①
――目の前にあるのは、見慣れない景色だった。
青い空。白い雲。広がる大草原。遠くを見ると緑の山々が連なっているのが見える。真上には大きな木があって、その陰の中に私はいる。座っている。
そして目の前には、見たこともない男の子が2人。
「……出た」
一歩後ろに下がって私を凝視していた、おそらく年下であろう男の子がそう口を開く。まるで化け物でも見てしまったかのような物言い。私からしたら、急に現れたのはそっちだった。さっきまで、図書館で本を読んでいたはずなのに。
目の前にいる2人の容姿は、明らかに現実離れしていた。
まず手前の男の子。私と同い年か少し年上くらいだろうか。16かそこらじゃないかなとあたりをつける。髪は黒に群青のメッシュが入っていて、ギラギラしたヤンキーではないにしても、不良だ、なんて思ってしまう。顔立ちはかっこいいより綺麗系で、ひょろっとしてるから女装したら似合いそうだ、なんてことを思った。
さっき私に失礼なことを言ってきた年下っぽい子は、黒髪の短髪で眼鏡をかけていて、いかにも真面目っていう感じの印象である。この子もひょろい。多分8歳くらいなんじゃないか、とこちらもあたりをつけてみる。
そして2人とも、服装がおかしかった。灰色のマントを羽織っていて、ナップサックのような緑色の荷物を背負っている。明らかに現代人に見えない。異世界の旅人のようだ。
というか、今私の置かれている環境も異世界のようだ。
「僕はルカ。君、名前は?」
手前の男の子が口を開いた。それに少しだけ驚いてびくっと身体が動いてしまう。
少し、怖いと思ってしまった。しかし、慌てて気を取り直す。この世界はなんだかおかしい。これは現実じゃない、そうだ夢だ、と自分に言い聞かせる。
「愛、です」
ファンタジー小説ばかり読んでいるからファンタジーの夢なんか見ているんだ、と言い聞かせながらそう口にした。どうせ夢なら、少しは楽しまなければ損な気がする。
「アイ、か。良い名前だね!」
にっこり、ルカと名乗った男の子は笑った。思ったよりもフレンドリー。もう1人の子はただ私とルカのやり取りを見守っている。
「突然で申し訳ないんだけど」
「……はぁ、」
「僕に力を貸してよ」
やはり笑顔のルカ。後ろでハラハラしている様子の男の子。
胡散臭すぎるこの状況に、私はただ「はぁ、」と曖昧な返事をすることしかできなかった。
* * *
その後私は、今の自分の状況についてルカから説明を受けた。しかし当然のことながら、その内容は私の常識からは到底外れているし、理解も納得もできるようなものではない。
ただ、聞いた。そして整理はした。結果。
「つまり」
「うん」
「ここは私のいた世界とは別の世界で、ルカさんはその世界から魔法を使って私を召喚した、ということでおっけーですか?」
「せーかい!」
ばっちり、とでも言いたげにルカは笑っている。
「補足をすると、アイちゃんの世界から僕達の世界への召喚が成功した前例はないよ。アイちゃんが一番乗り」
おめでとう、なんて言葉を付け足して笑ってくる。何がおめでたいのだろうか。所詮、これは夢だろうに。
ファンタジー小説の読みすぎで変な夢でも見ているんだろうな、と自己完結する。ちらり、ルカの後ろで少々警戒しながら私を見ている少年――先程テオと名乗っていた――を見てから、再度ルカに視線を戻した。
「で、さっき言ってた力を貸してよっていうのは、どんな内容なんですか?」
ここまできたら半分どうにでもなれという気持ちである。どうせ夢なのだから、逆に楽しんでしまった方が楽なのではないか。
そう考えたら幾分か気持ちが楽になって、話すのも億劫じゃなくなった。普段だったらこんなに気楽に、初対面の人物と話すことなんてできないだろうに。
「それはね、君の世界について教えてほしいんだよ。詳細に」
にこり、ルカはしゃがみこんで座る私と視線を合わせて言った。
私の世界について教えてほしいだなんて、変な夢を私は見ているなと改めて思う。好きじゃない世界のことを、憧れているファンタジーの世界で語れというのか。普通逆じゃないのかな。
やっぱり変な夢、と改めて思う。
「話すって、何を話せば良いんですか?」
話すことなんて何もない、なんて思ってしまった。相手が何を求めているのかわからない。
ルカは「そうだなぁ」と言いながら左斜め上に視線を向ける。何か少し考えこむような間の後、再度口を開いた。
「じゃあ――」
グウウ
……ルカの声を遮るようにして、何かが聞こえた。おそらくお腹の鳴る音だ。
発信源は、テオ。
「……すみません」
テオは顔を赤くして、俯いていた。結構大きな音で響いたので恥ずかしかったようである。
「いーよいーよ。そういえばお昼時だし、お腹もすいたね」
「はい……」
「ご飯にしよっか!」
ルカはそう言うと、立ち上がって伸びをした。お弁当でも持ってるのかな、と思ったが、2人の持っている荷物からそのようなものが出てくる気配はない。しかも「移動しよう」なんて言い出す始末である。
周りは大草原。店なんてなさそうだけど、どれだけ移動するつもりなんだろうとちょっと心配になってきた。沢山歩くの嫌だな、なんて面倒臭くもなってくる。
――しかし、その心配は全くの杞憂となる。
「アイちゃん、立ってこっち寄って」
「え?」
ルカに手招きをされて、どういうことかと思いつつも立ち上がり、近寄る。ルカはそれを確認した後、スッと右手を前に掲げた。
パァッ。人差し指の指先が、淡く水色の光を放つ。
「――空間魔法、発動」
その文言と共にルカが何かの文様を空に描いた、気がした。
次の瞬間私達は、淡い水色の光に包まれたのだった。