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生徒たちと

 最近、アンガスの戦闘の腕が上がっている。何でも俺らの担任の青山先生に稽古をつけてもらっているらしい。アンガス曰く、他の先生とは違うようだ。それは俺もはじめから感じていたことだ。一度じっくり話してみたいものだ。


「亮、ちょっといいか?」


 噂をすれば影がさす、というやつだろうか。ちょうどよい、少し試してみるか。


「はい、大丈夫ですよ」


「そうか。最近、どうだ?」


「そうですね・・・。そういえば、手合わせしてくれる人がいなくて困っているんです。青山先生、お相手していただけませんか?」


「先生、戦闘は得意じゃないんだけどな・・・。ちょっとだけだぞ?」


 得意じゃない、そう言った先生の顔は言動とは裏腹に自信満々だった。




 ───何故だ!?得体の知れない教師に手合わせを願って、闘技場で模擬戦をしている。しかし俺の攻撃は一度も当たらない。もちろん手など抜いていない。なのに───全てが避けられる。そしてフェイントにはまるで反応しない。それはまるで予測されていたように。教師の動きは無秩序で、洗練されているとは到底思えない。事実、教師からの攻撃は一度もない。それなのに、俺の拳は、空を切るばかり。

 俺は攻撃をやめ、立ち止まった。


「・・・どうして俺の攻撃は当たらないんですか?」


自分の矜持よりもその答えが知りたかった。


「そうだな、慢心しているからかな」


 教師にあるまじき発言で俺の悪い点を指摘する。フェイントに当てる気がないとか、色々と。確かに同年代にはもちろん、上級生にもまず負けないし、負けないという自信があった。それを慢心とは・・・。


「まぁ、また何か教えて欲しかったらいつでも来い。そのための教師だからな」


 俯く俺を尻目に、青山は去っていく。俺は負けを認めざるを得なかった。



×××



 言葉が砕かれた自信の間に染み込み、埋めていく。それが吉川亮の更なる向上への萌芽となることを切に願おう。




 さて、亮に負けを与えたところで次の生徒の指導にあたるとするか。今、物語はたいした改変もなく進んでいる。それはさっきの亮の攻撃により明らかになった。元々の彼の先生は実力で全ての攻撃を避けた。僕はというと言わずもがな、物語通りに動いただけだ。顔の横を通る拳は風を切りながら唸る。その音は当たったらただではすまないことを物語っていた。殴り合いなどしたことはなく、冷や汗が止まらなかった。

 一難去ってまた一難。まだ肝を冷やさなければならない。何せ次はこの世界の最大権力の所有者、三元帥の子供だからだ。世間を知らぬ、世界を知らぬ、彼らにキツい一撃を見舞わなければならない。


 彼はその一人、ルイ・ハーネスだ。話しかける前にこの世界の世界観を確認しておこう。

 この世界はいわゆる実力社会というやつだ。王というものはおらず、三元帥が国を納めている。故に、この三人は世界最強の三人と言える。その子供たちは元帥になるべく幼い頃から戦闘の訓練を施されている。通常の幼年期を過ごした者が彼らに敵うわけがなく、先祖代々わが家系は元帥、というのが当然だった。そして三元帥は心、技、体、いずれかを冠している。大体彼らはそれに見合う戦い方をする。

 ルイ・ハーネスはまさに心を冠する元帥の息子である。




「おい、ルイ。ちょっといいか?」


「これは青山先生。どうされましたか?」


 ルイは少し人を小馬鹿にする節がある。元帥としての矜持からだろう。


「最近どうだ?何か困ったことはあるか?」


「特にありませんね。もっとも、あったこともありませんが」


 ここで重要になってくるのは実力社会ということだ。元帥より強い者が現れれば、その者が元帥に成り変わるということだ。つまり───。


「そうか?亮に負けそうで焦っているように見えるが」


 そういうことだ。ルイは図星だから、顔を歪める。


「さっき、亮に頼まれて模擬戦をしたんだよ。亮は一度も攻撃を当てることが出来なかったんだが───」


「では、このルイ・ハーネスにもお付き合いいただけませんか?」


 僕は笑顔で承諾する。高慢の鼻を折る計画は順よく進む。




「いつでもいいぞー」


「では、いきますよ!」


 ルイはそう言い、僕に向かい駆け出す。まず彼がすることは至極簡単。言葉には出していないが、少なからず僕に怒りを抱いている。ならば、全力で僕の顔に向けて右の拳を振る。顔を傾けてギリギリで避けると、次は右足の蹴り。それを後ろに飛び避ける。追撃すべく、ルイは左足の後ろ回し蹴りを放つ。その攻撃方法こそ、僕が渇望するものと知らずに。顔を狙った回し蹴りをしゃがみ避け、軸である右足を足で払う。すると必然、ルイは仰向けに倒れた。ルイは小さく苦痛に喘ぐ。僕は覗き込み、こう言う。


「亮はこれくらいなら避けたんだがなぁ」


 嘘である。亮には一度も手を出していない。


「まだやるか?」


 ルイは答えない。悔しさと息が一瞬止まった痛みを、唇を噛んで必死に耐えている。


「そうか。・・・精進しろよ。いつでも相手になってやるよ」


 そんな捨て台詞を残し、ルイのもとを去る。痛む心に、これは彼らのため、と言い聞かせながら。全ては本来の終極のために。




 今日はこれくらいにしよう。明日も二人、相手にしなければならない。しかもアンガスの特訓もあるしな。顔を出すだけはしておこう。




 ルイはまだ闘技場で、悔恨の情からか、座り込んでいる。彼からはいつもの自信は感じられない。そんなルイに近付く人影。


「これは派手に負けたなぁ!」


 この声の主はエリック・ボートン。体の名を冠する元帥を父に持つ生徒だ。ルイはそんな彼の声かけには答えない。負けという現実への抵抗か、単にエリックが気に入らないだけか。


「・・・見ていたのか」


「あぁ、バッチリと。あの教師、自分を弱々しく見せているわりに随分やり手みたいだな」


「どういうことだ?」


「ルイの攻撃動作が始まるより早く、回避動作を始めていた。あれは予測というより予知だな。」


 ルイは考える動作をする。そのような魔術があっても不思議ではないが、そんな能力を持つ者が無名な訳がない。


「いずれにせよ、彼について少し調べる必要がありそうだな」


「じゃあ俺は明日闘ってもらうか!ルイも見ておけよ」


「あぁ、そうさせてもらうよ」


 エリックはルイに手を貸し、立たせる。




───ここにも少し綻びが。塵がやがて山になるように、少しのミス、少しの改変が終極を狂わせる。その事にここで気付いていなければ、あるいは気付けていても・・・。




 順調、そう言ってもいいのではないだろうか、そんなほど上手くいっていると自負している。昨日は亮とルイの心を折り、治し、向上させた。今日はそれを後二人にする。それで学年別トーナメントの下準備は完璧。

 一人目はそろそろ自分から来るはずだ。


「先生、ちょっといいっすか?」


 彼の名前はエリック・ボートン。体の名を冠する元帥の息子だ。そのせいか、彼の体は同年代のそれより幾分成長している。筋肉質の腕から、足から繰り出される攻撃が強力なのは想像に固くない。


「エリックか。どうした?」


「ちょっと訓練に付き合ってもらっていいっすか?」




 ―──というわけで今、闘技場だ。ルイも遠くから見ているし、準備は大丈夫みたいだな。


「じゃあ、始めるぞ。忙しいから、一回だけだぞ」


「十分っすよ!」


 そう言いながら、エリックは走り出す。


「やれやれ、せっかちだな」


 僕は溜め息をつきながら、エリックの攻撃に対処しはじめる。時々避けずに受け流すと、僕の腕は悲鳴をあげる。そろそろその痛みにも耐えきれず、行動を起こす。


「攻撃意欲は買うが、足元がお留守だぞ!」


 そう言い、エリックの足を払おうとする。───が、不味いことが起こった。エリックの足の強力なこと、この上なかった。重心が軸足にあったか、体幹がしっかりしていたか。原因はどうでも良い。この世界では特筆することではないのだが、僕の足はまるで大木を蹴ったように蹴りが止まってしまった。エリックは攻撃に驚いているのだろうが、僕は自分の足の弱さに驚いていた。しかしこのままでは終われない。

 ───とは言うものの、何も出来ることはない。仕方なく、僕は立ち上がった。


「・・・よし、今回はこの辺にしておこう」


 強制終了しか手はなかった。


 そう担任に言われて、エリックは負けたのだと悟った。しかしルイのように倒される訳でもなく、殴られた訳でもない。しかも最後の蹴りの脆弱さといったら、間違いなく本気ではない。嘗められているのだ。そう思うと心の底から怒りが沸く。自分に背中を向け、去ろうとするあの教師を一度でも殴らなければ気がすまない。こんなものでは、負けたことを認められるわけがない。

 ───気が付くと走り出していた。標的は気づいていない。今ならば・・・!

 その刹那、目の前に剣が突然現れた。その剣は上から落ちてきたらしく、地面に突き刺さる。俺は足を止めざるを得なかった。こんなことがあれば、あの教師もこちらを振り向くだろう。そしてこの憤りを晴らすことはお預けだ。

 振り返った教師の顔はひどく驚いていた。しかしその剣を見た瞬間、何かに悟ったようだった。その剣を抜き、今度こそ去っていった。




「見ていたか?」


エリックはいつの間にか自分の横に立っていたルイに声をかける。


「あぁ。確かにあれは予知と言っても過言ではないな」


場を沈黙が支配する。答えの出ない疑問ほど忍びないものはない。


「調べてみるよ」


「頼んだ。そういうのはルイの方が得意だからな」


 彼らは根源に到ろうとする。それが神をも恐れぬ行為とも知らずに。


「もう一つ」


「わかっている。最後の剣の事だろう」


 誰が、どうして、どのように。もし狙ったのであれば、その誰かはたいした腕だ。生徒ではまずあり得ないだろう。では教師が?そんな凄腕の教師がいただろうか。それにしては、回りくどすぎる。元帥の息子だから直接的なことを遠慮した可能性もないわけではないが、もし剣が当たっていたら・・・、そう考えると、より安全な方法はいくらでもあるだろう。ルイは考える。エリックはルイに任せているらしく、考えているとは考えにくい、そんな呆けた顔をしている。しかし、首を捻れど答えは出ず。だからこう言うしかない。


「それも含めて調べておくよ」


 情報収集は最善の策だろうが、それが最良とは限らない。とはいえ、彼らは歩を進める。著者さえ知らぬ、目的へと。




まだ早すぎる出会いへの解答は、今という時間の先にある。彼らがそれを見つけることが出来るかどうかは定かでない。また、それがそれまで残っているかも定かでない。ならば、消え失せた最果ては何処へやら。─────探求せよ。その名に恥じぬように、思う存分。




 ───重い。腕の中にある剣は、ありえないほどの重さがあった。皆の羨望を一身に受ける、持ち主と同じように、この剣にさえ期待という鎖が巻き付いている。それゆえの、この重さ。質量とは違う重さだ。

 僕は学校で人のいない所まで急いだ。彼は、待っていたと言わんばかりに物陰から表われた。


「助かったよ。ありがとう」


 改変は否めないが、好意を無下にすることは出来ない。剣戟の操者が行動する前から変わっていたのだから、彼に非はないのだが。


「礼には及ばない。それよりも、表立った改変が増加している。今のうちに対処しておいた方が良いだろう」


彼の言うことはもっともだ。この分だと次の生徒、加えてその先の学年別トーナメントの改変は避けられないだろう。幸い、次の指導する生徒、エリナ・テルフォードとは問答のみのはず。


「そうだな、さっきのように見届けてくれるか?」


 剣戟の操者は、そんなこと造作もない、そんな顔をした。

 去り際、彼は僕の背中に手の平を向けて腕を掲げていた。


「どうした?」


「なんでもない」


 そう言い、腕を下す。もしかすると、何か言いたかったのかもしれない。呼び止める格好と言われればそう見えただろう。しかし剣戟の操者が言わなくて良いと判断したのだ。さして問題ではないだろう。

 さて、エリナ・テルフォードは技の元帥の娘であることは言うまでもない。僕がすることは価値観の変化のきっかけを与えることだ。だから問いを投げ、投げられるだけで良い。───さあ、問答の開幕といこうじゃないか。




 エリナ・テルフォードは狼狽していた。目の前の教師がいやに核心をついてくるからである。忽然と姿を現した彼は、彼女にとって担任であるだけの置看板だったに違いない。

 故に軽くあしらってしまおうと思っていた。しかし、彼女にとって聞き捨てならないことをその教師は言ったのだ。


「エリナ、少し頑張りすぎじゃないか?肩の力を抜いていけよ。強さよりも大切なこともあるんだぞ?」


 それは月並みな台詞だった。彼女は知っている、この世界で最も強力な権力は力であることを。だからこそ寸暇を惜しんで修行に明け暮れた。

 こんな戯れ言は聞き流しても良かった。だが、あえて聞き返したのだ。一体どんな詭弁が聞けるのかと。


「では、その大切なことで果たして強くなれるのでしょうか?」


「あぁ、知らないのか。エリナもまだまだだな。これじゃあ、アンガスの方が強いかもなぁ」


 多くの者が自分の力を認めていると思っていた。しかし、どうだろう。目の前の、最も近くで自分の強さを見たであろう、教師は認めていないのだ。それどころか、彼の格付けは今まで眼中にもなかった落ちこぼれより下なのだ。それは狼狽を憤慨に変えるのには十分だった。しかし、彼女は自分を落ち着かせる。強者とは、平常心を保ち、一時の感情では行動しない。そういう者にならなければいけないのだから。


「今までは一番だったか知れないが、アンガスに負け、亮に負け、それで第三位だ。これで元帥が務まるのかなぁ」


 だとしてもこの第二波には耐えられなかった。それは教師が思っているより、エリナを卑下しているように聞こえたからだ。


───誰よりも強く。そのために何があっても、耐えて、耐えて、耐えて、耐えて、耐えて、耐えてきたのだ!それが何も知らぬ教師ごときに非難されて良い訳がない!

 頭より早く、体が動いていた。


「我に仇なす者に爆散を与えよ!」


 その言葉と共に発生した火の弾は、教師の元へと直向かう。息を呑む彼は、まだ動けていなかった。それもそのはず、こんな未来などなかったのだから。

 爆音が鳴り響く。避ける筈がなかった。避けられる筈がなかった。現に、あの教師がいた場所を爆心にして煙が上がっている。

 うまく息が出来なかった。これは怒りからか、それとも達成感に伴う興奮からか。どちらにせよ、あの教師を目の前から排除したのだ。暫くしたら収まるだろう。

 エリナが我に帰ると息苦しさは増して感じられた。気づいたのだ、自分が何をしたのかを。無辜の民を殺した、それは自分の思慮の浅さが犯した罪。なんて愚かなのだろう。赦罪されることない人生。たとえ強くても、誰が慕ってくれよう。なんという虚脱感、なんという喪失感。なんと軽々と、越えてはいけない一線を越えたのだろう。私利私欲の犠牲の上に成り立つ強さはこんなにも汚れているのか。


「これが強さなの?ねぇ、教えてよ・・・。大切なものって何よ・・・?教えてよ・・・、教えてよ!!」


 そんな叫びとともに心が崩れていく。彼の口から出たものはすべて昔にエリナも口にしたものだった。過去の幼稚さは捨てたはずだ。なのにまた教師の皮を被って目の前に現れた。許せるはずがなかった。自身が捨てたものが必要なものなど。言うまでもなくエリナの矜持は受け入れなかった。

 全身の力が抜ける。地面に弱々しく座り込む彼女からはいつもの自信は感じられなかった。自身にないものばかりで構成された彼は何を教えてくれたのだろう。もし次があるとしたら何を学べたのだろう。


「何を教えてくれたのかなぁ・・・」


 自然に口から出た。それは自身から頼る最初のことだった。わかっていたのだ、彼は自身を教えるのに足る人物だということは。極めて小さく、楽に埋もれる。落ちてしまえば簡単に消えてしまうほどの。

だが、そんな落し物もいつかは見つかる。今回も例に漏れることなく―――優しく、しかししっかり拾われた。


「そ、そうだな・・・魔術ではないのは確かだな」


 それはそれは震える手、いや震える声で。けれどそれはとても頼もしく感じた。

生きている、自分は殺していない。安堵が身体を駆け巡る。しかし身体は動かない。どうやら腰が抜けているらしい。

 彼は迷いなく近づいてくる。一歩一歩確かに、ゆるぎない。怖くはないのだろうか、殺されかけた相手なのに。目の前にいるはずなのに、よく見えない。いや、目が見ようとしないのだ。罪悪感に苛まれる私に、まっすぐ見ることなど適わないのだ。

 その教師が私の前で立ち止まる。腕を動かす。あぁ、これが恐怖か。殴られるか、もしくは魔術か。当然の報いであるが、同じことをされようとすると怖いのだ。エリナは目を瞑り、歯を食い縛った。

 次に手の感触がしたのは頭だった。なぜか優しく撫でられていた。


「エリナには覚悟も足りないらしい。―――大丈夫。これから学んでいこう」


 覚悟か、していたはずなんだけどな。エリナは顔を上げる。先生の顔は愛に満ち溢れていた。もちろん愛などわからない。でもこれが愛のような気がした。何の意味のない感覚だ。そんな目に見えないもの、今までは馬鹿にしていたのに。この安心感に抱かれる感じは嫌いではなかった。


「エリナ、お前は強い。だからといって涙を流していけないわけではない」

 そう言って頬に流れる涙を指ですくう。泣いていたのか。なるほど先生の顔がうまく見えないはずだ。人をけなしたり、褒めたり言っていることが矛盾している。そう思うと笑えてくる。エリナが笑うと先生も笑顔になる。久しぶりに笑った気がした。


「大いに泣け、大いに笑え!誰よりも人間らしくなれ。まずはそれからだ」


 先生はそう言いながら去っていく。その背中は私に安心すら与えた。しかし去り際に余計な一言を少々。


「アンガスと亮の戦闘は見ておけよ。きっと得るものがある」


 やはり、エリナは第三位らしい。でもさっきのようには思わなかった。悔しくないといえば嘘になる。だが、この事実に伴った副産物はとても貴重なものだ。

 先生に認めてもらおう。そのための努力を。きっとこの先生がいれば―――。




 僕は憤慨していた。悲観しているのかもしれない。もちろん、エリナに向けてではない。まして、助けてくれた彼にでもない。自分の不甲斐無さに、だ。この弱さは罪だ。この世界を担う者にはあるまじき弱さ。まったく腹が立つ。震える足に鞭を打ち、どうにかこうにか歩いている。


「どうした、そんなに興奮して。まさか私に怒っているのか?・・・確かに言っておくべきだったな。保険としていたため、さして重要ではないと思ってな」


 剣戟の操者は突然傍らに立つ。神出鬼没なのにはもう慣れた。無愛想だが、言葉の端々には気遣いが見え隠れする。しかし、僕はうまく自制が出来なかった。


「違う!感謝している!・・・気が高ぶっているだけだ。少し一人にさせてくれ」


 彼の顔が見られなかった。命まで救っておいて貰いながら八つ当たりなんて、なんて幼稚なのだろう。きっと心配しているに違いない。しかし僕にはそのまま立ち去るしか選択肢しかなかった。ちっぽけな矜持が、邪険に扱った後の謝罪を許さなかった。人のことなど言えない、僕はエリナより弱い。




 夜、そんな気持ちを引きずる僕は桜に見透かされた。桜だから、というわけではないだろう。僕は顔に出やすい方だ。そんなことを考えるだけで気持ちは沈んでいく。


「どうしたの?そんな顔をして、何かあった?」


 なんて幸せなのだろう。気遣ってくれる仲間がいて、心配してくれる妻がいる。これが現実ならどんなに良かったことか。―――そうだ、現実ではないのだ。少しぐらい甘えたっていいよな?

 僕は今日のことを話した。エリナのこと、剣戟の操者のこと、そして僕の気持ちのこと。桜はただ頷くだけだった。それだけで良かった。桜が一緒に背負ってくれる。少し清算出来た気がした。

 学年別トーナメントはもうすぐそこだ。僕が不安を見せてどうする。アンガスを、亮を、エリナを、そして皆を導くんだ。僕は、この世界の操者なのだから。




こうして、技の進歩は図られた。それに伴い、力と心も。帝王は突然の強者に戦慄するだろう。それでもなお、ある世界を統べる。故に、憧憬され、目指される。そして彼の者は近づけ、遠ざける。改変に従え、そして抗え。高く登れば全てが変わる。


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