⑥
「アーイちゃん、起きてー!」
元気な声と、突然明るくなった視界に眉根を寄せる。ごろり、仰向けの体勢から横を向くと、ドアの辺りにルカの姿があった。部屋が明るくなったのは、ドア横の電気のスイッチをルカが押したからだと思われる。
「寝坊だよ! 早く着替えて下おいで」
ルカはそれだけ言い残すと、下に降りて行った。仮にも女子の部屋のドアを遠慮なく開けるってどうなんだろう、なんて思いつつ起き上がる。
あの後お風呂に入って、自室で眠りについたんだった。ルカが準備してくれたこの部屋はなかなか快適で、ベッドもとても寝心地が良かった。
寝る前に8時に朝ご飯、と言われた記憶はある。部屋の中の時計で時刻を確認すると8時10分。確かに寝坊だった。
着替えてから下に行くと、既にリビングの机には朝食が並んでいた。焼きたてのパンと、カリカリベーコンに目玉焼き、そして缶詰のジャムが並んでいる。
ほんとに私の世界と食べ物違いないんだな、なんて思って毎度のことながらほっとする。もし虫みたいなものを食べさせられていたらと思うと恐ろしい。
私を待っていたらしく、ルカとテオは既に並んで席についていた。その向かいの席に私が腰を下ろすと、ほぼ2人同時に手を合わせる。慌ててそれに倣った。
「いただきます」
皆で手を合わせて食事をするのが、こちらの世界での当たり前だった。まだ少しむず痒さを感じるけれど、色々お話しながら食べる食事は悪くなかった。
――その日は、朝食後に私の世界についてルカとテオに説明して、午後は魔法特訓をして時間が過ぎた。
私の世界について説明と言っても、昨日披露しそびれていたスマホを2人に見せて、機能を紹介しただけである。けれど異世界にスマホはなかったらしく、2人は興味津々に私の説明を聞いたり、いじったりしていた。
ちなみにネット環境は当然ながら異世界になかった。よってネットをいじることはできず、オンラインでこそ機能を発揮できるアプリについては口頭で説明するのみとなった。
そもそもネットというものすらない異世界の住民にとっては、ネットという概念すら未知のものだったので説明するのも難しかった。とりあえず、次回こっちに来るときにもうちょっとわかりやすい説明ができるように勉強しなければ、とちょっと思った。
魔法特訓は昨日と同様、大地から木を出現させる魔法を使えるようにと練習した。ルカは昨日の失敗を元に、魔力石を埋め込む指輪を用意してくれた。術式を書く指に指輪をして、その指輪のくぼみに魔力石をはめるというものである。
……しかし、それでも魔法を扱うことはできず。
「うーん、おかしいなぁ」
ルカは首をうんうんと傾げながら困っているようだった。折角対策をしてくれたのに申し訳ない。
しかしルカは気にした様子はなく、また次の機会までに対策を考えると言ってくれた。有難さしかない。
そうして時刻は18時過ぎ。
「次は3日後とかどう? 予定は大丈夫?」
「大丈夫」
帰り支度を整えてから庭に出る。ルカと次に異世界に来る予定を調整した。テオは「また新しい本良かったら持ってきてください」と言っている。読み聞かせでも楽しんでもらえたようだ。
「じゃあ、3日後の13時にまた呼ぶ。今度も1泊2日のスケジュールで」
「わかった」
もう帰るのか、と少し寂しく思った。まだ数日間しかこの世界で生活をしていないけれど、ここは、なんだか居心地が良い。
けれど現実世界に戻らないと、母が怪しむかもしれない。心配はしないだろうけど、家の掃除だとかが滞っていたら次に会ったときになんて言われるかわからない。
「またね」
「うん、また」
ルカの声に頷く。魔法の詠唱が始まる。
薄紫色の光が私を包み込んで――気が付いたら、現実世界の自分の部屋に居た。
「……」
静かな、静かな自分の部屋。
昨日ここから異世界へ発ったときと何の変化もない。カーテンは閉め切っていて、薄暗い。物音もしない部屋。
「……ただいま」
ぽつり、呟いた声に返ってくる言葉は何もなかった。




