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忍のお仕事  作者: やまもと蜜香
第三章 【道場】
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其の六 武の道は内職から始まる

 その日、エンは初めて遊好館の倉庫に入った。

 槍や薙刀のような長いものは壁に飾られており、それ以外のものは、棚に並べて置かれていた。


 ── よくもまぁ、これだけの数を集めたものだ


 未知の武具たちに囲まれて、好きな物を使ってよいなどと言われると、それらを物色しているだけでも何だか楽しくなって時間を忘れてしまう。

 ただ、好きに使おうにも、見た目の形からだけではどのようにして使うのかが分からない武器が少なくない。


 ── これなんて、どうやって闘うんだ?


 エンが取り上げた武器は、手持ち用の提灯のような形状をしているが、提灯の部分が、イガイガ付きの鉄球になっている。棚に貼られたメモには【朝星】と書かれている。これがこの武器の名前なのだろうか。

 また、こちらの【孔明】と書かれた物にいたっては、鳥の羽を束ねた『うちわ』にしか見えない。こんなものは絶対に武器にはならないと思うのだが。


 こうして多種多様な武具たちの見物を堪能しながら進んでゆく。そして、とある棚の前まで来たところで、エンは馴染みの深い武器を見つけた。


「クナイだ」


 クナイは短刀のように武器として使えるし、投げれば飛び道具になる。裂け目に差し込めば、石垣や壁を登るための足場にもできるし、作戦移動中にクナイで木の幹を削れば、仲間への目印を残すこともできる。

 忍にとってのクナイとは、そのように使い勝手の良い武器なのだが、戦闘の面だけで評価すると、短刀ほど斬れることもなく、刀のような長さもない。飛び道具になるのは便利だが、投げてしまえば武器を失うことになる。このあたりの武器としての弱さに、エンの悩みはある。


 ── クナイにも色んな形があるんだな。


 少し平たくして側面を研いで両刃の短刀のように斬れるようにしたもの、柄以外を三方に尖らせて手裏剣と融合したような形状のもの、串に近い細長さのものなど、どうにも使い勝手の悪そうなものも多いが、たくさんのクナイが置かれている。

 エンにとってクナイといえば、濃武の里で出回っているクナイしか知らなかったが、地域や人または時代によってクナイの形も試行錯誤されてきたらしい。

 そんな中で、エンの目をひいたクナイがあった。それはエンの使っているクナイとほぼ同じような形状なのだが、柄の先に輪っかが付いている部分が違った。


 ── これは


 エンはその輪クナイを手に取ると道場へと駆け出し、奥に座る師のユデに質問をぶつけた。。


「先生、このクナイ、輪が付いてますけど、何のためのものですか?」


 いかにも使い勝手の向上しそうな輪に期待して、専門家であるユデに尋ねたのだ。


「ああ… これは腰ひもに通せば腰に下げて運べるし、普段は壁に掛けておける。大きめの輪に通しておけば、束ねて保管もできる。そんなところかな」


 専門家の見解は、主に保管のためという、つまらない答えだった。それは、エンの脳裏に浮かんだ使い方とはまったく違う用途だったのだ。

 それならば、加工の得意そうなあの人に意見を聞いてみようと道場の隅を覗うと、まるで自分の部屋のように居座っている人が今日もいた。


「ねぇマチコさん、このクナイに紐を付けておけば、投げても引き戻せると思うんだけど、どう思う?」


「へぇ。思い通りに引き戻せるものなのかは、やってみないと分かんないけど、面白いんじゃないの」


 そんな言葉に背中を押され、エンの道場修業は工作から始まった。こうしてこの日から、道場の隅に居座る影は二つに増えたのだった。


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