09 花姫が攫われました。
三人称。
「リリーナ!!」
リリーナの帰りを城のバルコニーで待っていたベアトリスは、その光景を目にして思わず大きな声を上げた。
空中を歩き、リユニの花を降らせていたリリーナが、噛み付いたドラゴンに連れ攫われたのだ。
瞬く間に黄金色のドラゴンは、東の空へと離れていってしまう。
そんな中、飛び出す者がいた。
煌めく紫の髪を持つ騎士副団長のフローライト・チャステイン。
彼は上空を風の魔法で飛び、空中魔法で足場を作り、それを大きく蹴り飛ばすようにしてジャンプを繰り返した。
「ば、バカな! 風魔法と空中魔法を駆使して、ドラゴンを追うつもりなのか!? 無謀だ!!」
ベアトリスのそばにいたクラウドは、それを目にして驚愕する。
誰の目で見ても、あの強大なドラゴンに追い付けるとは思えなかった。
「っ!」
「待て! ベア! 君は何をするつもりなんだ!?」
バルコニーの手摺りに身を乗り出したベアを、クラウドが止める。
「わたくしも追うわ!」
「無謀だ! フローライト様にも不可能だ!! 残念だがアイツはもうっ!!」
「アイツだなんて言わないで!!」
制止させるクラウドの手を振り払い、ベアは声を上げた。
「名前はリリーナ!! わたくしの親友よ!! わたくしの大切なっ、大切なっ……ああっ!」
「べ、ベアトリス……」
いつもは穏やかなに見つめる眼差しはなく、その青い瞳から大粒の涙を零すベアトリスは崩れ落ちてしまった。
クラウドが言いかけた通り、リリーナの生死は望みが薄い。
ドラゴンに連れ去れれてしまったのだ。追い付けるはずもない。
泣くベアトリスの肩を撫でることしか出来ないクラウドが、ふと顔を上げればまたもや驚愕する光景を目にすることになった。
◇◆◆◆◇
風の魔法が己の身体を空へと吹き飛ばしながら、空中で魔力の足場を作って飛び跳ねていたフローライトは、三つの魔力が追いかけていることを察知して振り返る。
そこには、前日祭りで会った三つ子がいたのだ。
「帰れ。オレに気圧されるくらいではあのドラゴンと戦えやしない」
「っ……」
フローライトに突き付けられた事実と睨みに、ルキー達は怯む。
「しかし、僕らならっ」
追い掛ける方法があるとルキーが、口を開いた。
しかし、フローライトは遮る。
「リリーナが心配なのはわかっているが、食われていなければオレが助け出す。引っ込んでいろ」
そう言いながら、フローライトがルキー達から視線を外した。
「でも! このままでは追い付くことも叶いませんよ!!」
負けじとルキーが言えば、「ああそうだな」と呆気なくフローライトが頷く。
「ーーーーだから、な?」
獰猛な輝きをした瞳が、狙いを定めた。ズンッと風をまとい身体を吹っ飛ばしたフローライトは、乱舞をしていた大きめのドラゴンの一匹をーーーー掴んだ。
長い首に跨り、角をしっかり握って乗った。
「「「!!?」」」
「これなら追い付くだろう? おい、ドラゴン。言うことを聞かなければーーーー首を切り落とすぞ」
腰に携えた剣の柄を握って、フローライトは脅す。
彼の殺気で、通じてしまったのだろう。
ドラゴンはおずっと頷いては、フローライトが向かせた東の空へと飛び始めた。
三つ子は、否、泣き崩れていたベアトリスもクラウドも、見上げていた人々がそれを目撃。
召喚獣でもない、野生のドラゴンに乗って飛び去った騎士を、見送ったのだった。
20180312