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忍のお仕事  作者: やまもと蜜香
第二章 【従軍支援】
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其の五 酔虎継承

「へぇ、ユナは道場の娘なのかぁ」


「でもウチは女ばかりの道場で、好きな武器を振りまくりなさいっなんて大雑把な方針だから、あんまり強くはないかもよ」


「女性専門の道場なんてあったんだ」


「ううん、本当は男も女も入門できるんだけど、いつの間にか女の通う道場ってイメージが付いちゃって……女子しか入ってこなくなったの」


 作戦行動の道すがら、今回初めて一緒にお仕事をするスイコ組の組員たちが、遅ればせながらお互いの情報を話し合い、親睦を深めているのだ。

 仲間とはいえ秘術の類を使う者は、もちろんその情報まで話す必要はないが、ある程度は仲間のことを知っておかないと、いざという時に連携もままならない。

 ただ、忍には自己紹介として自らの素性をベラベラと喋る風潮がないので、どうしても質問形式になってしまうことが多いのだが。


「俺は鉄砲を扱う村で育ったんでな、鉄砲を使いこなせる」


 こちらはカイムの話だ。


「おお、すごい特技!」


「ただ、肝心の鉄砲を持ってないんで、手持ちの武器はクナイなんだけどね……」


 いつ敵と遭遇するとも限らぬ戦場を歩いているとは思えない、和気あいあいとした会話になっている。

 カイムが次の人にたすきを渡すように、スイコに話しかけた。


「スイコさんは最近この里に流れてきたそうだけど、今まではどこか遠くで忍をやってたの?」


 情報が少なくて貴重なこの時代、ふだん聞けない遠国の話には皆が飢えている。カイムの質問にはそんな期待がにじみ出ている。


「私は最近まで師の所にいた。その師が今年の始めに亡くなったので、流れてきた次第だ」


「そうか、それは気の毒だったね。その師匠と共に忍のお仕事をしていたわけか」


「いや、師は高齢であったので、師が忍の務めを果たしているところは見たことがない。ただ、師は鷹級の資格を持っていた」


「なるほど師匠は忍を引退して、スイコさんを後継者に育てたんだね」


 続いてトウが質問を重ねる。


「スイコさんはどうやって、お師匠さんに見いだされたのですか」


「師は、行くあてもなく流浪していた私を拾ってくださっただけだ。 生きてゆくには無知な私を見かねて、教えをくださったのだろう。なので私は見いだされたわけではないな」


 謙虚にそう語るスイコは、さらに懐かしい日々を思い出すように言葉を継いだ。


「師が亡くなって終わってしまったが、またたく間のあの半年は、まるで生まれ変わったような日々であったよ」


 エンにとってこのスイコの話は、どうにもすっきりしない。

 思い返してみれば、最初にスイコを見かけた時、読唇術で読むとなまりが強すぎてよく解らない言葉だったものが、直接話すと堅苦しいくらいの言葉が返ってきた。あの時から、エンには違和感があったのだ。そんな違和感をぶつけるようにエンが話を継いだ。


「お前さん、師匠につく前は、どこで忍をやってたんだ?」


「私はもともと農村の出であった。忍の事はすべて師から学んだものだ。幸か不幸か、師に弟子は私しかいなかった。じつは一度、師が酒を飲んで上機嫌なときに聞いたことがあるのだよ、私以外に弟子を育てなかったのかと。すると師は笑っておっしゃった、自分に弟子はお前だけだ、一子相伝だと…… そんな師にも死が訪れてしまい、私は一子相伝の弟子として、師のものを譲り受け継いだ」


 酔って上機嫌なときの師の言葉を拠り所にして行動しているこの男は、師からのみ忍の事を学び、その師との生活は半年だと言った。 やはりおかしい。


「お前は本当に鷹級なのか?」


「お主は疑っているのだな。では、これを見せよう」


 そう言ってスイコは懐から小さな塊を取り出して、エンに見せた。


 ──これは


 手のひらに乗る大きさの銅でできた四角い塊には、文字が彫られていた。

『証鷹 認酔虎』

 鷹の証し、認めるという文字が読める。

 酔虎というのはスイコの当て字だろう。

 裏面には紋が彫られている。この証明を与えた忍の里の紋だろうか。

 昇級したことのないエンたちは、このような認定証を見たことはなかったが、なるほどこういう物なのだろう。

 忍の名前は呼び名であるので、元々は字など存在しないのだが、こうして認められた際に字が当てられる。

 大物の上忍になると、この字が広まって有名になっていくのだ。

 例えば本人を見たことなど無くとも、『兒雷也ジライヤ』なんて名前は、忍なら誰でも知っている。


「これをどうやって手に入れたんだ?」


「だから言っておるだろう、師から譲り受けたと」


 他の組員たちは黙って見つめながら、エンとスイコの話を聞いている。

 スイコが自分の常識から外れたことを言っているのは感じられるが、皆まだ整理がついていない様子だ。エンは最初から疑ってかかっていた分、理解がはやい。

 エンは質問をつづけた。


「おい、お前の師匠の名は何という」


「ん? 私の師の名はスイコだが」


『やはりそうか』エンには話が見えた。

 このスイコは、自分の師匠が亡くなったので、その師匠の名であるスイコと階級を受け継いだと言っているのだ。


「じゃあ、お前の本当の名は何というんだ?」


「お主は失礼なやつだな。 私は師からスイコの名をいただいたと言っておるだろうが」


「そのいただく前の名を言えっていってるのさ!」


「何だ?お主は何を怒っている。 私のかつての名は吾平だ」


「じゃあその吾平さんに聞くぞ。お前は、師匠が亡くなるときに譲り受けたと言ったが、そのとき師匠は何と言ったんだい?」


 スイコこと吾平は、記憶を呼び覚ますように目をつむり、やがて話し出した。


「師はこうおっしゃった 『お前には何も残してやれんかった。せめてこのボロ家の物と畑は好きにすればいい。このまま住むもよし、売れば旅の費用ぐらいにはなろう』 そうして師の持つものは私に継承されたのだ」


 単に遺品整理の話にしか聞こえない。衣服や級証を形見にくれただけだろう。そして、その後の弟子の生活を案じた師匠が、家と畑を残してくれたという話だ。


「しかし級証を受け継いだものの、それまでの名では使えないことに気が付いた。そんなとき、私は師の言葉を思い出したのだ。

『わが技は一子相伝である』

 たしかに師はそう言っていた。 なので私は一子相伝の伝承者として、この級証とスイコの名を継いでゆくことを決めたのだ」


 ここで、この話を聞いていた組員たちも理解が追いついた。


『ああ、この人はやばい人だ……』


 そしてこの語りっぷりから察するに、吾平は自分のこの行動が間違っているなどとは微塵も思っていない。


「忍は他者の級を継いだりしないから」


 トウが大前提を口にする。


「なに? だが、庄屋の息子は庄屋だったぞ。私はそれで苦しい思いをして村を出たのだからな」


 エンは思う、生まれた村を追われた悲しい過去があるのかも知れないが、今だけは知りなくない。

 このような同情の余地もない話を聞かされている時に、ヘタに同情を引く話を盛り込まれるとややこしくなる。これは、ただただ世襲しか知らないという吾平の勉強不足が露呈しただけの話なのだから。


 吾平が鷹級ではないことは分かった。

 ただし、吾平が鷹級相応の実力を持つのであれば、肩書きなどはどうでもいい。


「ス…スイコさんは師匠から主に何を学んだんですか。剣技ですか?」


 エンと同じ見解にいたったのか、トウが聞きたいことを聞いてくれた。


「師は、なまりの強かった私に、どこででも通用するようにと言葉や話し方を教えてくださった。そして、いかなる時も常に威風堂々とした立ち振る舞いを崩さぬよう、厳しい訓練を課された」


『いや、それはほぼ座学じゃねーか』

『座学なら、まず忍は個人事業だと教えてやれよ』


 吾平を除く全員が心の中で思った。そして、笑って歩いている場合ではないくらい、このお仕事が危機的な状況であることを理解した。

 労務局のタチバナの話しぶりでは、この組はスイコの鷹級の実力を前提に編成されているはずだ。ところが、全員が初戦場のこの組において、組員を導くはずのそのスイコが、吾平という素人だったのだ。しかし引き返すわけにもいかない、すでに作戦は始まっているのだから。


 一同の沈んだ雰囲気を彼なりに察したのか、吾平が笑顔で言った。


「安心しろ、敵など私が蹴散らせてみせよう」


 その自信はどこから出てくるのだろう。

 それが師匠から学んだ威風堂々なのか。


 拠点確保は隠密行動ではないので、身を隠すことよりも行動の速さが求められる。一行は罠や不意打ちに警戒しつつも、歩きやすい地形を選んで進んだ。

 田畑の畔道から小さな川を渡り、川原を歩いているときだった、前方に人影が現れたのは。


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