②
次に目の前に広がった世界は、さっきの大草原と違いはあれどやっぱり全く見慣れない景色だった。
「へいらっしゃーい!」
「そこの兄ちゃん! 寄っていかないかい?」
賑やかな街並み。瞬間移動をしたようである。
レンガ調の道の両脇には出店のようにずらっと店が連なっていて、道行く人々に店員が声をかけている。売っているものは本当に様々で、お野菜や肉、魚といった食糧もあれば、奇妙な形状をした、私では何なのか判断できない道具らしきものを売っている。
また、店員さんや道行く人々の服装が、明らかに現代の日本のものではない。社会の資料集で見た、中世ヨーロッパにおける庶民の服装、というイメージ。パーティドレスではないにせよ、普段着にしては華やかに感じられるドレスを着ている女性もいれば、ごつくはないけれど簡易的な甲冑をつけている男性もいる。
夢にしてはリアル。私の想像力すごくないか? なんて考えていると、
「そういえば、その恰好だと浮いちゃうね」
ルカが近寄ってきて、自分の羽織っていた灰色のマントを私にかけた。私の着ていた中学の制服は確かに浮いていたのだが、マントのおかげで少しこの空間に馴染んだようにも思う。
マントを脱いだルカも、やはり少し異国風というか、現代日本っぽくはなかった。白いカッターシャツに黒のズボン。茶色い革製の長ブーツを履いていて、ズボンの裾はそのブーツにしまわれている。腕には包帯がまかれていて、手には黒いぴっちりしたグローブを付けていた。
なんだか、冒険家みたい。
「アイちゃんの服も用意しないとだね」
ルカはそう笑って歩き出した。テオがその後を追う。
怒涛の展開に少々呆気にとられつつも、置いていかれないようにとその後を追った。
街の様子は賑やかで、何かお祭りがあるのかとも思ったがどうやらそういうわけではなさそう。この街ではこれが通常運転、ということみたい。
ただ、違和感が1つだけあった。店員さんは道行く人々誰しもに声をかけているのだが、私達に声をかけてくる人はいない。というか、私達が目の前を通り過ぎてもあまり気づいていないようだ。
夢だからそこのとこだけ設定がおざなりなのかな。もしくは、ルカがまた何か不思議な魔法でも使っているか。
どっちもありえそうだな、と思いながら歩いていると、ルカが細い路地へ入っていった。そのままくねくねと歩いていくと、少し広めの空間に出る。そこに、ひとつの店があった。
木製の2階建てのお家。かろうじてお店だと判断できるのは、玄関先に『Cafe OPEN』という札がかかっていたからである。お客さんがこれで入るのかと心配になりそうなくらい、何の変哲もない建物だ。
「マスター、こんにちは」
「こんにちは!」
躊躇なくその扉を開けて、ルカが挨拶をする。テオは律儀にそれを真似ていた。
店内の様子は現実世界でもよくありそうな、バーも兼ねた喫茶店の風景。机や椅子は全て木製で、かわいらしいお店だった。
少しして、奥のキッチンの方からひょっこりと、マスターが顔を出す。
「ああ、ルカとテオか。いらっしゃい」
にこりと笑った白髪のおじいさんは、長い白髭が特徴的だった。とても優しく柔らかい雰囲気に、初対面であっても少しホッとして、安心してしまう。
「お昼まだなんだ、いっぱいほしいな。それと、この子に合いそうな服ってある?」
おじいさんの視線が私へ向く。少しかしこまって固まってしまった。
別にやましいことをしたわけではないんだけど、なんとなく、緊張する。
「あると思うよ。準備するから、好きなところに座って待ってておくれ」
「ありがと、助かるよ」
店内には私達以外にお客さんはいなくて、席は選びたい放題だった。窓際奥のテーブル席にルカが向かう。
ルカとテオに向かう合う形で、私もその場に腰かけた。
「お水だよ」
マスターが3人分のお水を持ってきてくれる。2人はすんなりとお礼を言っていた。
どうせ夢、そんな考えを持っていた私は一歩出遅れる。
「ありがとう、ございます……」
少し声が裏返った。しかしマスターは気にした様子もなく、にこりと笑って奥へ戻っていく。
ふう、と一息ついたら、喉が渇いていたことを自覚する。見慣れない景色にこれでも緊張していたようで、一気に疲れが襲ってきたような感覚に陥った。
しかし、気づく。――なんで夢なのに、喉が渇くの?
「さて、」
ルカが一口水を飲んでから、話を切り出す。
「それじゃあ早速、君の世界について聞かせてもらおうかな」
ルカがにこりと笑う。テオが私をじっと見据える。
じわりと、汗が手に滲んだ。
――もしかしなくとも、夢じゃない?