 【暗殺】
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其の拾三 求む。優秀な暗殺者

 どうでもいい話だが、案件の暗号名は、『風のいたずら』に決まった。いたずら感覚で暗殺されたのでは標的もたまったものではないが、見つかることなく事を成すという願いが込められているのかもしれない。

 どうでもいい話だが。


 広間には、そんな暗号名を受付で告げて入ってきた九名の忍たちが座っている。オノはそんな忍たちを制すように言う。


「あと一人来るはずなんだ、もう少し待ってくれ」


 すると間もなく、スーっと障子が開くと、一人の女子が姿を現した。待っていた皆の視線がその女の子の方を向く。


「えっ、あれ!?」


 入ろうとした部屋に、すでに大勢の人が並んで座っているのを見て、女の子は激しく動揺している。それはエンもよく知る、くノ一のユナであった。

 キョロキョロと首をふり、部屋の中と外を何度も交互に見るユナ。首をふるたびに、彼女のうしろで一つに括られた髪が踊っている。


「この部屋で合ってるよ! さぁ、適当な場所に座って」


 見かねたオノが助け船を出した。恥ずかしそうに俯いて入ってきたユナが、ちょこんと空いている場所に座った。


「では、この面子で暗殺に向かう。もうあの強い上忍はいない。今度こそ成功させよう!」


 オノが忍たちを鼓舞した。

 男たちの士気が高まる中、ユナだけがキョトンとしていた。


「事前にエンに意見を聞いて分析を行った。 ここのところ、外出しては立て続けに刺客に狙われて、頼りの上忍まで失ったのだから、領主が隙のある状態でノコノコと館を出てくるとは思えない。よって今回は、多少なりとも領主の気が緩むであろう、彼の館へと乗り込んで暗殺を行う」


 敵の本拠地に潜入して大将を暗殺する。これは忍の暗殺劇の中でも最も本格的なもの、潜入・潜伏・殺害・脱出を秘密裏に行う困難なお仕事といわれている。

 ここで忍の一人が手を上げた。


「先日、タカノさんとモメてるところを見るまでは、私はエンの名前も聞いたことがなかったんですが、エンがそんなに本格的な暗殺技術に精通しているのなら、なんで前回はエンではなくシンゴを総長にしたんですか?」


 そんなもっともな質問に、オノは明るく答える。


「簡単な話さ。エンは暗殺なんてやったことがなかったからさ。そして今回の抜擢は、この中の誰よりも標的とその周辺への研究や分析ができているのがエンだと思ったからだ。 だから今回はエンの方から要望があって、『領主の住む西城の間取図』と、『館への侵入を助ける内通者』の準備を東城のお客さんにお願いしているところだ」


「そういうのって、お客様に用意していただけるものなんですね……」


 暗殺素人な総長への不安を込めて、皆がエンの方を見る。

 そんな視線に対し、自分は自ら立候補したわけではなく、出来ないのにやってくれと頼まれたんだよ、とでも言いたげな表情でエンは言った。


「だって、領主もお客さんである弟殿も同じ家中でしょ。さらに執拗に領主の座を狙う弟殿のことだから、とうぜん領主の下に内通者の一人や二人はすでに持っているでしょう。その内通者に聞けば、間取図なんて容易く手に入るよ、きっと」


 だから、それぐらいのお膳立てはしてくれないと、自分に全ては抱えきれないと言っているのだ。


「おまえは楽をするのが上手いな。まぁ、エンが自力で侵入するよりは、内通者を探して入れてもらう方が確実だろう」


 トキが半分馬鹿にしたように言ったが、エンの真意は伝わっているようだ。内通者に侵入と、あわよくば脱出まで面倒を見てもらえれば、暗殺者は暗殺に集中できるというものである。


「明日の夕暮れに、葉栗領の西城裏手の森に集結する。全員、暗い装束着用のこと。それでは解散!」


 オノの号令を受けて、皆ぞろぞろと広間を出ていく。


 エンはユナに声をかけた。ユナにとっては周囲との妙な温度差の中で、何だか流されるように終わっていった会だった。だが、そこにエンの姿を見ると、ユナは嬉しそうに微笑んだ。


「とつぜん里の係の人が来てね、説明会もなしに暗殺のお仕事に加わってくれー なんて言いながら頭下げるもので驚いちゃったけど、エンくんのお仕事だったんだね」


「うん、俺が直接ユナを呼んでくることもできたんだけど、ここの人たちに個人的な仲好しを勝手に連れてきたと思われるのは困るんでね。この案件を受ける条件として、俺が労務局に頼んだんだよ、ユナを入れてくれってさ」


「ふーん、じゃあここの人たちは……」


「俺も含めて全員、例の暗殺失敗の生き残りだよ」


「あーそれでか…… でも、どうしてそこに、わたしを入れたの?」


「俺の知り合いの中で、お前が一番強いからさ。暗殺をやろうってんだから、強い人が要るだろ?」


「えーー? もう何言ってんのよぉ。 だって、エンくんは虎級を倒しちゃったんだよ。エンくんの方が、わたしより強いよぉ」


 ユナは分かり易いくらい嬉しそうな表情で、心にもない謙遜をした。強さを褒められるのが彼女のツボなのだ。


「でもユナは道場での俺を知っているだろ?

 お前と勝負すれば、俺は秒殺される自信がある」


「何その自信…… じゃあ虎級を倒したエンくんを秒殺するってことは、それって、わたしって、虎級より強いってこと?」


「いや、お前ではまだ虎級には勝てない」


「何でよー、あたしはエンくんより強いんでしょ?」


「あれにはコツがいるんだ。強いだけでは虎級には勝てない」


「むー、強いって言われたのに、何だか悔しい……

 また虎級が出てこないかな」


「おい…勘弁してくれ……」


 良からぬ欲望を言霊に乗せようとする武闘派のお嬢様を、エンは慌てて制止した。

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