④
まず、テオは簡易的な人型の図を紙に書き始めた。
「僕達の世界の人間には、生まれつき魔力というものが備わっています」
人型の胸のあたりにハートが描かれ、その中に何か文字が入れられる。くねくねしていて、ひらがなでも漢字でもアルファベットでもないのでなんだかよくわからないが、テオの発言から察するに「魔力」と書いているんだろう。
こっそりテオを見るが、私が文字を読めないということは忘れている様子。助けを求めるようにしてルカを見たが、小さく笑うだけで何も言ってくれなかった。ちょっと酷い。
しかし、意味がわからないわけではないのでテオの話の続きを聞く。
「この魔力は、ある程度生まれつきで最大量が決まっています。訓練次第で最大値を上げることはできなくはないですが、難しいです。使えば使うほど魔力は減っていきますが、寝たりご飯を食べたりして休んだら回復します」
「ふーん……」
私達の世界で言う体力みたいなもんかな、と解釈をする。訓練してもなかなかつかない、っていうのが体力とは違うことだけど。
「魔力が底をつきた状態で無理矢理魔法を使おうとすると、命にかかわります」
「え」
「魔力は生命力と直結してるんです。そのため、無理な魔法の乱用は禁物です。自分にとっての限界を知ることがまず大切になってきます」
使いすぎると死んじゃうということ、らしい。よくありそうなファンタジー設定である。
「そういう理由もあって、現在では皆魔力石を常に持ち歩くようになっています」
「魔力石?」
「はい。その名の通り、魔力を封じ込めた石のことです。魔力が底をつきた状態であっても、魔力の供給源を自分ではなく魔力石にすることで、命の危険なく魔法を行使することができます。勿論、石の中に封じ込めた魔力が底を尽きたら意味ないですけどね」
「便利なグッズがあるんだね……」
モバイル充電バッテリーみたいなものなのかな、と勝手に解釈をする。石を沢山持っていれば、無限に魔法を使うことができそうだ。
テオは説明をしながら、図の人型の横に円い石のようなものを描く。それとハートを「=」で結んでいた。
「魔力についてはこれくらいです。次に魔法を使うために必要なものとして、技術があります。ここで言う技術というのは、術式の書き方だとか、魔法行使後のイメージの作り方のことを指します」
テオは人型の斜め右下に、二重の円と六角星が用いられた、簡単な魔法陣のようなものを書いた。それに吹き出しマークが付け加えられて、木のイラストが中に入れられる。
おそらく、先程の魔法を使ったときに用いるべき技術を図示してくれているのだろう。
「イメージはより具体的であればあるほど、魔法の精度が上がります。曖昧なイメージのままでは魔法も思い通りに働いてくれません」
「術式の書き方は、どう影響してくるの?」
「なるべく早く書き終わらないとだめなんです。時間をかけすぎると、光が消えてしまうから」
「あの、指先から出ていた光?」
「そうです。あの光は元は魔力なんですが、魔力は自分の体内や石から外に出ると気化してしまうんです。そうなってしまえば、魔力でもなんでもないただの空気なので、いくら術式を書こうと意味がありません」
具体的にイメージしながら、かつ素早く術式を書かねばならないとのことである。難しいことを言う。
しかしふと、頭の中に新たな疑問が生まれた。
「……ルカって、術式描いてたっけ?」
ちらり、黙って話を聞いていた彼に視線を向けると、ルカはにこりと笑うだけで何も言わない。代わりにテオが得意げな顔をして口を開く。
「師匠は術式を省略できちゃうんです! それは高度なイメージ力と技術の為せる技です!」
「細かい指定をする魔法のときは、術式ちゃんと描くけどねー」
テオが師匠と呼ぶだけあって、ルカは魔法についてはなんだかすごい人……らしい。術式を省略することがどれだけ大変なのかはよくわからないけれど、テオを見ている感じでは余程すごいことのようである。
「じゃ、テオ。魔法を使うために必要なものの最後の1つは?」
「あ、」
興奮気味になったテオを諫めるようにして、ルカが続きを促す。テオは手元に視線を戻すと、技術について書いていた図の隣に何やら文字を書いた。
「最後は、知識です。ここで言う知識とは、術式の意味についてと、その複合の仕方についてです」
「複合?」
「はい。先程魔法の中には、自然魔法や召喚魔法、空間魔法があるということが話題にあがったと思うんですが、それらは組み合わせることによって別の魔法へと応用することができるんです」
「へぇ」
具体例がないのであまりイメージが湧かないけれど、複合して使うことができたらなんだか便利そう、という初心者なりの感想だけは抱いた。
どうやらテオがすらすらと書いている文字は、解読はできないけれど、術式の意味について書いている……ような気はする。聞こうかとも思ったが、なんだか一生懸命なのでひとまず見守ることにした。
「以上3つ。魔力、技術、知識が、魔法を使うために必要な要素です」
全てを説明し終えたテオは、なんだか達成感に満ち溢れた顔をしていた。図に書かれた文字が読めないこと以外はわかりやすくかったので、「ありがとう」と礼を言う。
「よくできました」
ルカもしっかり誉めていて、テオは嬉しそう。だがしかし。
「でもテオ、アイちゃんはこの文字読めなかったと思うよ?」
「……あ、」
私が困っていた部分についてはしっかりと注意を受けていて、その様子に師弟関係がはっきりと見えたような気がした。




