其の七 防衛戦
「築陣にくわしいのは誰だ?」
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「じゃあ、野戦の経験者は?」
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誰も口を開かない。むしろ、きょとんとした目でエンの方を見ている。
「あれ? 組ってこう…偵察とか防衛とかさ、基本的に異なる技能を持ってる人たちで組まれてて、ある程度何でも出来るように編成されてるんじゃないの?」
そんなエンの疑問にカイムが答えた。
「いや、タチバナさんからは、スイコさんとエンがいるから大丈夫って言われたんだけど……」
『何が大丈夫なんだ。タチバナさんめ、俺は潜入調査しかできないって言ったのに……』
そんなタチバナの悪意を感じたエンだったが、それはすぐに、目の前でボーっと話を聞いている見た目の派手な男への疑いへと替わった。
「おいスイコ、お前、里に築陣が出来るとか言わなかったか?」
「そんな具体的なことは何も言っておらん。私は何でも出来ると言っただけだ」
「くそっ、やっぱりお前か」
何でも出来る技量の高い組長の下に付けておけば、未熟者も安全に経験を積めるという発想からの、この編成なのだろう。
「面接というものは話を盛るものではないのか? 採用されればこっちのものであると、我が師は言っておったぞ」
馬鹿が話を盛るほど、周りの人間への危険も盛られていっていることに気が付けるほど、緻密な思考を持ち合わせていないのが吾平である。
「仕方ない…… ここまでハッタリだけでやってきたんだ。いけるところまでハッタリでいこう」
即席で陣を敷いたり、簡易な罠を張ったりできないのなら仕方がない。軍勢の足止めは諦めて、それ以外の撃退に努めようと決めた。
エンは、組で一番声の通るトウだけは、馬と一緒に横手の林に潜ませた。そして残る四人は堂々と立って待ち構えることにした。先ほど自分たちが追い払った連中と同じような、備えのない待ち方になるのが残念あり、少し恥ずかしくもあった。
丘に吹く涼やかな風にさらされて皆の汗が引いた頃、丘の下に三つの人影が現れた。スイコ組はすぐにその人影に向かって横並びで待ち構えた。
「ユナは周囲に奴ら以外の気配がないか警戒してくれ」
「うん」
「スイコは俺たちの真ん中で堂々と仁王立ちしてろ」
「うむ」
「カイム、奴らをよく観察しろよ。ヤバかったら逃げる選択肢もある」
「おう」
近づいてくる三人は前に二人が並び、後ろに一人という立ち位置で、ゆっくりこちらに歩いてくる。
前の二人は腰に剣を帯びている。向かって右の男は、がっしりとした体型をしている。左の男は、右の男よりは細身で目つきが鋭い。そして後ろの男は何やら包みを背負っている。肌は白く顔立ちの整った美男子である。これら三人の姿は、みな黒の衣服に灰色の帯、茶色の手甲で統一されている。
十歩ほどの間をあけて、敵は止まった。
エンは読唇術で会話を読もうとしていたが、彼らはここまで一言も話さなかった。
「壕も掘らず、柵も立てず、なぜ我々が無防備で待っておったのかも分からぬのか」
「あぁ?」
「暴れにくいからだよ」
吾平が悪そうな表情で相手を牽制した。味方が来るまでの時間稼ぎが必須なのに、守らずに暴れたいという長期戦を否定する発言なのが少々ひっかかるが。
その裏で、カイムがエンに囁いた。
「エン」
「何だ?」
「敵の中に鉄砲を持ってる奴がいる」
「えぇ!? そんな高価な武器を何で持ってるんだよ」
「知るかよ、だけど俺には臭いで分かる。たぶんあの長い包みを背負ってるやつだ」
たしかに前の二人を盾にするように立っている後ろの男は茶色く細長い包みを背負い、腰に袋を下げている。それらが鉄砲一式であっても不思議ではない。
「だとしたら何故だ?」
いきなりエンに何故だと聞き返されたカイムは、「は?」としか言葉を返せない。だが、目の前の男が本当に鉄砲を持っているのだとすると、エンにはどうしても一つの疑問が湧くのだ。
『何故、狙撃しない?』
鉄砲は遠距離武器だ。ゆえに離れた物陰から狙撃すればエンたちを倒せるにもかかわらず、わざわざ鉄砲持ちが敵の前に出てくるのは何故だ? 脳裏に浮かんでくるそんな疑問への答えは、エンにとって残念なものだった。
── 強いのか?
鉄砲で狙撃させる必要もないほど、前の二人が強いというのか?
そんなエンの疑問に答えるように、敵の前衛の二人は静かに剣を抜いた。そして、ここまで不気味なくらいに無言であったその口をついに開く。
「今までの奴も皆同じだった。最初だけは威勢がいいが、これを見た途端に静かになったよ」
一人がそう言うと、後ろの男は背負っていた包みのヒモを解いた。すると中からは、エンも本物は初めて見る鉄砲がその姿を現す。
「鉄砲だ!?」
ユナが明らかに動揺を見せてしまった。鉄砲で撃たれれば一瞬で身体に穴が開くという話は聞いていたから、エンだって怖い。ユナがびびるのも仕方がない。
『ここは放棄して逃げた方がいいかな』
エンがそう考えた時、吾平が味方を諭すように言った。
「あれはハッタリだ」
「えっ?」
吾平は一歩前へ踏み出し、三人の敵を睨みつけるようにして怒鳴った。
「貴様ら、生きて帰れると思うなよ!」
敵は表情こそ変えないが、はじめて空気が変わったように感じられた。吾平のこの自信の根拠は謎だが、詐欺師には詐欺師の意図が分かるのだろうか。
「エン、あの鉄砲を奪えないかな」
カイムが言った。意外とコイツも肝が据わっている。いや、鉄砲を持っていない鉄砲使いのカイムだけは「鉄砲が怖い」よりも「鉄砲が欲しい」という欲望の方が先立つのだろう。びびっていたのはエンとユナだけだったようだが、冷静な吾平とカイムを見ていると、エンもここは吾平に賭けようと腹を決めた。
たしかに相手の言動がハッタリだという前提で考えれば、見え方も変わってくる。後ろの鉄砲男は相手の目の前で鉄砲を見せることで、相手の戦意を削ぐ役割を担っていると考えられる。それにカイムはたしか、顔の火傷が鉄砲打ちの誇りだと言っていた。ならばあの鉄砲男の白い肌も怪しくなってくる。
奴は鉄砲を撃てない、だから狙撃もしないのではなく、出来ないのではないか。
「カイム、後ろの奴を挟み撃つ。次にスイコが奴をひるませたら左から出て、投げれるものをぶつけろ」
「分かった」
にらみ合いで膠着した。どちらの組もハッタリでここまで来たのだ。どうしても相手の反応を待つ格好になる。しかも敵は、すでに鉄砲を見せるというカードを使ったのだ。さらにたたみかける手が無いのだとすれば、今の心中は穏やかではないだろう。それに対してエンたちにはまだ、奥の手が残っている。
吾平が静かに呼吸を整え、刀を抜いた。
「やむを得ん、滅気斬を出すか」
「!?」
そう、これを初めて聞いて、何も思わない者などいない。
敵が一瞬ひるんだのを見て、カイムとエンは左右に分かれて飛び出した。敵の前衛を回り込むように外側から交わし、後衛の鉄砲男を挟む位置をとると、なるべく鉄砲を持つ手を狙って、クナイを投げた。
シュッという音と共に鉄砲男の衣服の肩口が破れた。
鉄砲男はほとんど動くことはなかったのに、こちらの命中精度が悪い。あれではたいした手傷にはならない。カイムが投げたクナイも何かに刺さることはなく、地面に転がった。戦術的に悪くない動きであるはずなのに、いかんせん戦闘技術がついてこないのが焦れったい。
エンは仕方がないと、もう一本のクナイを握ろうとしたその時、鉄砲男の手の甲にクナイが刺さった。
── カイムか!
カイムは自身が丸腰になることをためらわず、連続でクナイを投げたらしい。
男が鉄砲を落とした。それを見た前衛の細身男が「逃げるぞ!」と叫んだのと、エンが「逃がすな!」と叫んだのはほぼ同時だった。
おそらくあの鉄砲は、あれだけだと使えない。鉄砲男が腰に付けている袋の中身も必要なのだ。
「分かってる!」
敵の前衛二人の隙間をユナが一足跳びで駆け抜けていた。
── 速い!?
ユナは振り向いて逃げようとしている鉄砲男の懐に低い姿勢で跳び込むと、腰の袋も帯もまとめて男の脇腹を斬り上げた。
「がぐんが・・」
血を吹き出しながら、男は声にならない叫び声を発して倒れた。敵の前衛だった二人は、斬り倒された鉄砲男を取り戻そうとすることはなく、それぞれ別の方向へ逃げ去った。
『こいつ…… 強い』
鮮血に赤く染まったユナが、すました顔で立っている。スイコ組の男三人は、そんな彼女を茫然と見ているだけだった。
「お前、めちゃくちゃ強いじゃないか」
カイムが思わず口にした。
「え~? わたしそんなに強くないよぉ~」
ユナは謙遜しながらも、強いと言われたことが明らかに嬉しそうだ。しかも、人を殺めることに躊躇がなかった。あれは絶対に初めてではない。
鉄砲男の遺体から袋を拝借した四人は、さっそく袋の中身を確かめてみた。
「どうだカイム、使えそうか?」
「材料はそろってるんだけど…… これじゃあ一発しか撃てないな」
カイムは少し残念そうに答えた。
「じゃあ、撃つのはカイムに任せるとして、とりあえずトウと交代するか」
狙撃手のカイムをここに置いておいても、敵が襲ってくれば、そこに転がっている鉄砲男の二の舞である。やはり離れた場所から狙撃させた方がいい。
「ユナとスイコはここにいてくれ、トウを連れてくる」
エンはそう言うと、カイムと共にトウが潜んでいる林へ向かった。
「お前ら、闘って撃退するなんて凄いじゃないか!」
林から一部始終を見ていたトウは、興奮気味にエンたちを迎えた。
「うらやましいだろうから、次はお前も前線だ。カイムと交代してくれ」
「お、おう。しかし何だかお前ら、急に頼もしくなったような気がするな」
「そりゃあ…さっきまでは誰も闘えない組だと思っていたのが、ユナのあの強さを知った上に、鉄砲まで手に入れたんだぜ。少しは気も大きくなるよ」
「たしかにユナのあの動きにはおどろ……」
突然トウの顔色が変わった。
咄嗟にエンとカイムも振り返って、トウの視線の先を追った。
ゆるやかな丘の稜線に騎馬の影が見えた。