引き合う者たち
びびった・・・。ティーダがもし攻撃を止めていかなったとすると僕はただでは済まなかっただろう。周りは騒然としている。皆が、教師が止めるなんて、と思っているはずだ。いいかんじで演じられているな。だが魔術が使えないツケがどこで回ってくるのか、それが心配だった。
「ふう、じゃあ次は───」
皆が模擬戦を終える。優秀な亮はもちろん圧勝。また注目の的だ。
「さて、次は教室で授業だから遅れるなよ。解散」
ここで僕が立ち去ろうとすると、一人の生徒が質問をするんだよ。
「先生、質問しても宜しいでしょうか?」
ほらね。彼はユーリアン・ファーガス。四大貴族である。彼はプライドが高く、自身が何事も一番だと思っている。
「先生の目から見て、誰が一番だとお思いになりましたか?」
当然自分である、そんな顔で聞いてくる。もちろんそんなはずはないのだが、いかんせんまずまずの実力を持っているのだ。本当にたちが悪い。
「そうだな・・・。強いて言うなら吉川かな」
こう言うとユーリアン対亮の始まりだ。
「有り得ない・・・。そんなこと有り得ない!私がこんな転校生ごときより弱いと言うんですか!?」
「じゃあ戦ってみようか?」
そして亮も結構短気なんだよな。
亮が僕に確認をとる。
「少しだけだぞ」
呆れたように言う。しかし内心は楽しみで仕方ない。模擬戦では亮は魔術を使わず勝った。だがユーリアンが相手ではそうはいかない。亮の魔術に期待が高まる。
「はじめ!」
開始の合図と共にユーリアンは雷の弾を自身の背後に出現させた。
「どうです?降参するなら今の内ですよ」
そう言いつつ、あと三つほど雷の弾を出現させる。
「今の私の姿はさながら雷神でしょうか。」
ユーリアンは自画自賛し、悦に入っている。
「だとしたら弱い雷神もいたもんだな」
「私を侮辱しましたね。いいでしょう、死になさい」
本当に殺してしまったら、大問題だが、売り言葉に買い言葉、少々言葉が荒くなるのは仕方のないことだ。
ユーリアンが亮に手を向ける。それに連動する形で、雷の弾が一つは亮に向かう。亮はそれに向かって手の平を出す。ただそれだけで亮の手の平に雷の弾が触れた瞬間、雷の弾は───消えた。
「なっ!?」
ユーリアンは驚きを隠せないみたいだ。ここらへんで止めておこう。
「そこら辺にしとけ。続きは学年別トーナメントに取っておけ」
学年別トーナメント。文字通り学年の戦闘能力の順位を決めるトーナメントだ。それまでにアンガスを強くしなければならないという仕事もあるのだ。
学年別トーナメントという言葉に反応してユーリアンは攻撃を止める。
「ふん、寿命が延びましたね」
幕切れは面白いものではなかったがよしとしよう。
教室での授業は難無く終わる。僕の受け持ちは主に社会だ。明日も楽しみだ。
×××
日課になりつつあった、ティーダからの暴力は今日に限ってなかった。その変わりといってはなんだが、物騒なつぶやきが僕の耳に入る。
「あの教師め・・・。お父様に言い付けてやる・・・」
教室で、ティーダは呟く。嫌なものを聞いてしまった。彼を刺激しなように、僕は静かに帰路についた。
家に帰ると先生がいなかった。何故先生がいそうだと思ったのかわからない。先生が僕に構う訳無いのに。僕の父と母は昔に他界してしまった。遺してくれたのはこの家とお金。僕が卒業するまでは不自由しないほどある。もっとも、欲しいものなどないので全然お金は消耗しない。
玄関からドアを開ける音がした。まさか、強盗?足音から察するにまっすぐ僕の部屋に向かって来ている。しかし僕は恐怖で動けない。無情にもドアが開き───そこには先生がいた。
先生は驚いた顔をした。僕がまだ帰って来ていないと思っていたような顔だ。
「先生、何をやっているのですか。不法侵入ですよ」
どうやら先生は強引な性格のようだ。ごまかして、本題のような話をし出した。
「アンガス、学年別トーナメントで勝ちたくないか?」
「興味無いです」
「お前には強くなる素質がある。そして僕は君を強くできる」
そんな甘い悪魔の囁きに心が揺れる。人と関わってもいいことなんてない、そう思う前は積極的に関係を持とうとした。結果はすべて同じ。落ちこぼれだから裏切られる。そんな悲しい思いをするのならはじめから関わらない方がいい、それが僕の結論だった。しかし先生は違う。僕を落ちこぼれと知った上でなお近付いてくる。───信じてみてもいいかもしれない。単純にそう思った。
「勝ちたくないか?」
先生はもう一度聞いてくる。
「・・・・・・たい」
「何だって?」
声がうまく出ない。早く答えないと先生が心変わりしてしまうかも。僕は勇気を振り絞り、もう一度その言葉を口にする。
「勝ちたいです」
先生には他の人とは違うものを感じた。最後に先生を信頼してみよう。もう一度ぐらい裏切られたところでどうってことないし。
「そうか、じゃあ僕は帰るよ」
「えっ?」
「今日はそれを聞きに来ただけだし」
そう言い、先生は本当に帰って行った。何とも気の抜けた学校初日の最後だった。
そういえば、ティーダの呟きを伝えることはできなかった。機会があれば良いのだが。
何を勘違いしたのだろう。変わったのは先生だけ。それだけですべてが変わった気がした。
「よぉ、落ちこぼれ。」
ティーダを含む学生三人が僕を取り囲む。ここは教室だというのに何の遠慮も配慮もない。ただ僕を殴り倒し、見下し笑い、蹴りつづける。まだ来ている生徒は少ないが、確かにそこにいる。しかし彼等は見て見ぬふり。まるで僕がここにいないかのように。それは仕方ないのかもしれない。ティーダは四大貴族。下手に反抗すれば後で何をされるかわかったもんじゃない。助けて欲しい。何度それを今までに願ったことか。結果は無情だった。英雄的行動をしてくれる人は誰もいない。
ドアが開く音がした。また動く有機物がただ教室を埋めるだけ。───そう思っていた。
「四大貴族というのは、弱いもの虐めしか出来ない奴ばかりなのか」
明らかにティーダを揶揄する言葉。それは黒髪が特徴の転校生から放たれたものだった。ティーダは手を止めて、転校生の方を向く。
「なんだと?」
ティーダの言葉に怒気が含まれていることは言うまでもない。
「君達の地方では新参者は盾突くのが決まりみたいだな」
多分その言葉には先生も含まれているのだろう。
「四大貴族というのはよく吠えるのが決まりみたいだな」
ティーダの口調を真似ていた。多分その言葉にはユーリアンも含まれているのだろう。
ティーダは殴りかかるだろうと思った。しかしそれは起こらなかった。昨日のユーリアンとの戦いを見て警戒しているのだろうか。なんにせよ、適切な判断ではある。ティーダが転校生に勝てないことは明白だ。
「まぁいいさ、学年別トーナメントが楽しみだ」
ティーダ達は去っていた。
「大丈夫か?」
転校生が僕を気遣う。思っていたよりいいやつらしい。昨日無視したことを少し後悔する。
「大丈夫。ありがとう、えっと・・・」
「亮、吉川亮だ。よろしくな」
名前を覚えていかったのが恥ずかしく思える。
「よろしく・・・」
こんなときどうしていいのかわからない。なんせ初めてのことだから。
吉川亮はそんなことお構いなしに話してくる。友達が出来るか心配だったとか、色々。僕は話を聞いているだけだったがとても幸せに感じた。
ドアが開き先生が入ってくる。いままでの景色がまるで偽物だったかのように今は色鮮やかに景色が時を刻んでいた。
×××
僕が教室に入るとアンガスが亮の話を楽しそうに聞いていた。どうやら朝のイベントとは上手くいったらしい。
「今日は特に連絡はない。授業はしっかり受けるように」
業務連絡を終え、授業を始める。ここからの今日は特に変わったことなく終わるのが原作である。
しかしながら、放課後校長に呼ばれるというイレギュラーが起こった。
「すまないが、マードック家の屋敷に行ってくれ。現当主が新しい教師に挨拶したいとうるさいんだ。学
校としては寄附をしてもらっているから断れなくてね」
ストーリーの大幅な変化に思わず驚く。何が起こるかわからない。修正しなければならないが、これはアンガスに直接関係がない。すぐに終わらせてアンガスの家に行けば問題ないだろう。
流石は四大貴族の屋敷。内装は豪華絢爛。本当にここが応接間なのか疑ってしまう。
なぜなら僕の小説にはマードック家の応接間の描写はない。設定のないところもしっかり補ってこの世界は出来ているようだ。
広い応接間にテーブルを挟みティーダの父親と向かい合って座っている。彼はたわいない世間話をしている。僕はそれに答えてはいるが、壁に沿って立っている使用人の量が気になった。
ふとティーダの父親は世間話を止める。
「そろそろ本題に入りましょうか。今日あなたを呼んだのは他でもありません。昨日息子を随分と虚仮にしてくれたようで」
彼の表情は一瞬にして冷たいものへと変わる。それを契機に使用人達はどこからともなく刀を出す。
「あなたみたいな自分の地位がわかっていない人は教師にふさわしくありません。教師ごときが四大貴族に刃向かうなんて・・・。その不敬は万死に値しますよ」
丁寧な口調の中に四大貴族である矜持が見え隠れしている。語弊があるな、隠れてなど微塵もない。成る程、この親の背中を見て育てばあんなふうになるのは必然だな、と客観的にティーダの捻れた性格の原因を分析しているが状況はこの上なく悪い。魔術の使えない僕はこの状況を確実に打破出来ない。殺されないとは思うが・・・。
「苦しめてから殺してやれ」
当主がそう言うと使用人の一人が刀を振る。僕は咄嗟に後ろに跳び避ける。本能って凄いものだ。しかし、頬を少し掠めた。少し切れたようで、血が頬を伝う。その後で痛みがやって来る。痛い。そのことは僕に恐怖を植え付けるのに十分だった。死という恐怖。それはとても鮮烈で、僕の思考を停止させた。
僕を使用人が取り囲む。刀を使い、少しずつ切り傷をつくっていく。簡単だ、僕の足は竦み、試し切りをしているのとなんら変わりない。その痛みでもううずくまるしかなかった。それでも止まない攻撃。殺さないためだろうか、刀を使わず蹴りをいれてくる。アンガスもこんな気持ちだったのだろう。誰か助けて。そう何度も願ったはず、望んだはず。そうしてやっと今日亮に助けてもらえる。僕の場合いつになることやら。
「止めろ」
当主がそう言うと攻撃が止む。
「命乞いしろ。そうしたら俺の気持ちが変わるかもしれんぞ?」
彼はせせら笑う。痛みで喋ることも出来ない。何も反応しない僕に飽きたのかこう言い放つ。
「ふん、四大貴族の俺が直々に殺してやる。有り難く思えよ」
僕が死んだらどうなるのだろうか。このまま世界が改変するのか、それとも正しいストーリーを刻むのか。
ここにあるはずのないものを見た。目の前の床には家に置いてきたはずの僕の小説が転がっていた。マードック家当主は刀をもう振り上げている。僕は最後の力を振り絞り小説に手を伸ばす。小説に手が触れた瞬間、イメージが頭に流れ込んできた。金の衣を纏い、しかしその神々しさに見合わぬ鉄の剣を腰に携える姿。マードック家当主は刀を振り下ろす。迷っている暇は無かった。僕は彼の名前を叫ぶ。
「助けてくれ!剣戟の操者!!」
その瞬間、小説が光り輝いた。
「なんだ!?」
その光の眩しさゆえに手で目を覆い隠しつつ、マードックはうろたえた。かくいう僕も目を伏せざるをえなかった。
目を開けるとそこには金の衣を纏いし彼、剣戟の操者がいた。
「マスターの招喚に従い参上した。随分面倒なところに喚ばれたものだ」
剣戟の操者はやれやれと呆れた顔をする。僕は驚倒を隠し得なかった。それはマードックも同じらしい。
「どうした、マスター。貴方が呼んだというのに」
彼は笑いを漏らす。僕の呆気に取られた顔がそんなにも面白かったのだろうか。
「貴様っ!どこから入って来た!?」
マードックが叫ぶ。彼はそれを一蹴する。マードックを見る目は、僕に向けられる優しく温かいものとはあまりに掛け離れていた。
「黙れ。マスターを傷付けた罪は重いぞ」
そう言い、彼は腕を上げる。するとマードック達の持つ刀が天井に吸い寄せられる。離さず抵抗していた者もいたが、遂にすべての刀が天井に張り付いた。
「まだやるか?」
剣戟の操者は言う。マードックは口をつぐんでいる。
「では帰らせてもらうぞ。大丈夫か?マスター」
僕を気遣い、肩を貸してくれる。
誰も動かない。まるで電池の切れたロボットのようだった。