其の六 悪評
葉栗での潜入調査を終えて濃武の里へと帰還したエンたち忍は、簡易に報告書を書き上げて労務局への提出を済ませると、会議室へと集まっていた。板床板壁の会議室に窓は無かった。重要事項を扱うため、機密性の高い部屋が選ばれたのであろう。
ここでは労務局員のタカノが中心となり、忍たちが持ち寄った領内の情報を集めて、葉栗領内の地図を作成した。
現時点で判明している限りの情報を詰め込んだ地図を完成させたタカノは、この場に参集している忍全員に向けて言った。
「これが葉栗領の最新の地図だ。みんな頭に入れておいてくれ。現状、依頼主様の方で、我々の暗殺がやりやすくなるようにと動いてくれている。おそらく数日のうちには、ここにいる皆へ緊急招集をかけると思うので、その時はすぐ旅立てるように準備だけはしておいてくれ」
ここでエンが意見を述べた。
「たったこれだけの人数で、今回の暗殺に当たるのは危険です」
タカノは怪訝そうにエンを見て言った。
「ハァ? 何を言ってんだ。 暗殺をしようってのに、大勢でぞろぞろとつめかける奴がどこにいるんだよ」
自分の進めている計画に水を差されたと感じたのか、タカノはキツい口調で、エンに反応した。
「でも、あの領主の傍には虎級がいますよ」
これが、エンが潜入調査にて命がけで取ってきた、最重要事項ともいえる情報である。
「ああ、君は報告書にもそんなことを書いていたな。 ……しかし、別の者の報告書には、君が小便をちびりながら、侍に許しを請うていたとも書かれていた」
あの場にいた者が、エンの他にもいたのだ。
「違う、あれは水袋の水だ! あの場は失禁したふりでもしないと、虎級に疑われて助かることはできなかったんだよ」
水袋を踏んだのは偶然だったが、それで助かったのは本当のことだ。
「狼藉者が警護の侍に斬られた事件は聞いている。エンさんはその場に居合わせたんだな。そしてキミも狼藉者の仲間ではないかと疑われた。気の立っている侍に刀でも突きつけられたか? そしてキミは、失禁しながら許しを請うて見逃された。 そんな恥ずかしい話、キミとしては、相手が虎級だったくらいじゃないと格好がつかないものな」
「いや、何言ってんだよ! 見てた奴がいるんなら、その虎級が狼藉者を斬ったことも知っているんだよな? あれを見て、なんでそんな評価になるんだよ」
「報告者は領主を見送る列からは外れていた。悲鳴を聞いて駆け寄ると、エン君と侍が問答していたとのことだ」
── こいつ、腹立つ奴だなぁ
このタカノという男は、聞く耳を持っていない。
エンが自分の失態を誤魔化すために、虎級の存在をでっち上げていると決めつけているようだ。エンの意見も虚しく、とくに計画は見直されることもないまま、会議は解散となった。
エンはその足で、労務局の受付に立ち寄った。
受付には今日も小太りの係員が座っていた。
「あの…… タチバナさんに取り次いで欲しいんですが」
係員は観察するように、エンの顔をしばらく黙って見据えてから口をひらいた。
「タチバナさんはいないよ。 視察のために長期出張に出ているからね、今月は帰んだろう」
こんなときに限って…… 使えない人だな……




