⑤
「さて、知識面の詰め込みは終わったし、早速実践に移ろうか!」
テオの説明終了後、ルカは立ち上がってまたテラスの外へと戻っていく。今度は私も来るよう促されて、その後に続いた。
「はい、これ」
庭の中心で円になる。ルカから手渡されたのは、虹色の小石だった。
「これ……魔法石?」
「あたり。アイちゃんは魔力を持っているかよくわかんないから、ひとまずその魔力石を魔力の源として使ってみようと思って」
コロン、手のひらに魔力石が転がる。親指ほどのサイズの小さな石は、転がすと更に綺麗に輝いた。
「じゃあやってみよっか!」
その後私は、ルカから指導を受けて魔法特訓を開始した。
まずは先程テオがやって見せてくれた地面から木を生やす魔法。
「魔法を使うのはイメージが大事なんだよ。頭の中でちゃんと、地面から木が出てくる情景を具体的にイメージして」
「術式はこれ。こういう書き順が書きやすいよ。この紙挙げるから、書き方覚えて。自然とすらすら指先で書けるようにね」
「そこまでの準備が出来たら、魔力石から魔力を借りよう。術式を描く方の手で石を握って、書くための指だけそっと伸ばして。『力を貸してー!』って思いながら、石の力を指先に集めるよう意識して。指先に白い光が集まったら、魔力の抽出成功だよ」
どんどん入るルカからの指導に、頭をうならせ、指をうならせ、魔力よ力を貸してくれと念じること――数時間。
「うーん」
「難しいですね」
ルカとテオは顔を見合わせて、同時に唸っていた。
「魔力の抽出がなぁ」
ルカの言う通り、私は魔力石から魔力を抽出し、指に光を灯らせることができないまま時間が過ぎた。術式はうまく書けるようになったし、イメージも具体的にしているつもりではあるんだけど、どうにも魔力を石から借りる、というのが上手くいかない。
そもそも、元々魔力がない私には無理なんだろうか。
「……ごめん、折角教えてくれてるのに」
うまく結果が出せず、特訓に付き合ってくれているルカとテオに申し訳なくなる。ルカは慌てたように「全然!」と首を振った。
「こうなること、ちょっと予想はしていたしね。作戦をちょっと考え直すとして、今日はひとまず休もうか」
にこり、ルカは優しく笑う。テオも横でうんうんと頷いていて、2人の優しさに少々救われた。
太陽はもう傾きつつあり、夕暮れ時である。「ごはんにしましょう」というテオの言葉に頷いて、私たちは家の中に入っていった。
*
その日の夕飯は、テオが街で買った材料を使って作ってくれた。私の世界で言うカレーと同じもの。この前マスターのお店でご飯を食べたときも思ったけど、私の世界と彼等の世界の食べ物はほぼ同じみたい。
最初食べる前にはそわそわとしていたテオだけど、私が完食すると安心したようだった。今は皿洗いをしてくれている。ちゃんとお手伝いしていて感心である。
ルカはと言えば、ご飯を食べた後は2階の自室に籠ってしまった。明日の私の特訓のために、何か対応策を考えてくれるらしい。有難いが、正直ちょっと申し訳なかったりする。
本当に私が魔法使えるのかな、とか、やっぱり私はこの世界の住民ではないわけだし無理なんじゃないかな、とか。使えるかも、という期待が少しあっただけに使えなかったら残念だが、まぁ、仕方ない。
――なんて、ソファに座りながら考えていると、
「あの、アイさん」
お皿を洗い終えたらしいテオがすとんと私の向かいのソファに座った。首を傾げて続きを促すと、テオは机の上に置いてあった本を一冊手に取る。それは、私が自分の世界から持ってきた本の内の一冊であった。
「これ、読んでくれませんか?」
テオの興味のある本はファンタジー小説のようである。私が小学5年生のときからの愛読書だ。丁度、私の世界の基準で言えばテオの年齢には丁度良い気がする。
「そっか、私の世界の字は読めないもんね」
こくり、テオは頷く。絵本以外の本を読み聞かせるというのはなんだか骨が折れそうだし、少々恥ずかしい気もしてきた。
けど、テオが自分の意志で私にこんな風に関わってきてくれるのは初めてな気もする。だからこそ、あまり邪険に扱うようなことはしたくない。
「……読むのへたくそでも許してね?」
そう告げてから、テオの手からファンタジーの本を受け取る。テオはパァッと顔を明るくさせて、笑顔で頷いてくれた。
その姿は今まで見てきたテオの姿の中で、1番年相応に見えた。




