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操者たる資格

 歩く度に身体に痛みが走る。派手にやられたものだ。


「マスター、少し休もう」


 剣戟の操者は道脇のベンチを指差す。僕の身体を気遣い、ゆっくりと腰を下ろさせてくれる。痛みが支配していた頭を安堵と休息により、今度は疑問が満たしていく。


「質問をしたそうな顔だな」


 当然である。本来剣戟の操者はこの時代いないはずである。何故なら彼は───。


「何故今ここに存在できる?」


「貴方が招喚したからだろう」


 確かに来て欲しいと願った。助けて欲しいと招き喚んだ。しかし・・・。


「何故自分が小説を持っているのか疑問を持ったことはないか?」


 その言葉が引き金となる。これが魔術を使えない僕へのツケなのか。この能力を開花させるためだけのイベント。世界を改変出来るほど強大な能力。僕は武者震いを禁じ得なかった。そう、青山英次が演ずる者の二つ名は、無種の召喚師。英雄たる剣戟の操者を招喚した僕にはふさわしいものである。

 彼のマントは黄金に輝いている。それは誰もが憧れる象徴の色といってもいい。風になびくほど軽く、それゆえに重い。だというのに彼の剣は、ひどく飾り気がない。アンバランスもいいところだ。しかし彼にはこれが良いらしい。二つ合わせて中庸。背中の輝きと腰の凡庸。しかしそれは願望で、そうありたいと思った結果である。真実は不変など有り得ないのだから。剣戟の操者は、正義の味方であり、人間である。故に偏り、すぐに変化する。


「どうかしたのか?」


 僕は思ったより彼を見てしまっていたらしい。彼から暗に指摘を受けてしまった。特に何もないのだ。今のところは。


「いや、何もない。しかし、なんというか・・・。その恰好はひどく目立つな」


「それを君が言うか。なんとも可笑しな話だ」


 こうして有耶無耶にする。僕の頭の中は、フル稼働して今の状況の理解を処理していた。

 疑問は尽きることはないがこのまま考えていても埒があかない。まあ彼がいることで物語への武力介入が出来るようになったのだ。これは凄い前進といえよう。


「マスター、ひとついいか?」


 突然剣戟の操者は言う。


「どうした?」


「今日は予定があったのではないのか?」


「あっ!しまった!」


 アンガスとの約束をすっかり忘れていた。この後急いで向かったのは言うまでもない。




「すまん!遅くなった!」


 自分の家にまた不法侵入されたせいか、僕の大声のせいか、アンガスはとても驚いていた。


「先生、どうしたのですか?」


 アンガスは僕の遅刻に怒っていない。まして訪問の理由も知らなさそうだ。確か今夜から特訓する予定のはず。まさか・・・。僕は必死に自分の記憶を参照する。すっかり特訓のことを言うのを忘れていた。


「勝ちたいなら特訓するぞ!」


 変なテンションで自分のミスをごまかす。そんなこと誰も知り得ないのに。


「ところで・・・後ろの方は誰ですか?」


 アンガスの質問で後ろに振り返る。そこには剣戟の操者がいた。困惑の声が出そうになる。彼の意外な行動に驚きを隠せなかった。剣戟の操者はアンガスの特訓の内容を知っているはず。だというのに何故か。それは彼がアンガスの質問に答える形ですぐわかった。


「君の先生に頼まれて、君を鍛えることになった者だ。名前は、そうだな・・・マネとでも呼んでくれ」


「わかりました、マネさん。よろしくお願いします」


 マネ、もとい剣戟の操者は自分で提示した名前が呼ばれると、愉快そうに鼻を鳴らした。


「さて、今夜からでも特訓を始めよう」


「はい!」


 気合い十分なアンガスは剣戟の操者とともに庭に出ていった。

 マネか、マネージャーの略かな。剣戟の操者、つまり剣戟の管理者にはお似合いかもしれないな。




 金属が重なる音がする。目の前では、剣戟の操者とアンガスが剣で打ち合っている。

 ここ最近のアンガスの成長ぶりは著しい。それは精神面での安定が基因しているだろう。学校でのいじめが、亮がいるため起こらない。そして友達がいる。それだけで彼にはこの世界が色鮮やかに見えているはずだ。

 剣戟の操者の教え方は適切で素晴らしかった。僕が教えるよりずっといい。しかし少々厳しすぎるのがたまに傷か。

 余談だが、今の問題を強いて言えば、剣戟の操者を喚んだのはいいが還し方がわからないことだ。当面は問題ないが、この問題を解決しておいて損はないだろう。


 アンガスは剣戟の操者との鍔迫り合いののち、押し切られて思わず尻餅をつく。


「うわっ」


 アンガスは声をあげるが、剣戟の操者は気にしていない。


「早く立て。この程度で倒れるとは情けない」


 ・・・少し厳しすぎないか?

 先程も言ったが、アンガスの成長は著しい。これなら剣術だけで普通の生徒なら勝ててしまうだろう。しかしアンガスは学年別トーナメントで準優勝しなければならない。それが今回の筋書きなのだ。




「今日はこれくらいにしておこう」


 僕がそう言うと剣戟の操者は剣を振るう手を止める。アンガスは終了と聞いて、集中力が切れたのかその場に座り込む。


「疲れた・・・。マネさん、ありがとうございました」


 そうすると剣戟の操者は立ち去ろうとする。いつもそうなのだ。特訓が終わると何処かに行ってしまう。そして特訓の時間になるとアンガス家に姿を現す。その間何をしているのか、聞けないし言わないのだ。しかしいつもこうだと好奇心をくすぐられる。しかも今日は話したいこともある。


「待ってくれ。今日は三人で話し合いたいことがある。一旦家に入ろう」


 アンガスは言わずもがな、剣戟の操者も静かに僕の指示に従った。




「さて、議題はもちろん学年別トーナメントのことだ」


 剣戟の操者は腕を組み、脚を組み、ソファに座っている。その顔は見方によれば不機嫌にも見える。一方アンガスは、地べたに正座をしている。この温度差はなんなのだろう・・・。


「アンガスには剣術の強化をしてもらっているが、それでは最後まで勝ち抜くのは難しい。そこでとって

おきを用意する必要がある」


 アンガスは目を輝かせている。必殺技が手に入るのではそうなるのも必然だ。


「実は一つはもう考えてある。それは魔術だ」


 魔術、そう聞いたアンガスは俯く。自分に自信が持てないのだろう。しかしアンガスは出来るようになるようになっているのだ。


「大丈夫だ、アンガス。君には最高の先生がいる」


 そう言い、僕は剣戟の操者を見る。ソファに座っている彼は小さく溜め息をついた。


「念のため、もう一つとっておきが欲しい。何か良い案はないか?」


 改変が起こったら何が起きるかわからないからな 。備えあれば憂いなしってやつだ。

 返って来たのは沈黙。アンガスには初めから期待していないが、剣戟の操者は考えてもいなさそうだ。


「はぁ・・・。じゃあちょっと考えておいてくれ」


 これで今日のところはお開きにした。剣戟の操者と考えるか。




「待ってくれ。いつもどこに行っているんだ?」


 帰りに剣戟の操者に素朴な疑問をぶつける。彼は振り返らずに言う。


「・・・マスターには関係ない。そんなことより、彼を勝たせる方法を考えるべきだ」


「そうか。じゃあ今夜、家に来い。これは命令だ」


 踏み込んでほしくないところもあるだろうが、気になって仕方ないのだ。これが親心というやつか。


「・・・承知した、マスター」


 彼はどう思っているのだろう。剣戟の操者が発した言葉からは、なにもわからなかった。

 無言で歩く。そんな空気に耐えられず、話しかける。


「なぁ、学年別トーナメントで準優勝できると思うか?」


「わからない。が、マスターの言った通り、イレギュラーに対応出来るようにしておくべきだな」


「任せきりで悪いな」


「問題ない。マスターというものは従者を酷使するものだ」


「酷いなぁ。・・・そんなに大変か?」


「冗談だ」


 微笑だが、剣戟の操者が笑うところを初めて見た。彼というキャラに愛着がわく。願わくは、幸せにしてあげたい。しかしそれは物語の改変と同義。僕は心を鬼にするしかなかった。




 家に帰ると、やはり桜が迎えてくれた。


「お帰りなさい。あら、そちらの方は・・・剣戟の操者さんね」


 桜は大体のことを知っている。もうキャラという枠に収まっていない。僕は苦笑いしか出来ない。


「・・・どうも」


 剣戟の操者は会釈をする。あまり面識がないから仕方ないことか。




 夕食を終え、紅茶などを飲みながらとっておきについて話し合う。


「あら、あの魔術じゃ駄目なの?」


 桜が話に割り込んでくる。あの魔術とは学年別トーナメントでアンガスが使うはずのもの。


「もちろんそれは確実に習得してもらう。今話しているのは予備のとっておきだ。この世界が改変してしまう以上、元の話のままいくか不安だからな」


 桜に経緯を話したので三人で考える。三人よれば文殊の知恵、きっと良い案が出るはず。


 一番に口を開いたのは剣戟の操者だった。


「考えているところ悪いが、何故考える必要がある?学年別トーナメント、延いては戦闘というものは自分で考案するものだ。彼がマスターに言われたままの作戦を実行したならば、勝てるのかもしれない。だが、その後は?・・・そんなもの誰かの操り人形になるのは必然だ」


 つまりアンガスに自力で勝ち抜け、と。


「まさか・・・」


 気持ちが揺らぐ。剣戟の操者の言葉はそれほど痛々しかった。僕は何も言えなかった。そんな姿を見越してか、桜が言う。


「そうね。とても正しいわ。さすがは剣戟の操者ね。でも彼はまだ学生よ。まずは道を示してあげるべきじゃないかしら?───あなたもそうだったように」


 その言葉に剣戟の操者は一瞬反応する。


「ただ意見を述べただけだ。最終決定はマスターがする」


 剣戟の操者は立ち上がり、玄関の方に向かう。彼の背中からは哀愁が漂っていた。


「待ちなさい」


 桜は彼に呼び掛ける。あの状況で話し掛けられるのは桜ぐらいだろう。なんとも図太・・・もとい肝が据わっている。


「今夜は泊まっていきなさい」


 やっぱり図太いわ。




 この夜、僕は深夜に目が覚めた。何か夢を見た気がしたが 、覚えていない。夢とはそういうものだ。儚く、残らず醒める。

 剣戟の操者が寝ている姿を見るためにベッドを出た。意外というか、案の定というか、彼の姿はベッドになかった。




「やっぱりここか」


 剣戟の操者はこの街を一望できる丘にいた。彼は街を見下ろしている。僕の呼び掛けに振り返らずに答える。


「マスターか。どうした?こんな夜中に」


「特に用はないけど・・・」


 沈黙が流れる。僕は彼の横に立つ。なんて大きいのだろう。彼の経験したことはどれだけ苦況だったのだろう。同情は出来る。しかしその苦しさは経験者のみぞ知る。僕はそのことが聞きたかった。


「なぁ」


「なんだ、マスター」


「幸せだったか?あんな結末で」


 剣戟の操者は口を開くのを渋っているようだったが、予想通りの答えが返って来た。


「・・・・・・そんな訳ないだろう」


 わかっていた。幸せであるわけがない。僕は何か言わなければならなかった。しかし口から何かが出ることはなかった。そんな姿を見越してか、剣戟の操者は言う。


「・・・が、別にマスターが悪い訳ではない。力のない者が悪いのだ」


 自嘲気味に言う。剣戟の操者ほどの力があっても、力のない者。そう思わざるを得なかったのは、僕のせい。


「剣戟の操者などという傀儡は存在すべきではなかったのだ」

静かにそう剣戟の操者は言い放つ。


「そんなことはない!どれだけの人が救われたと───」


「確かに救われた者もいただろう。それは否定しない。だが、救われなかった者は?・・・そんなもの、比べる必要さえない」


 なにがあろうとも、僕は小説家なのだ。一人のキャラのために物語を改変する訳にはいかない。僕は唇を噛むほかなかった。


「出来ることなら彼には・・・」


「・・・すまない」


 僕は謝ることしか出来ない。




 家に帰ると、桜が待っていた。


「つらい思いをしに行くなんて、どうかしているわね」


 きつい物言いだが、心配してくれているのだろう。


「あぁ、そうだな・・・」


 しかしその言葉は頭には入って来なかった。気にしてはならない愚行で頭はいっぱいだった。僕はおぼつかない足取りで寝室に向かう。

 すると突然後ろから抱きつかれた。桜が抱きついてきたということを頭が認識するのに数秒かかった。


「な、何してるんだよ!?」


 僕は慌てふためいているが、桜は動じない。ふと、あるシーンを頭がよぎる。


「そんなに自分を責めないで。そんなに一人で背負い込まないで。私は貴方の妻よ。どうか私にその苦しみを分散して下さい。だって私たち、夫婦なのよ!」


 桜の気持ちが伝わる。一人ではないことがこんなにも心強いのは初めてだった。


「まんまじゃないか」


 桜が演じるはずだったシーンと同じ。僕は少し笑ってしまった。でも───。


「ありがとう。桜のおかげで頑張れそうな気がするよ」


 桜は素っ気ない返事をする。さっきの言葉が嘘であるかのように。しかし彼女の気持ちが嘘ではないことは確かだった。僕から離れた桜の頬はほんのり赤い気がした。




 次の日からの特訓は、今まで通りと変わらず行われた。しかし魔術の特訓は思うように進まないようだった。

 アンガスは手を膝につき、声を切らせている。


「どうした、もう諦めたのか?」


 剣戟の操者は例のごとくアンガスにきつい物言いだ。しかしアンガスはこんなことでは挫けない。


「まだ・・・いけます!」


 アンガスは顔を上げ、目を閉じ、集中する。彼がしようとしていることは、手のひらから電気の弾を出すこと。これが出来なければ、とっておきを使うのは不可能だ。しかし剣戟の操者に任せておけば大丈夫だろう。基礎をしっかりとするのは誰しもの必要事項だ。無論、剣戟の操者も例外でない。その苦労を知ることで、教示に箔が付く。剣戟の操者より適任は他にいないだろう。




 さて、僕はそろそろ物語を準じるとしよう。なんせ僕はアンガス一人の先生ではないのだから。まずは───亮だな。

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