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忍のお仕事  作者: やまもと蜜香
第四章 【暗殺】
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其の八 重い出撃

 労務局作戦会議室。

 板床の部屋になっており、中央には地図などを広げるための腰の高さほどの台が置かれている。畳の間とは違い、この部屋では基本的に立って話をする。そして今、ここに三十人の忍と三人の労務局員が集合していた。

 労務局の案件担当のタカノが説明を始めた。


「本日は、依頼主より準備完了の連絡が届いたので、皆を召集しました。まずは作戦の前提となる、当案件の要件を改めて確認をしておきます。

 依頼主は葉栗郡領主の弟である葉栗倉次が家臣の笠松氏。

 依頼内容は領主葉栗長倉の暗殺。

 案件の完了条件も領主の暗殺です。

 領主長倉と弟倉次殿は同じ葉栗領内に館を構えており、その位置関係から長倉の館が西城、倉次の館が東城と呼ばれています」


 城とは呼ばれているが、西も東も館である。


「今回のお膳立てとして、弟の倉次殿は、領主の長倉を会食との口実で自身の館である東城へと招きました。その日が明日です。 我々は東城へと向かう領主が必ず通るであろう林道で待ち伏せる。林道の脇には資材小屋が点在しているので、皆は今夜中にそこへ集合すること」


 日の出ている内に領内をぞろぞろと歩くと目立ち過ぎるので、夜の内に闇に紛れて目的地へ入ってしまおうということだ。


「では次に、暗殺の計画を決める。今回の暗殺計画の総長は、シンゴに任せます。すでに彼の方で段取りは考えてきてもらっているので、説明をお願いします」


 シンゴはこのメンバーの中では高い戦闘力を持つ男で、少なくとも彼が暗殺の実行組に入ることに異論を挟む者はいなかった。

 エンはシンゴのことをよく知らないが、作戦の総長にいきなり指名されたり、すでに労務局の承認を得て作戦を用意しているのを見ると、事前に志願でもしていたのだろう。

 シンゴは自身が立案した作戦を語り出した。


「この中からオレを含めて五人を選抜して実行組とする。まず、実行組は旅芸人の一団に変装する。旅芸人集団が偶然、林道で領主の一行とすれ違うという場面を演出するわけだ。領主はおそらく馬上だと思うが、我々とすれ違う時に一斉にかかり、仕留めたあとすぐに林の四方に散る。 実行組以外は四つの組を予め展開しておき、四方に散った実行組の離脱を助けるものとする」


「いや、変装で近づくのは駄目だ。隠れておいてからの奇襲にすべきだ。向こうには……」


 エンが反対を唱えようとしたが、シンゴは鬱陶しそうにエンに言う。


「エンさん、あんたの失態を誤魔化すのはもういいよ。あんたはまた、領主が虎級を飼ってるなんて言うんだろ? 誰がそんなもの信じるかよ。白昼の暗殺には、変装して間合いを詰めるのが一番なんだよ。おれ達は旅芸人の一団として敵に近づく。標的の懐に入るには、これがもっとも確実だ!」


 ── こいつも、嫌な奴だ。

 タカノと同様、このシンゴもエンの報告には聞く耳を持っていないらしい。


「とはいえ、そこのエンさんが言うように、領主の護衛に手練れがいることも考えられる。その場合は、領主を殺った後の離脱が困難なものとなるかもしれない。そこで、実行組の影となって行動する護衛組を組織しておき、実行組のそばに伏せておく。護衛組は、実行組が領主を襲ったのをきっかけに一斉に敵に飛びかかって敵を混乱させ、その期に皆で四方に散る。四方に配置する逃走支援組は、敵の追っ手を牽制しつつ、味方と共に離脱する」


 満足そうに語ったシンゴは、皆に意見も求めない。自らの作戦に自信があるようだ。


 ── この作戦は失敗する。


 またしても命に関わる割の合わないお仕事になりそうだ。

 エンとしては嫌みの一つも吐いて降りてやりたいところだが、残念ながらそうもいかない。ただでさえ今回は、エンには虚偽報告の疑いがかけられているのだ。労務局の意向で案件から外されるのならまだしも、エン自ら降りてしまうと、大きく信用を失って今後のお仕事の紹介にも関わってくる。

  エンが名誉を回復するには、逃げたと思われないようにこの案件への参加を続けつつ、敵方の上忍の存在を明らかにするしかない。できれば死なないように。

 幸いにもシンゴの態度を見ていると、紺の男に狙い撃ちされるはずの実行組に、エンが選ばれることはないだろう。


 ただし、作戦は失敗したとしても、あの紺の男だけは何とかしておかねばならない。仮に再び暗殺の依頼があったとしても、あの男がいる限り、こちらの犠牲者が増えるばかりなのだから。


 そうして六つの組が編成され、人が割り振られた。エンはトキと共に逃走支援組の一つに充てられた。他にシュウとシャチという二人の猿級と合わせて四人組だった。

 エンが明日、紺の男を相手に思い通りに動くためには、この三人の組員の協力が必要となる。組の動きとしては少々勝手な行動をとることになるので、まずは作戦までの間に彼らを説得しなければならない。



 やがて陽が落ちて、西の空だけがまだ薄ぼんやりと白んでいる頃、忍たちが動き出した。街道ではなく山林を抜けて、目的の地へと向かう。

 間もなく完全な夜空となったが、今夜は満月に近い月明かりが木々の葉のすき間から淡い光を照らし込んでくる。晩秋の木々はいまだ紅葉を続けていたが、月明かりの下ではその鮮やかさも暗く沈んでいた。

 冷たい秋風が肌にしみた。

 忍装束に身を包んだ刺客たちが、そんな夜の闇へと溶けていった。

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