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愛の魔法  作者: 柳川陽向
必要とされること
23/24




 結局あの後、ルカはけろっとした顔で戻ってきて「あ、アイちゃん多分力入んないよねー? 部屋まで送るよ」なんて言って私を担いで部屋のベッドに転がした。それでさえ私は顔から火が出るほど恥ずかしかったし緊張したのに、ルカは全く気にしていない様子で。


 この世界におけるキスって、そんなに重要度が高くないの? なんて聞くのも、気にしていると自分から告白しているようで言い出せず。なされるがままになってしまった。


 しかしいざベッドに入れば、余程先程の魔力の消耗が激しかったのかすぐ眠くなり、ぐっすりと眠りに落ちてしまったわけで。そう考えると、私も案外神経が図太いのかもしれない。


 次に目を覚ましたときには既に夜は明けていた。



「……」



 起きてもどうにも部屋を出る気にならなくて、ごろりと寝返りをうつ。そうして数十分が経った。だって、どんな顔をしてルカに会ったら良いのかわからない。


 この世界に来て色々と戸惑うことは勿論あったけれど、その戸惑いの最高記録を更新した。それも致し方ない事だと思うのだけど。私がおかしい、なんてことは、ない、筈。


 なんて、そんなことを悠長に考えていれば。



「アイさーーーん!!」


「わ、」



 元気な声と共にドアがバンッと開かれる。驚きつつ視線をそちらに向ければ、元気いっぱいのテオが大声で叫ぶまま私のもとまで突撃してきた。



「え、テオ、体調は、」


「大丈夫ですよ!! 寝たら元気になりました!! というかそれよりもですね、昨日は本当にありがとうございました、アイさんのおかげで助かりました。ていうかあの魔法、どうやったんですか!? なんでいきなりあんなに強い魔法が使えたんですか!? どういうことですか!?」



 こちらは寝起きだというのに、興奮した様子でまくしたてられる。こんな風になっているテオを見るのは初めてでついついぽかんとしてしまった。



「いや、なんか……正直無我夢中で、感覚とかあまり覚えてなくて、」


「そうなんですか!? いやそれにしたってすごい…! 多分アイさん、才能ありますよ。きっとこれから伸びます!」



 布団の上に投げ出していた手をぎゅっと両手で握られる。目をきらきらとさせて見つめてくるテオに、無意識のうちに身体がのけぞった。近い。



「これからも修行頑張っていきましょうね、応援しています! そうとなれば早く起きて! 朝ご飯ですよ、行きましょう!」



 そのまま引きずられるままにベッドを後にする。初対面のときにルカの陰で大人しくしていたテオの姿は最早どこにもない。馴染んでくれたのは嬉しいが、少々強引なのは疲れる。


 けど──単純に、嬉しさもあった。


 自分が何かをしたことが、他人の役に立って。感謝をされたのは、いつぶりなのだろう。思い返そうとしても思い出せないから、もしかしたら初めてのことなのかもしれない。



 なんて考えていて。下に降りたら、ルカと顔を合わせることになるということが頭の中からすっぽ抜けていたわけだが。



「ああ、アイちゃん。おはよう。体調はどう?」



 1階のテーブルでは、朝食の準備も終えたらしいルカが優雅に座ってココアを飲んでいた。けろっと笑顔で挨拶をしてくる。


 その瞬間、昨日のアレが頭を過ぎった。



「お、は、」



 よう、と続く声はやけに小さなものとなってしまった。昨日の今日で、やっぱりどんな顔を見せたら良いのかわからない。


 そんな私の様子を不思議に思ったのか、テオは「あれ、どうしました?」と前から顔を覗き込んでくる。やめてほしい。なんでもない、という意を込めてふるふると首を横に振った。同時に、頭も冷えろと念じる。



「体調は大丈夫。元気。そっちこそ……大丈夫なの?」


「ああ、うん。大丈夫だよ。もう全快」


「……そ、」



 気を取り直して問いに答えれば、ルカはいつも通りに笑う。テオも突っ込んで聞いてくることはなく、私たちはいつも通りテーブルについて、いつも通り「いただきます」と言って、食事をとり始める。


 そう、いつも通り。



「……」


「ん?」



 私の何とも言えない視線に気づいたのか、ルカが首を傾げて視線をこちらによこしてくる。なんだかイラっとして「なんでもない」と少々低い声で返答をした。


 なんだ。私ばかりが気にして。損している。絶対損している。この世界では唇と唇を合わせる行為にそんなに意味はないのだろう。気にするだけ損だ。


 だから、心よ落ち着け──ほんと、腹が立つ。



「なんかアイちゃん、怒ってる?」


「別に怒ってませんけど」



 嘘だ。実は怒っている。けれどそれをルカに対して認めるのはなんだか嫌だ。それもあって、ルカの方は全く見ずにとげとげしい返事をしてしまった。


 険悪な雰囲気を感じ取ったのか、テオは先程私を起こしにきたときの元気はどこへやら。様子を窺うようにちらちらと私たちを見ながら食事を勧めていた。気を遣わせて悪いなと思うものの、どうしようもない。


 と。



「……もしかして、もうこの世界に来るの嫌になった?」



 寂しげな雰囲気を匂わせるルカの声色に、咄嗟に顔を上げる。ルカの表情は声色と同様、哀愁めいて見えた。



「昨日は危険な目に遭わせてごめんね。体調が悪いのにこの世界に引き留めたのは、僕の判断ミスだった」


「いや、それは……」


「昨日に限らない。そもそも……ああやって、僕達を追っている連中はいくらでもいる。ある程度の安全は保障できても絶対の安全を保障することはできない、というのを、昨日痛感して……」



 彼の視線が下に落ちる。こんなに思いつめた様子のルカを見るのは、初めてだった。



「……君が危ない目に遭うのがもうこりごりで、こちらの世界に来たくないというのであれば、僕はもう君をここに召喚しない」



 優しいルカは、私を手離そうとする。


 でも。



「──別に、誰も来たくないなんて言ってない」



 そんなの、余計なお世話だ。


 別の世界に来ることが危険じゃないわけがないと。どこかで理解はしていたつもり。その認識が甘かったことは確かにわかったけれど、だからといってこの世界に来ないという選択を取るわけがない。


 だって──向こうよりもこちらの世界の方が、今となっては居心地が良いのだから。



 私の考えを知ってか知らずか、ルカはぱっと顔を上げて私を見ると小さく微笑んだ。



「……ありがとう。アイちゃんがこれからもこっちで一緒に過ごしてくれると、嬉しい」



 隣でテオもこくこくと頷いている。


 そう言ってもらえたのが私も嬉しくて、頬が緩んだ。



 自分がそこにいたいと思って。いても良いと言ってもらえる。


 自分が無我夢中でやったことがあって。それが彼等の役に立つ。


 それってこんなに温かい気持ちになるものなんだ、と。その時初めて知った。



 

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