其の拾二 暗殺への誘い、再び
『勝ち負けは兵家の常』というのは武家の格言だが、そんな侍でも戦に負けた後というのは、このような雰囲気なのだろうか。忍ばかりの部屋で重い空気に堪えながら、エンはそんなことを考えていた。
皆の表情は暗い。多数の死傷者を出して失敗したお仕事について、これから報告会が開かれるというのだ。
すでに里へ帰還して二日が経っていたが、今回のお仕事で死なないまでも斬られた人たちは、この場には出席していなかった。おそらく深傷なのだろう。
台に置かれたままの地図、そこに墨で X と描かれた場所、それは作戦の決行場所として描かれた印だったが、今となっては仲間が殺された場所となってしまった。
労務局のタカノが入ってきた。どんな話し合いになるのだろうかと思っていたが、意外にも形式的な報告連絡で終わった。
タカノは時折、チラリ…チラリとエンの方を気にしているような素振りもあったが、とくに個別に会話をすることはなく解散となった。
労務局側の裏の苦労というものは知らないが、大失敗で散々だった案件なのにサバサバとしたものだ。たしかにみんな報告書は提出しているし、あえて聞く話もないのかもしれない。とくにタカノはエンとの会話を避けたいようで、そそくさと退出していった。
ただし、濃武の暗殺部隊の前に立ち塞がり、里の忍を斬りまくって計画を破綻させたあの敵の猛者をトキ組が倒し、死傷者を里まで連れ帰った功績は、すでにここに居る全員が認識していた。その成果もあって、エンが敵に疑われて失禁したと言う者は、もういなくなった。
エンは、トキ、シュウ、シャチの三人と共に、経理課で今回のお仕事の報酬を受け取った
「今回は我らトキ組にとっては、勝負に勝って試合に負けたようなもの。さぁ早く自分を褒めに行こうぜ」
「あれだけ負傷者の出たお仕事で、無傷で半額貰えたのなら儲けものさ」
「まったくだ。無傷で済んだから酒が飲める」
「無傷で済んだから居酒屋へと歩ける」
いつの間にか妙な仲間意識が生まれていたトキ組の四人は、何だか無駄に息が合っていた。ただし、このあと解散式という名目で四人は暴飲し、トキ組は解散するのだが。
── 数日後 ──
エンの部屋に珍しい人が訪ねてきた。
「ちょっと外に出て、昼飯でも食わんか? おごるからさ」
そう言ったのは、労務局のオノという職員だった。このオノは以前、エンがむしろ田での従軍支援のお仕事をした時の担当で、エンとは面識があった。
二人はそば屋で蕎麦をすすっていたが、やがてオノが切り出した。
「すまなかったな、エン」
「ん? 何がですか」
オノは箸を置いて、向かいに座るエンを真顔で見据えて言った。
「先の案件で無事帰還した者たちの報告書を見たんだよ。すると、ウチの作戦はもう最初の導入の時点で失敗していたことが分かった。そして多数の者の報告にあったのだが、お前だけが事前に作戦の問題を指摘していて、正確に敵を分析していたと書いてあったんだよ」
「あぁ、そうでしたか」
名誉を回復するために命を張ったのだ。理解してくれる人が多くいたのは喜ばしいことだった。
「それで、何名かには聴き取りも行った。すると、ウチのタカノや一部の忍が、ずいぶんとお前を邪険に扱ったそうじゃないか」
「はは…… そんな事もありましたねぇ」
するとオノは、その場に手をついて頭を下げた。
「労務局として謝る。すまなかった」
「ちょ、いや、あの、いいですから、やめてください……」
タカノやシンゴに疑われて嫌みを言われたときには腹も立ったが、その後に自分の正しさを証明するとこに成功し、疑った者の鼻も明かせたことで、今ではもうエンの中に怒りやわだかまりは無い。まして当事者ですらないオノに頭を下げられると、逆に恐縮してしまうエンがいた。
オノは頭を上げると、さらに話を続けた。
「詫びると共に相談がある。先の失敗を挽回すべく、再度受注する葉栗の暗殺案件の中心になってもらえないか?」
「へ? 俺が? ……ってか、暗殺やり直しの案件が取れたんですか?」
「ああ、それだがな、元々あのキョウという忍が領主の傍で目を光らせていたため、これまで弟殿は領主に手を出せずにいたようだ。だが、そのキョウをお前が倒したことで、弟殿はその気になれば武力で領主を追い落とすこともできるようになった」
「じゃあ、俺たちがやる必要はないじゃないですか」
「それがそうもいかないんだよ。その後の統治を考えると、大義が立たないってやつでな。不当に身内から地位を奪い取ったのでは、領民がついてこないのさ」
「はぁ、なるほど。だから何者かに領主が暗殺され、空いた席を弟殿が助ける形で譲り受けるのが、都合が良いってことですか」
「そういうことだ。だから我々が再度の暗殺を提案すれば、きっと案件になる」
悩ましい相談だった。
失敗だったとはいえ前回の暗殺計画の参加者としては、再挑戦の一員として加わりたい気持ちはある。しかし、自分が中心となって暗殺を成功させろと言われると、やりきれる自信など湧かない。
黙って考えるエンに、オノが後押しをした。
「タカノはこの提案から外した。私が担当となる。今回の件では相手を最もよく知るお前の知恵を貸してくれんか」
労務局からここまで頼りにされることなど、この先もう無いかもしれない。頑なに断ったせいで労務局から嫌われて、今後のお仕事の斡旋が減るのも困る。
「分かりました。分かりましたから、次からはもう少し危なくないお仕事を回してくださいね!」
「おおっ やってくれるか」
「ただし、いくつか条件というか、お願いを聞いてください」
蕎麦をすするオノに、エンはいくつかの要望を出した。
それから数時間、エンとオノは語り合った。
無関心なそば屋の親父は、長居するこの客を追い出すこともなく、店の入口近くのテーブルに片肘をついて、退屈そうに店番を勤めていた。




