9.月を眺めながら思う
流産などの言葉がでてくるので、駄目そうならバックしてください。
今晩は。また随分空いてしまいましたが、つらつら書こうかなと思います。
今回は、最近の子供の様子と以前流産した時の話でも。
暑くなり生花はもたないのですが、奮発して切り花を飾ってます。この季節は毎年、最初の流産した子にお花を。もう何年か経過しましたが当時三ヶ月経つかくらいの時に、検診で形も見えないくらいになっていて。出血や鈍い痛みも以前からあり「ああ、いなくなっちゃったのか」と落ち着いていた気がします。
その時は冷静でしたが、直ぐに入院の手続きなどなんだか慌ただしく、体と精神的にきたのは処置前夜の処置からでした。
前夜、処置のまえに準備をするのですが、それが今でも忘れられないほど痛かった。次の日、全身麻酔で子宮の中をきれいにしてもらいました。その手術室で麻酔をかける時に看護師さんが手を握ってくれたのが、とても安心しました。
いい大人が恥ずかしいですよね。
でも、意識かもうろうとするなかで、その手の温かさ、力強さが凄かったんです。
もし、私より家族が…の時には、絶対手を握りたいと思っているくらいの影響力でした。
そして処置後、あんだけ辛かったつわりもなくなり、正直子供が苦手な私。なのに泣きました。
「ごめんなさい。ごめんなさい」と目が覚めて、ずっと謝ってた記憶があります。
それからトラウマになりました。
パートナーが「けっこうあるらしいよ」と一緒に泣いたのはなんだったのかというくらいケロッとしていたのも苛立ちましたし、処置後経過で受診の際に産婦人科と婦人科は同じ待合室なので、苦痛を感じたりして。かといって術後、数時間後に状態を診てもらった時の痛みと出血量なのか意識がとびかかったりした記憶は強くて。
また、駄目だったら?
また、処置になる?
もう恐怖しかなかったし、この怖いが薄まるまでかなりかかりました。
そして現在、毎日、トイレのお手伝い時に額を引っ掻いてくる我が子。叫ぶ声に苛立ち部屋から出てくるパートナー。
いや〜。
上手くいかないです。
笑いなきしそうなほど、ガタガタです。
そんな今夜、ふと最初の子が生きていたら、今、この子は存在しなかった。
不思議だなと癇癪に疲れ逃避の為に月を眺め思います。
健康で普通って、とてもハードルが高い。また普通って何だろうとか。
最近、子供に思うことは、親はだいたい先に逝くから食べていけるように、生きていてよかったとちょびっとでも感じられる人生になりますようにと願ってます。
逆に自分が子供に依存しないように干渉し過ぎないよう、よい距離を保ちたい。なんて思いますが、親というものになっても、親として出来ているのかわからない。
ちょっとゴチャっとなりましたが、一番近い願いは、暴力やめて。これですね。どうしたもんだか。
きっと親は、ずっと悩み事があるんだなと思いました。
長くなってしまったので、次回、教室のお話を書こうかなと思います。