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愛の魔法  作者: 柳川陽向
危機
20/24





「何してんの……」



 ルカの部屋に行くと、彼は部屋の中心にあるローテーブルの前に座りながら、テーブルの上に置いてある水晶と睨めっこしていた。片手をその水晶にかざしているその姿は、占い師が何かを読み取ろうとしているようにも見える。



「ん、ちょっとね」



 熱がある筈なのに。真剣な眼差しは休んでいる暇などないと言っているようで、余計心配になる。


 先程の問いにも答えてもらえなかったので、自分で答えを知るべく、ローテーブルをはさんでルカの向かいに座る。卵雑炊をテーブルの端に置いてから水晶を覗き見ると、ルカの手の隙間からは、赤いマントのようなものを羽織った人が3人、森の中をきょろきょろとしている姿が見えた。



「……これ、誰?」



 訝しく思いながらルカに聞く。ルカはふっと力を抜いたように手を引っ込めた。途端、水晶に浮かんでいた風景は消える。ルカの顔色は悪い。おでこに少し汗をかいていて、何とも言えない焦燥感が私を支配した。


 そんな私の気持ちを理解しているのかいないのか。ルカは少し空を見つめて「んー」と悩むような仕草を見せた後、「あのね、」と話し始めた。



「前に、僕を追っている人がいるって言ったの覚えてる?」


「うん」



 何か悪いことをしたのか、と聞いたら、テオに怒られたのを思い出す。



「赤マントの人達、多分それ。僕を探してるんだと思う」


「え……」


「昨日と今日と、連続でこの森に来ててね。微かに会話を聞いたんだけど、この森のどこかに僕がいるっていうのは確信を持ってるみたい。結界でここまでは到着できないと思うけどさ」


「それって大丈夫なの?」



 いくらルカの結界がすごいからって、森にいるっていうのに確信を持たれているのは大丈夫なんだろうか。毎日ここまで来られたら気も休まらない。現にルカは今、熱を出してるのに水晶なんか使って監視している。



「んー、そうだねぇ。このままだと買い出しにも行けないから、拠点を変えた方が良いかも」


「引っ越すの?」


「うん、テオの体調が戻ったらね。っていうかそれより、良いにおいする。ご飯作ってくれたの?」



 ルカは、この話は終わり、とでも言わんばかりに私の作った卵雑炊に目を向けた。頷くと、「ありがとー」とルカは笑う。



「水晶片づけちゃうね」



 ルカは立ち上がって水晶を持ち、私の丁度右斜め後ろにある棚に片づけるべく歩き始めた――が、



「え、ちょ!」



 私の横を通り過ぎるか否かのところで、ルカの足元がふらついた。慌てて中腰になってルカの方に身を乗り出すと、ルカがもたれかかってくる。


 意識を失って倒れたわけではない。しかしルカは膝をついてしまい、上半身は私に預けた状態になっていた。



「ごめん」



 首元にルカの息がかかる。熱が籠っていた。



「熱めっちゃあるでしょ…!」



 触れている身体も熱い。どきどきしそうになる自分の心を抑える。



「とりあえず水晶置いて、あとで私が片づけるから。ベッドに行こう」



 さっきまでの何でもないような顔はどこへやら。立ち上がったことで熱が回ったのか、急にルカは弱々しくなっている。


 肩を支えながら、部屋の奥にあるベッドに移動する。ルカはベッドに倒れ込んだが、自分で布団をかぶる余裕もないらしい。



「何が、『ちょっと体調悪くて』なの。『すごく体調悪くて』の間違いじゃん!」



 今日、会ってすぐにルカの言っていた言葉を思い出しながら悪態を吐く。なんとかルカの身体の下から布団を引っ張り出し、ルカの上に被せた。ルカは「あはは~」なんて呑気に笑っているが、完全に空元気だ。



「ごはんはどうする?」


「食べたい~食べさせて~」


「ばか!」



 食べさせてだなんて、なんてことを言うんだ。



「テオは自分で食べてたよ」


「偉い、流石テオ。僕は無理~」


「さっきまで大丈夫そうだったのに!」



 水晶を見つめていたときの真剣な眼差しはどこへいったのか。気の抜けたちゃらんぽらんになってしまったルカに呆れかえる。



「酷いよアイちゃん。食べさせてくれないの? このままだと僕、死んじゃう」


「はぁ……」



 こんなに面倒臭い人だったっけ、ルカって。熱のせいにしても酷い。


 重い溜め息を吐きながらローテーブルの上の卵雑炊を取りに行く。ベッド脇に戻ると、「起こして」と言われた。何この駄々っ子。


 渋々、卵雑炊を一度床に置き、ルカの背中に片手を回して上半身を起こすのを手伝う。どうしたら起きやすいのかよくわからなかったけれど、ルカはそう苦労することもなくちゃんと起きてくれた。



「食べさせて~」


「……何歳児なの、ほんと」



 初めて見るルカの姿に、呆れと、苛立ちと、恥ずかしさと、色んな感情が入り混じる。卵雑炊を手に取って、スプーンに少しすくった。


 しかし。



「あーん」


「……」



 ルカは口を開けて待ち構えている。その口にスプーンを近づけようとして、すごく恥ずかしくなってきた。誰かに食事を食べさせるなんて、初めてだ。


 かぁ、と顔が熱くなるのを自覚する。



「アイちゃんー?」



 ルカは一度口を閉じて、私の名を呼ぶ。こてん、首を横に傾げながら。その表情は笑っていて、まるで楽しんでいるようにも見える。


 落ち着け。相手は、病人だ。自分に言い聞かせることで熱を冷まそうとする。



「はやくー」


「……最低」



 恥ずかしがっているのを面白がるかのような声が憎たらしくて仕方ない。なんでもないように振舞おう、と気を取り直してスプーンを近づける。


 ルカは素直に口を開けて、もぐもぐと雑炊を口にした。



「おいし~」


「……良かったです」



 笑顔で味わっているような表情に、肩の力が少し抜けた。1回してしまえば気持ちがちょっと楽になって、二口目からはスムーズに食べさせることができたように思う。


 顔はずっと、熱いままだったけど。 



 ルカは結局、ちゃんと卵雑炊を完食した。食べてる間は、さっきふらついたのが嘘なんじゃないかと思っていたけれど、完食後に倒れるかのように上半身を寝かしたルカを見ると、それなりにしんどそうにも見える。



「アイちゃん」


「ん?」


「ありがとね」



 ふんわり、ルカは笑う。



「誰かに看病してもらったの、多分七年ぶりくらいだ」



 その言葉に、身体が少しだけ強張った。



「ありがとう」


「……どういたしまして」



 ルカはもう一度私に礼を言うと、すうっと目を閉じて眠っていった。余程疲れていたのだろう。


 ルカの部屋を後にしてキッチンに戻る。お椀を洗いながら、さっきのルカの言葉を思い返していた。



「――同じだな」



 ぽつり、独りごちる。看病をされた経験に乏しいなんて、ルカと私は似ていると思った。


 ルカも、親に感心を持たれていないのかな。そもそも、ルカは私と1つ2つしか違わないように見えるけど、なんでテオと2人でこんな生活を送っているんだろう。親は、どうしているんだろう。


 この世界の常識はわからない。わからないけど、寂しい想いをしているような気がする。



 私はそのとき初めて、ルカと自分が似ていると思った。






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