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忍のお仕事  作者: やまもと蜜香
第二章 【従軍支援】
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其の三 スイコ組

 エンは労務局の広間にいた。

 先日、紹介された従軍支援の案件を受けることに決めたので、案件の詳細説明会に赴いたのだ。

 これまでエンが携わってきた潜伏調査とは毛色の異なる案件であるためか、集まっている参加者を見わたしても見知った顔ぶれは少ないように思える。

 ただ、驚いたことが一つあった。

 この場にあの派手な旅芸人がいるのだ。


『あいつは忍だったのか……』


 相変わらずきらびやかな細工の施された衣装に身を包んだ男は、もちろん周囲から浮いていた。エンは話しかけに行こうとしたが、ちょうどそこに労務局のタチバナが現れたため思いとどまった。


「皆さま、おつかれさまです。本日はご足労いただき、ありがとうございます」


 今日もタチバナの物腰はやわらかい。しばらく世間話をはさむことで場の空気を掴んだところで、此度の案件の説明が始まった。


「美濃国の西に『むしろ田』という土地が在ります。その近隣の豪族であるアツミ氏とモトス氏は、このむしろ田をめぐって、争いが絶えません。

 毎年のようにどちらか一方がむしろ田に進出しては、もう一方もむしろ田に入ってぶつかっています。結果として両軍が引き上げることで、むしろ田の中立が保たれているというのが現状です」


 隣どうしの仲が悪いなんて話は、いかにもよくある話で、こういった争いが日ノ本で絶えないうちは、忍が食いっぱぐれることはないのだろう。


「今回みなさんには、むしろ田に行っていただきます。案件の依頼主はアツミ氏です。ですので、お仕事の内容は、『むしろ田にてアツミ氏が行う、モトス氏との戦を助ける』ことです。具体的に何をして助けるのかは、現時点では決まっていません。戦況に応じてアツミ氏から何か要望が出れば、濃武の里側で受けられる内容かを判断してから、みなさんに指示を出します」


 何をするか決まっていないお仕事。それは、何もせずに戦が終わっても、報酬が貰えるということだ。逆に大変な役目を負わされても報酬は同じ。できれば楽な雑用程度で済んでほしいものだ。


「労務局からはトトキとオノを参加させ、アツミ氏との指示伝達は必ず彼らを通すようにします。ですので、みなさんも現地での連絡報告などは、彼らに行うようにしてください」


 要は契約関係上の大人の事情により、忍個人が直接顧客から命令を受けて動いてはいけないということである。まぁ忍としても里が窓口になってくれる方が、お仕事はし易い。


「周りを見てのとおり、派遣する忍の数は中規模です。地方領主が捻出できる戦費を考えれば、この人数の忍を雇っただけでも頑張った方でしょう。きっと敵方のモトス氏の側も懐事情は同じようなものだと思いますのでね、もしも敵方の忍と対峙した際には油断は禁物ではありますが、相手を呑んでかかってください」


 部屋にはざっと三十人ほどの人が居る。これが中規模だと言われたが、従軍支援が初めてのエンにはピンとはこなかった。


「出発するにあたり、我々の方で組だけ決めさせていただきました。ただし、戦場で与えられる任務によっては、組み替えや複数の組で動いていただくこともありますので、臨機応変でお願いします」


 そう言うと、今回の各組の構成員が発表された。

 スイコ、エン、トウ、ユナ、カイム、これがエンが割り当てられた組の顔ぶれであり、このスイコこそが、あの派手な格好の男の名であった。

 組員全員がみな初対面なので、お互いの情報が何もない。すると、どうしても組員たちの興味は、この派手な格好の男へと向く。まずはこの組の紅一点、ユナがスイコに話しかけた。


「わたし昨日、たまたまスイコさんを見かけたんですけど、旅芸人の方かと思ってました」


 やはり他の人もそう思ったか。エンは自分の見立てが正常だったことに納得した。ところがスイコの返答は──


「ほう。何故そう思ったのだ」


『!?』


 まさか、自覚がないのか?

 スイコを除く全員に衝撃が走った。


「いや、何となくです……」


 この人との会話はかみ合わないと感じたユナは、適当にはぐらかして会話を終わらせてしまった。


 ──次、誰か話しかけろよ

 組員たちが心の中で牽制し合う。


「せっかくなので、紹介しておきましょう」


 異物の扱いに困っている組員の心情を察したのか、タチバナがスイコ組の面々に話しかけてきた。


「こちらのスイコさんは、このたび鳴りもの入りで我が里に登録されました、鷹級の忍です」


「えっ 鷹級?」


 広間全体がザワついた。

 鷹級といえば階級こそ全体の真ん中ではあるが、高位の龍級や虎級が一般の里にはほとんど存在しないことを考えると、実質は上級なのである。


 ここで一つ、忍の里について説明が必要かもしれない。

 じつは忍の里と忍の関係は、主従関係ではない。忍という職業は、あくまで個人事業なのである。

 本来、忍は個人で技能を磨き、個人で自分を売り込んで、抱え込んでくれる雇い主を探すものなのだ。しかし、それなりに名の通った上忍や実力者でもない限りは、雇用や収入の安定はままならない。ましてや下級の忍までが、そのような売り込み活動から始めると、職にありつく前にのたれ死ぬ者が続出するのは目に見えている。

 そこで、忍の里という組織が、世の中から忍を必要とするお仕事を受け付けて、フリーの忍たちにそのお仕事を斡旋しているのだ。その際に里は、仲介料として報酬の半分近くを持っていくのだが、忍の多くが、『自分が忍として活動していられるのは、里がお仕事を用意してくれるからである』と認識しているため、不満の声が上がることはほとんど無い。

 一方で忍を必要とする側も、有力な大名ともなれば自前の忍軍団を抱えているものであるが、経済的にひっ迫している中小の領主になるとそうもいかない。必要な時にだけ必要な人数の忍を用意するという意味でも、忍の里には需要があるのだ。



「──ですので他の組員のみなさんは、従軍は初めてのことと思いますが、安心してください」


 どうやらこの組決めには、従軍初経験の忍をまとめて、経験豊かな鷹級の下に付けるという里側の配慮が入っているらしい。


「鷹級ともなると、あんな格好をするの?」

「いや、今までに見た鷹級は、もっと普通の服装だったぞ」

「それだけ余裕があるんだろう。強さの裏付けじゃないか?」

「敵の目を仲間から逸らせて、自分に引きつけるためだろう」


 みんなコソコソと、スイコの分析をしている。

 だがエンには、彼が鷹級であったことより、芸人でなかったことの方が意外なのであった。


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