④
「へぇ、似合うね!」
ご飯を食べ終わってから、私はこの世界の服に着替えた。中学校の制服だと明らかに浮いてしまうし、目立つから。
ルカは私の恰好を見て、笑顔でうんうんと頷いている。
着替えた服は茶色をベースとしたワンピースだ。両肩から胸元、腰にかけてフリルがあしらわれていて、腰はきゅっとリボンで縛られている。スカートの部分もふわふわとしていてかわいらしい。
派手すぎず、地味すぎず。ファンタジー小説なら町娘ポジだな、なんて考える。
「マスター、ありがとう!」
どうやらこの服は元々、マスターの娘さんが昔着ていたものらしい。ルカがお礼を言うのに合わせて、ぺこりと頭を下げておいた。
「どうぞ」
こっそり、様子をうかがうようにこちらを見ていたテオが、茶色の麻袋を渡してくる。中を確認すると、私の着ていた制服が入っていた。
このままだと皺になりそう……なんて思っても、この世界にハンガーがあるかなんてわからないし、ハンガーくださいなんてことを言えるような仲でもない。ここはひとまず目をつむることにして、「ありがとう」ととりあえず制服をくれたことに対して礼を言っておいた。
「じゃあ、そろそろ僕達は行くね。マスター、今回も色々ありがとう」
「その言い方だと、暫くここは離れるのかい?」
「うん。折角この子に出逢えたから少し研究に集中することにするよ。黄昏の森に籠ろうと思う」
「そうかい、気を付けてね」
……いつの間にかルカの中で、私は黄昏の森に一緒に籠ることになっているらしい。どれくらい籠るんだろう。私、いつ現実世界に帰されることになるんだろうか。
そもそも、私がこの世界で過ごしている間、現実世界ではどれくらい時間が経過しているのかもわからない。戻った時に浦島太郎なんてこともあるんだろうか。
現実世界が好きとかそういうわけではないんだけど、どうせ戻されるのであれば、戻されたときに面倒臭いことになりたくはない。
なんて、私が悶々と考えているなんて露ほども感じていないのだろうか。ルカはおじいさんとの話を終えると、にこりと笑ってこちらを振り返った。
「よし、じゃあ今から少し街で買い物をしてから移動しよう。アイちゃんも、この世界の街がどんなか気になるでしょ」
「……まぁ」
気にならないと言えば、嘘になる。
「テオは森に籠るときの買い出ししてくれる?」
「えっ」
「もう1人でも何が必要か、わかるでしょ」
ルカの言葉に、テオは驚いたように口をぱくぱくさせている。それに構いもせず「はい、お金」とルカはテオの手に紙幣を持たせていた。
まるで初めてのおつかいに行くような感じ。大丈夫なのか。
「任せたよ」
「……わかりましたよ」
一切テオの動揺を気にしないルカの一言に、テオは腹をくくったらしい。ぐっと拳を握り締めていた。なんだかその気合の入り方に、そんなに買い物って大変なことなのかという気分にもなってしまう。
「アイちゃんは僕と一緒に買い出しね」
「はぁ、」
* * *
店を出てから、テオと私達2人は反対方向へと歩き始めた。
細道を通り抜け、大通りへ出ると、さっきのような賑やかな街がまた顔を出す。この世界の街は、修学旅行で行ったことのある商店街の雰囲気に似ていた。まぁ、売っているものは不思議なものばかりだし、西洋っぽい感じもするんだけど。
「アイちゃんは不思議な子だね」
「え?」
周りを見渡しながらルカと並んで歩いていると、それまで黙っていたルカが突然口を開いた。ルカを見上げると、彼はにこにこと笑っている。
私からしたら、いつも笑顔なルカの方が不思議だけど。
「普通、全く自分の見知らぬ世界に来たらびっくりするでしょ。あんまりびっくりしてないように見えるから」
「……最初は、夢だと思ってたんで。びっくりするタイミング逃した感じです」
「そうなの?」
ルカは興味深そうに私をのぞき込んでくる。その至近距離に少し後ずさってしまった。
「そう、です」
思えば、こんなに長い時間誰かと会話したのはいつぶりだろうか。学校でも家でもあまり会話はないので、現実世界で最後に自分が誰と喋ったのかもあまり覚えていなかった。
「ふうん」
ルカはそれだけ言って、また前を向いて歩き始めた。それに少し安堵を覚える。
現実世界のことについて聞かれるのはまだしも、自分自身のことについて聞かれるのは少々、苦手だ。それもあって、ルカが深く追求はしてこなかったので助かった。
――その後、ルカと私は幾つかのお店を回って幾つかの買い物をした。
買った内容はベッド、箪笥、本棚、歯ブラシ、箸、お茶碗とお椀、服、等々……。私がこの世界で生活をしていくのに不便がないように、というものが多数。
案外世界が違っても生活に使用しているものに差はなかった。デザインに多少の違いはあるけど。
だがしかし、買い物の方法は大分違っていた。
「転送はお客様のご負担でよろしかったでしょうか?」
「大丈夫です」
「わかりました。ではお品物の場所へご案内いたします」
現実世界の買い物では存在しないやり取り。店員さんの案内通りの場所へ店内を歩いていくと、辿り着いた先には確かに〝お品物〟――先程私とルカで選んだ〝私の部屋〟があった。
ルカは部屋の入口に立ち、手をかざす。
「――空間魔法、発動」
パァッとルカの手から放たれた水色の光は、その部屋をまるっと飲み込んだ。そして次の瞬間には、目の前にあった部屋は消え、空っぽの白い空間だけが残る。
「ありがとうございました」
店員さんに店の出入り口まで見送られ、その場を後にする。
今までの買い物も、全部そうだった。買ったものは私達が手で持ち帰るのではなく、ルカの魔法によってどこかに転送された。どこに転送されたか聞くと、ルカは「これから僕達が行く所だよ!」と言う。
この世界において、魔法はあって当然のものなのだということを身に染みて感じたのであった。




