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忍のお仕事  作者: やまもと蜜香
第四章 【暗殺】
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其の拾 敗北から始まるお仕事

 一方、シンゴをはじめとする濃武の里の暗殺実行組は、早くも計画が崩れてしまっていた。 林道にて鉢合わせするはずの領主がシンゴたち一行の姿を視認するや、はるか前方で馬の足を止めてしまったのだ。


『なぜだ…… こちらの動きに違和感があったのか? しかしまだ近づいてもいないのだぞ、奴らに何が分かるっていうんだ』


 この領主の動きはシンゴにとって想定外の事象だったが、それでも今さら立ち止まるわけにはいかない。旅芸人としてこのまま自然に歩き続けなければならない。さらには止まった領主の元から従者と思われる男二人が、こちらへ向かって歩いてきている。シンゴには相手の意図は分からない。


『我らに詰問するつもりか? それとも我らに用は無く、すれ違うだけか?』


 後者であれば、むしろシンゴには都合が良い。すれ違ったあと、手薄となった領主と接触することができるのだから。

 しかし、そんなシンゴの期待も、あっさりと破れ去った。 領主の二人の従者は、シンゴたちの前に立ち塞がるように足を止めたのだ。

 シンゴの額に汗が滲む。だが、この良くない状況を変えるためにも、シンゴは前方でにらみをきかせるその男に話しかけるしかなかった。もちろん旅芸人として。


「もしや、あそこに居られるのは、この地のお偉い様ですかな。いやぁ我々は、諸国をたび・・・」


 陽気に語りかけようとするシンゴだったが、その台詞を最後まで話し終えることもなく、キョウによって斬り捨てられた。虚空を掴むように両手を少し上げながら、胸元を赤く染めたシンゴは仰向けに倒れた。同時にシンゴの直後にいたマサも、ヤスケによって斬られていた。


「ひっ…… な… 何をなさるんです!」


 気が動転しながらも、まだ旅芸人として話せたあたりは立派であったが、それを最期の言葉として、三人、四人と斬られた。

 いくら何でも問答無用で斬ってくるとは思ってもみなかった実行組はまともに応戦することもできず、あっさりと殲滅の淵に立たされた。

 この時点で数の優勢すら失い、最後尾に居たというだけの理由で一人生き残っている男の名はタクといった。タクにはもはや戦意は無く、その場に腰を抜かして座りこんでしまった。恐怖で顔を引きつらせ、衣服は股間のあたりが温かく濡れていた。

 もはやタク自身の力で彼の運命を変えることはできそうにもなかったが、ここで動いた者たちがいた。援護組として傍にひかえていた五人が、周囲の木から飛びかかるように、キョウとヤスケを襲ったのだ。

 濃武の里側としては、ここでやっと攻撃に転じたことになる。


 キョウはシンゴを斬ったあとも周囲を警戒し、すでに木の枝に一人の人影を補足していた。キョウの視界の中で人として認識されてしまうと、その人から湧き出す気煙も見えるようになる。

 キョウは自身に向けられる気煙を読み、攻撃を全て後ろ腰から抜いた刀で受け流した。そして、受けるだけではなく数撃を受け流しては一撃づつ確実に、相手に重傷を負わせていった。


 しかしここで、キョウにとっても予想外なことが起こった。弟子のヤスケが傷を負ったのだ。

 先ほど周囲の樹木から飛び出した援護組の忍は六人いた。そのうち半数以上の四人が、キョウではなくヤスケに飛びかかったのだ。

 援護組の面々は、木の葉や枝の隙間から様子を覗っていたため視界が狭く、キョウとヤスケの容姿をはっきりと認識できていた者は少なかった。また弟子とはいえ、殿の付き添いということもあり、今日のヤスケはみすぼらしい格好ではなかった。さらには実行組を斬った動きが、キョウの無駄のない身のこなしに対して、ヤスケは立ち回りが大きかったために目立ってしまった。

 これらの事が重なって、咄嗟の判断を求められた援護組は、多くがヤスケに向かったのだ。


 ヤスケは襲いくる四人の刺客の一人は斬り伏せたものの一斉の攻撃をかわしきれず、腕に傷を受けてしまった。血を流しながらも片手で刀を構えるヤスケを囲むように距離を詰めていく援護組。

 木を背にしたヤスケに三方から攻撃しようとしたその時───


 ビュッ


 援護組の一人が背中を斬られた。

 自分に向かってきた二人をすでに斬り捨てたキョウが、ヤスケの加勢に入ったのだ。すかさずヤスケと刺客の間に割って入るキョウに、二人の援護組が斬りかかる。しかし、刺客の繰り出す攻撃は、そのことごとくが鉄のぶつかる音へと替わるだけだった。全てをキョウは受けきった。そして疲れや動揺から隙を見せた順に、刺客はキョウによって斬り伏せられていった。



 領主、葉栗長倉の元まで刺客が達することはなかった。遠目にもキョウの活躍を目の当たりにしていた長倉の表情は、感動と誇らしさが入り混じったものになっていた。向かってくる刺客の驚異は、全てキョウ師弟によって完全に防ぎきることができたのだ。

 この戦闘で唯一傷を受けていなかった実行組のタクは、いつの間にか逃走し、姿を消していた。


 敵を一掃したキョウは、負傷したヤスケに言った。


「刺客の出所とこの先の様子が判らぬ以上、御館様には一旦、館へ引き返していただく。 ヤスケよ、お前はそれを御館様に話し、皆で館に戻れ! 私は残敵の掃討と、こやつらの調査をして戻る」


「分かりました…」


 傷を負ったため、かえって足手まといになることが判るヤスケは、淋しそうな顔で何度かキョウの方を振り返りながらも、素直に領主たちの方へ歩いていった。ヤスケの歩いた跡には彼の名残惜しさを示すかのように、滴り落ちた血が点々としていた。


 ヤスケが十分に離れたことを見届けたキョウは、周囲に向けて大声を放った。


「すぐに手当をすれば命だけは助かる者もいるだろう! 我を撃ち倒すことができたならば、ここに転がっている連中の身柄は引き渡して見逃してやろう! それとも隠れている者は、仲間を見捨てて逃げ出すクズばかりかー!」


 これが、エンが動き出す合図だった。

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