①
「あ、おかえりー」
次に私が目を開けると、そこにはルカとテオの家があった。玄関前の小さな庭のようになっている空間で、私は地に足をつけている。
ルカは魔法が上手くいったことにほっとしたようで、テオもルカの後ろから顔をのぞかせていた。
「……ただいま?」
ここが別に自分の家だというわけではないので、その言葉に違和感を覚える。「お邪魔します」のが良かったかもしれない、なんて思いつつも、私の返答にテオまでも「おかえりなさい」と言ってくれるので、訂正の機会は失った。
「いやーうまくいって良かったよ。これで呼び出したときアイちゃんがおばあちゃんになってたらどうしようかと思った」
「そんなことある?」
「ありえるよー。僕達の1日がアイちゃんの世界の50年って可能性だってあるんだから」
確かに。そうなったら私は逆浦島太郎現象に陥っていたわけか。改めて、私の世界とルカ達の世界の時差が少ないことに感謝の気持ちが湧いてくる。
「向こうの世界の時間帰ってからすぐ確認したけど、多分一緒の流れだよ。私の世界でも翌日の13時になったら召喚魔法が発動されたし」
「あ、ほんと? それは良かった。色々便利そう」
「そんなこともあるんですね」
ルカはにこにこ楽しそう。テオは感心している様子である。
私は持ってきたリュックサックを肩から外して、2人に見せた。
「少しだけ向こうの世界のもの持ってきたけど、見る?」
「いいの!?」
きらきら、ルカは目を輝かせて嬉しそうだ。テオは何も言わないが、そわそわとし始めたのがわかる。その反応を見れて満足感を味わった私は、「いいよ」と少し得意げになった。
「じゃあ、お菓子でも食べながら話そうよ。昨日も言ったけど僕、聞きたいことが沢山あるんだ。テオ、準備手伝ってもらえる?」
「はい!」
2人は家の方に向かって歩いていく。その後に、私も続いた。
自分の興味本位の気持ちで持ってきた部分も多い荷物なのだけど、ルカとテオにも興味を持ってもらえているらしい。他人からこんな風に興味を持ってもらう経験はあまり今までにないことで、なんだか恥ずかしいような、それでいて嬉しいような。
ちょっと複雑な気持ちになった。
*
「へぇ~、これが向こうの世界の本かぁ」
私の愛読書であるファンタジー小説を1冊と、恋愛小説を1冊。そして現在読みかけのファンタジー小説も1冊渡したところ、ルカは恋愛小説をパラパラと見て楽しげにしていた。
テオもファンタジー小説を広げてパラパラと見ている。
場所はリビングのソファの上。ルカとテオが向かいに並んで座っていて、私は1人で2人掛けのソファを独占している。間の机にはそれぞれ紅茶のような飲み物が3カップ分と、ケーキが3人分。
どうやらこれらのものは、昨日私とルカが買い物に行っている間にテオが別で注文をしていたらしい。本日召喚して届けてもらったのだと言っていた。
「字って読めるの?」
「ん? 読めない」
ルカの返事に少々呆れる。パラパラと読めていそうな雰囲気でページをめくるものだから、読めているものだと思っていた。
それに、現時点で私達3人の会話は滞りなく進んでいる。だから、言語も私達は一緒のものだと思っていたんだけど、文字となると異なるんだろうか。
「僕達のコミュニケーションが上手く行ってるのは、召喚魔法のおかげなんだよ」
私が抱いた疑問を汲み取ったのか、ルカはパタン、と本を閉じてそれを机の上に置きながら説明を始める。
「召喚魔法って、ある種契約みたいなものでね? 召喚された者は召喚した者を主と認めなければならないんだ。これが昨日の家具みたいな物だとまた話は変わってくるんだけど、生きてるものだったら基本的にこの主従関係がつきものになってくる」
「主従関係と言語コミュニケーションとどういう関係があるの?」
「ん? だって、コミュニケーションがとれなかったら主従関係だって破綻しちゃうでしょ? 召喚魔法の特性の1つで、召喚された者の話す言葉は召喚された環境の言語に自動的に翻訳されるようになるんだ」
「……そういうものなの?」
「そうだよ。ただ、この翻訳がうまくいくかどうかっていうのは、召喚した側の魔力コントロールも多少影響してくるんだけどね」
要は魔力コントロールが上手にできれば、翻訳機能もより正確に、長く続くってことだよ、と言葉を続ける。
そんなに召喚魔法って都合の良いものなのか。と、なんだか不思議な気持ちになってくる。オプションみたい。
「ただ、制約も勿論ある」
「どんな?」
「召喚された者が召喚した者から距離的に離れすぎちゃうと、翻訳機能が利かなくなってきちゃうんだよね。要は、僕の魔力が及ばなくなっちゃうってこと」
「ええ……」
「最悪の場合、召喚された者とした者の主従関係まで外れると、召喚された者は自力で自分の世界に帰るしかなくなる。昨日のトラとかは魔法が使えるからそれもできるんだけど、アイちゃんはそういうの無理だと思うし、僕から離れ過ぎないようにしてね」
念を押すようにして言われた言葉にこくりと頷く。まぁ、元々ルカのもとから離れたってどこに行けばよいのかもわからないし、そんなつもりもなかったからいいのだけども。
「なんだか便利なのか便利じゃないんだかわからないね」
そう告げると、ルカは苦笑いしたのであった。




