④
その日、結局テオとルカは深夜までぐっすりと眠っていた。あまりに目を覚まさないので心配にもなったが、ゆっくり休めているようで何よりだとも思う。
2人が寝ている間はリビングで、自分の世界から持ってきていた本を読んで過ごした。異世界に来ているにも関わらず1人というのは初めてで、少し違和感があった。
――そんな中、事件が起きたのは夜8時頃だった。
「そろそろ晩御飯食べるかなぁ」
独りごちながら、作り足しておいた雑炊を持って2階に上がる。今度の雑炊はキノコ雑炊である。
「テオー?」
ノックをする。が、返事がない。代わりにドンっと不自然な音。
……返事しようとしてベッドから落ちたりでもしたのかな?
そう思いながら扉を開けると――
「動くな」
突然、肘を引かれて壁に押し付けられる。カコンッ、持っていたお椀は落ちて、雑炊が床に散らばった。
目の前にいるのは――赤いマントを羽織った、男。
「お前、何者だ?」
きつい表情でこちらを睨みつけるその視線に、背筋が凍った。声も、出ない。
そっとその背後の光景を確かめると、他にも赤マントの男が1人、女が1人。男の方はテオに馬乗りになって、両腕を両足で押さえつけている。テオの口も手で塞がれているが、私の様子を見て一層暴れる力を強めたように感じた。
「はいはい、暴れないの~」
しかし、赤マントの男の力には適わない。それどころか、男が小さな声でぽそぽそ、と何かを呟くと、テオは全く身動きが取れなくなってしまった。動かないテオに不安が募る。
「テオ!!」
声をあげても、返事もない。何かの魔法をかけられたのか。生きてるの? 怖くなる。
「もう一度聞く」
テオの方ばかり気にしていたら。両頬を片手で押さえつけられ無理矢理目の前の男に視線を合わせられた。恐怖で身体が強張る。
「お前は何者だ? ルカの仲間に、こんな女はいなかった筈だが」
何者って言われても。異世界から来たということは、なんとなく直感的に言わない方が良いと判断した。
だからと言ってなんと答えたら良いかもわからない。答えをわかっていたとしても、恐怖で身体が震えてそれどころじゃない。
「何? もしかして彼女?」
笑いながら、傍観していた女が近寄ってきた。小柄で、猫のような目をしている。面白がっているようにも見えるが、その瞳は冷たい。
「まぁ、なんにせよルカを脅す材料にはなるんじゃない? 一緒に生活してたってことでしょー、これ」
「……そうだな」
女の続けた言葉に、目の前の男が頷く。びくびくしながら、頭の中ではさっきルカが水晶越しに見ていた光景が浮かんでいた。
この人達、さっき森の中にいた人だ。なんでルカの結界を潜り抜けて、ここにいるの? まさか、ルカの結界が解けた?
体調が悪かったのだし、それも考えられる。力が弱くなっているのかもしれない。そう思った刹那――
「創造・空間魔法、発動」
――聞き慣れた声が響く。その瞬間部屋いっぱいに、緑と水色が混ざった色の光が広がる。
その直後、テオががばっと起き上がった。さっきまで抵抗できていなかったのが嘘みたいに跳ね起きて、今度は逆に男に馬乗りになって押さえつける。
「ハァッハッ」
その息は荒い。体調がまだ良くないんだ。テオを心配していたら、続けざまにまた声が響く。
「自然魔法、発動」
床からにょきにょきと木が生えてくる。残りの赤マントの男と女の周りに集中して、彼等の手足には木がうねうねと絡まりついた。
「チッ」
男が舌打ちをする。女も「もーっ」と嫌そうに木々を見て抜け出そうとしていた。
男が身動きを取れなくなったことで、私を拘束していた力が解かれる。腰が抜けて座り込みそうになったところで、後ろから両腕をそっと支えられた。
「ごめんね」
後ろを見ると、やっぱりそこにはルカの姿があった。薄く笑い、そっと私が痛くない程度に座らせる。ぽん、と頭を撫でられた後、ルカは「テオ」と声をかけた。
「いいよ」
「はい」
テオが押さえていた男から飛びのく。その次の瞬間、また床から木が生えて、残る1人の男も木々にとらえられた。
「あーあー」
男も残念そうに声を漏らす。
「我等の魔法を封じる結界かな? これは」
初めに私を抑えていた男が、ルカに問う。ルカは「そうだね」と答えながら、私の前に一歩足を踏み出した。……しかし、その足取りはおぼつかない。
さっき抱き留めてくれた手も熱かった。まだ、熱があるに違いないのに。
「もー! 折角森の結界が緩んだから、チャンスだと思ったのに」
赤マントの女の言葉に、やっぱり、と心の中で考えた。ルカの体調が悪かったから、魔法のバランスが崩れたんだろう。寝ながら意識を魔法に集中させるなんて、きっと負担に違いない。
現にルカは今も、相当苦しそうに見える。私からは背中しか見えないけど、肩は息をする度に上がっていた。
「普段よりも魔法の力はやはり弱くなっているようだね?」
最初に私を押さえつけた男が笑う。リーダー格なんだろうか。
ぐい、っと、男は押さえていた木を押しのけるように力を入れた。すると、ミシミシと木は軋んで動き始める。
「っ!」
ルカが手をそちらに手をかざす。ポウっと指先に光が灯るけど、いつもよりもその光は弱い。
「ソナギ」
「あいよ」
リーダー各の男が名を呼ぶと、さっきまでテオと対峙していた男が返事をした。その次の瞬間、男をとらえていた筈の木が払われる。ソナギと呼ばれた彼は、いとも簡単にルカの拘束木をへし折ってしまったのだ。
「ッ」
直後、男は再びテオに襲いかかる。ルカはテオをかばうためか魔法を発動させようと、手を2人に向ける。しかし、発動されない。熱が上がってるんだ、きっと。
「ルカ! テオ!」
テオが応戦するも、不意をつかれたのかテオは倒れてしまう。男はその間にテオの身体に縄のようなものを巻き付けた。
「これ、魔封じの縄なんだ。テオ君はこれで魔法は使えないね」
ソナギという男がそう言った直後、ルカが膝をつくのが見えた。
「ルカッ!!」
ルカに駆け寄る。彼の息は荒く、身体も熱い。意識も朦朧としているみたいだ。
ルカに肩を貸そうとするも、突っぱねられる。
「逃げて、」
小さな声でそう言った。しかし、
「ッ!!」
後ろから細い腕が首に巻き付く。締め上げられて、立たされた。
「大人しくしてね、お嬢さん」
高い声が耳に響く。さっきまでルカに動きを封じられていた筈の、女の声。そんなにルカの魔法は弱っているのか。
ルカから距離を取らされる。リーダー格の男も歩いてきて、ルカにテオと同じものだと思われる縄をかけた。身体全体に巻きつくようにして縛られて、身動きが取れなくなる。
恐怖で涙が、溢れた。
「ついてきてもらうよ、神童」
――こんな危機的状況の中で、頭に浮かんだのは、笑い合うルカとテオの姿だった。
なんで2人は、こんな人達に狙われているんだろう。なんであんな、体調が悪いのに、無理矢理連れていかれそうになっているの?
早く寝かせてあげてよ。休ませてあげてよ。関わらないでよ。
ルカとテオを、離して。
「――離して!!」
自分でも、驚くくらいの声が出た。
赤マントの男たちの視線が自分に向く。私は考えるよりも先に、頭に浮かんだ言葉を叫んでいた。
「自然魔法――発動!!」
術式を描く余裕はなかった。けれど私の声に応えるように、床が白色の光を放つ。
男達が慌てるのが視界に映る。そうして次の瞬間――
「な!?」
部屋全体が変容し始め、赤マントの男達とテオ、ルカの間に阻むように大きな木の柱が聳え立った。パッと赤マントの男達は手を放す。追い立てるように、床から新しく生えた木々はさっきまでルカが捉えていたように、男たちをとらえた。
今度は先程よりも強く、荒く。
同時に、私の後ろにいた女の下からも木々が生える。
「ちょッ」
同様に太い太い木々に締め上げられる。
もうこれ以上、彼等を傷付けないで。
私の願いが現れるように、木々は締め付ける力を増す。――そうして赤マントの3人は苦しさに耐えられなくなったのか、気を失った。




