08 攫われました。
ベアと合流したのは、城の前。
見慣れた逆ハーの面々を見て、ガックリと肩が下がった。
「お祭りは三日間あるんだから、一日くらい私にベアを譲ってくれてもいいんじゃない?」
「バカ言うな。一日も譲る気はない」
断言したのは、クラウドだ。
「全く、本来なら花姫という大役はベアのものだったはずなのに、それを横取りするようにお前が現れるから」
「元々いました、殿下」
でもそれ言われるとダメージを受けてしまう。
本当にその通りである。この大役はヒロインであるベアにこそ相応しいものだけれど、私が一位を獲ってしまったから仕方ない。
そんなイレギュラーが楽しくてしょうがないベアは、クスクスと笑っている。そんなベアを見ていて、楽しそうなジャレッド。
「花姫姿、今もそうだけれど綺麗だわ」
「ありがとう、ベア。ベアも今日は一段ととっても綺麗ね」
ベアは珍しくストレートの白銀の髪を結ってあり、色取りどりの花の髪飾りで飾っていた。ドレスも、刺繍の花が散りばめられていて、さながら花の妖精のよう。
「花姫に並ぶように、頑張ってもらったのよ」
そう言って、にっこりと笑うベア。
「あー!! リリーナ先輩!!」
「いたー!!」
思わずびくりと震え上がって、くるであろう衝撃に身構えた。
同じ顔のやんちゃボーイのタックルがくる。
そう思っていたのだけれど、寸前でテキーとミキーの首根っこを掴み、ルキーが止めた。
「もうタックルはしないって約束したでしょ」
「「はーい」」
やっぱりタックルなんだ。
されなくてよかった。ドレスを乱すといけないしね。
「じゃあこう!!」
そうテキーが腕に抱き付いた。逆の左の方にも、 ミキーが抱き付く。
両腕が塞がれてしまった。まぁいいか。腰にしがみ付かれて、練り歩くよりはいい。
「ん? どうしたの? ルキー。放心しちゃって」
「……。いえ、別に。その、綺麗ですね。リリーナ先輩」
「それはありがとう」
「……一緒に屋台巡りをしていただけますか?」
「あーベア、いいかな?」
「ええ。いいわよ」
先に約束したベアに確認すると、愉快そうに微笑んでいた。
「大所帯だけれど、いいっか」
逆ハー諸君とヒロインと三つ子と花姫。
大通りも広いし、別に迷惑にはならないだろう。
「あ、花姫様だ!」
「きゃー花姫様!」
私に気付いた女子達に始まって、次々と声をかけられた。
打ち合わせ通り、にこやかな微笑みを作って手を振る。小一時間振っていた上に、テキーとミキーに引っ付かれていて重かった。
「あ、リリーナ先輩。何か食べます?」
「あ、うん。お腹空いたわ。ベア達は何か食べる?」
「え? 屋台って眺めるだけのものじゃないの?」
「え? ちゃんと食べ物売っているでしょう?」
ベアは屋台をなんだと思っているのだ。
驚愕された顔をされても、親友は困る。
「買って食べ歩きなど、貴族がすることではない」
クラウドが反発した。
なるほど。貴族様は屋台で食べ物を買ったことがないのか。
「いや、食べるでしょ、普通」
「うん、食べる」
そこで反論したのは、意外にもライアン。それとジャレッドだった。
当然庶民の出である私と三つ子も食べる派である。真っ二つに別れた。
そういえばゲームでも疲れ切ったベアを気遣いつつ、屋台を眺めるだけのシーンだったけ。「オレが守るよ」なんて甘い言葉でいいムードになる。逆ハーレムルートなので、オレ達が守るよ、かな。
確かに、何も食べてなかった。
「まぁいいよ。食べたい人が食べたいものを食べればいいのよ」
私はそう片付けて、早速真ん丸のミニカステラが食べたいと指を差す。
そうすれば、ルキーが買ってくれた。いい子。
「はい。どうぞ、リリーナ先輩」
「あーん」
両手が塞がっているので、ルキーは私に食べさせてくれた。
好きなのよね、この真ん丸のミニカステラ。
ご機嫌に食べていれば、クラウドがフンと鼻で笑い退けた。
「仮にも花姫なのに、そんな食べ方をするなんて、みっともない」
「でも殿下はベアが両手が塞がっていたら、食べさせてあげるでしょう?」
「バカを言うな! オレだったら、両手を自由にしてやっている!」
ムキになって答えなくてもいいじゃないか。
「大体、異性に二人も抱き付かれているなんて世間体を気にしないのか!」
「それもそうでした。テキー、ミキー、放して」
「いえいえ、リリーナ先輩」
「僕らはリリーナ先輩を」
「「エスコートしてるの!」」
大所帯と疲れで、そのことまで頭が回らなかった。
腕に絡んでいた腕を外してくれたかと思えば、今度は手を握られる。
エスコートと称するか。
「はい、どうぞ。リリーナ先輩」
ルキーもブレることなく私に食べさせてくれた。もぐもぐ。
「楽しそうでいいわね」
ベアはまたクスクスと笑っている。
「ベアは何か食べてみたいものないの?」
「こら、無理強いをするな」
「無理強いとは人聞き悪い。尋ねているのですよ、殿下」
また「花姫様ぁ」と声をかけられたので、ミキーに手を放してもらって手を振って微笑みを送った。
「そうね、わたくし、あれが食べてみたいと思っていたの」
私とクラウドのやり取りを気にも留めずに、ベアが指差したのは飴だ。フルーツを飴でコーティングした食べ物。
「オレ、それ好きー! 一緒に食べようか、ベア」
ジャレッドが早速購入をして、一つかじってからベアに寄越す。
よく言えば、毒味。さらに言えば、間接キス。
ベアが対応に困っていたので、私がかぶり付いてやった。
「ああ! 何するんだよ、リリーナ!!」
「忘れちゃ困るね」
ガリガリと食べ終えてから、私は言い放つ。
「一位を獲った私が、ベアに相応しいかを決める!! それまで間接キスなんて認めない!」
「ええっ!」
ジャレッドが地団駄踏んだ。
クラウド達は、悔しそうに押し黙る。フフン。
テキーもミキーも離れて飴を購入していたので、私は腕を組んで逆ハーレムと対峙した。バチバチと火花が散る。
「ああ、そういうこと……」
固まっていたルキーは、状況が飲み込めたように呟いた。
まだ明るい空には、ドラゴンが四方八方から飛んで乱舞する。
そんな感じで、一日目の竜乱舞祭りは終えた。
二日目の翌日も、私は花姫役として空中を闊歩する。
今日は、西の大通りだ。
昨日よりも多く見えるドラゴンの乱舞の下で、花を撒いては時々手を振る。
クルクルと回りながら、降り注ぐリユニの花が城下町を飾っていく。
一時間頑張って城に到着した時には、もうダウン。
いそいそと着替えに取り掛かる侍女達に運ばれて、ベッドに乗せられる。
今日は襲われないぞ、と気を張っていたけれど、フローライトが来ることはなかった。ホッ。
今日はリユニの花かんむりを乗せられて、オフショルダーデザインのドレスで城に出された。肌にはふんだんにラメを付けられて、キラキラだ。化粧直しもされた。真っ赤な紅の唇を拭いたくなるけれど、家に帰るまでの我慢だ。
今日待ってくれていたのは、テキーとミキーとルキーだ。
ベアは今頃、逆ハーレムに取り合われている頃だろう。
頑張れ、逆ハーレムのヒロイン。
「今日もお綺麗ですね……。リリーナ先輩」
「ありがとう、ルキー」
「「うん! 綺麗!!」」
「ありがとう」
褒めてくれるなんて、紳士だ。しみじみ思う。
でもルキーは目のやり場に困っているようで、視線を泳がした。
肌をここまで露出しているし、主張するようにラメもキラめていたら、見慣れていない健全な男の子の反応だろう。
テキーとミキーは、注目していない。
「今日は西の大通りを回りましょうか」
「そうね」
昨日は南の大通りを回った。今日は、花をばら撒いた西の大通り。
「疲れているようには見えませんが、お疲れでしょう。今日は何を食べますか?」
ルキーは先導するように前を歩きがながら、尋ねてくれた。
「んー何にしようかなぁ。花姫だからがっつり食べるのはよくないって言われてるんだよね」
「大変ですね」
「姫だもんね」
「リリーナ先輩は、姫って感じじゃないけどね」
「ミキー。一言余計だよ?」
気にしないけれども。
「いや姫って感じだと僕は思うけど」
フォローを入れてくれるルキー。
「ああ、着飾っているから?」
「それもありますが……あ、飲み物でもいかがですか? リリーナ先輩」
「うん、飲む」
私を一瞥するとすぐに飲み物を購入してくれるルキーに、なんか悪いと思う。
「昨日からお金出してもらってばっかりいるね。ごめんね、先輩なのに。今日は私におごらせてよ」
「いえ、僕らは紳士なので、花姫にお金を出させるわけにはいきません」
「僕ら、この日のためにお小遣い貯めたんだぁ」
「それは言わなくていい、テキー」
お小遣い貯めていたのか。健気だなぁ、と和む。
私もお小遣いを貯めた口だけれど。
「花姫様ぁ」
「きゃー花姫様だぁ」
呼ばれたので、微笑んで手を振る。
「お、いたいた! リリーナ!」
祭りで賑わう人混みがザッと分かれて、彼らを通す。
見回りをしている騎士団だ。
その先頭に立つのは、フローライト副団長。今日も正装をビシッと着ていて、騎士達を引き連れている。厳しい顔付きをした騎士達が、ズラッと並んでいた。
「オレの花姫!」
「!」
フローライトの発言に、後ろの騎士達が顔色を変える。
三つ子も目を大きく開くと、私に注目していた。
オレの、とはとんでもないことを言ったものだ。大いに誤解を招く。
「お、なんだ? ベアのように取り巻きがいるのか? リリーナ」
「「「……」」」
フローライトと三つ子が、対峙する。
厳密に言えば、ルキーとフローライトだ。テキーとミキーは私の後ろに隠れている。
紫の瞳で見下すフローライトが、獰猛な眼差しを注ぐ。その威圧に、ルキーは顔を歪ませてフラつく。気圧されているのだ。
「やめてください」
「フン。面白くないな、リリーナの取り巻きは」
「っ……」
私がルキーの前に立ちはだかると、フローライトはあざけて威圧することをやめた。
後ろでルキーはよろけたが、テキーとミキーが支える。
私は史上最強とも謳われた男の弟子だから、耐えられるものだけれど、ルキー達にはきつい威圧感だっただろう。
「お仕事中なのではないですか?」
腕を組んで見据える。
「ああ、仕事中だ。ついでにお前を探していた。今日もいいドレスで着飾っているじゃないか、似合っているぜ」
「それはどうも。それではさようなら」
「くくくっ。そんな態度をするか。よっぽど大事な取り巻きなのか?」
そう言えば、ここ毎日私の顔を見に来ていたっけ。
なんて思いつつ、さっさと去るように道を譲るのだけれど、愉快そうに喉を震わせた。そんなフローライトは身体ごと傾けて、背にしている三人を覗こうとする。
「大事な後輩です」
「大事な後輩」
「「「……」」」
おかしそうにおうむ返しするフローライトに、私は怪訝な顔になった。
「明日は、オレがお前を独占する。忘れていないだろうな?」
「……」
いや、約束していないけれども。
「リリーナ先輩っ……」
「お? なんだ、小僧。何か文句でもあるのか? 言ってみろよ」
「年下いじめはいけませんよ、フローライト様」
「年下いじめ、ねぇ? これくらいで怖気付くなら……どうでもいいな」
「っ……」
ルキーの声。振り返ろうとしたけれども、フローライトがにやりと嘲笑う。
やれやれと思っていれば、フローライトは騎士団を連れて移動した。
騎士達の目がすごい。尊敬しているような眼差しだった。何故だ。
「……どうして、リリーナ先輩は平然としていられるの?」
「あんな怖い顔と殺気を向けられて……」
「剣術の師匠がいると割と慣れるもんだよ。三人はいないもんね」
まだ顔を上げられなく意気消沈しているテキーとミキーの頭を撫でてやる。師匠もいないのにトップに君臨出来ている辺り、やっぱり天才。
ルキーの頭も撫でようと手を伸ばした。でも掴まれる。
「……リリーナ先輩……あの人とは、一体……」
「ん?」
「…………いえ、なんでもありません」
ルキーは悲しそうに顔を背けてしまう。私の手を握ったまま。
そんなルキーの顎をもう片方の手で掴み、そして上げる。
「どーした? ん?」
「っ!?」
途端にルキーは真っ赤な顔になった。耳まで真っ赤だぁ。
「な、なんでこう、いうっこと……! するんですかっ!?」
「いや、顔伏せてるから」
「僕だけじゃないっ!」
「だって頭撫でるの止めるから」
「ああもういいですよっ! 次行きましょう!?」
ぐいっと握られた手は日が暮れるまで、ずっとルキーが持っていた。
……まさかねー。
三日目の最終日。フローライトに勝手に約束されたから、なんだか気が重かった。振り回されると思うと、もう疲れる。断固拒否出来ないかな。出来ないんだろう。花姫の役目を終えた私は、ぐったりとしながら振り回される羽目になる。そんな未来が見えないと瞼を閉じて、城下町の外れからスタートした。
今日は東の大通りの上。
相変わらず、ドラゴンの乱舞が頭上を通過する。
あ、今あのドラゴン、回った。張り切っている。
一際目立つ歓声が上がった。
祭りは今日で終わりだけれど、乱舞は数日続くというのが通例。
求愛の乱舞だから、残りもののドラゴンだろう。ドラゴンも大変だ。
私もあと二年で学園を卒業する。相手を見つけなくちゃだなぁ。
ベアみたいに恋人どころか夫候補がいるわけじゃないし、恋に落ちて愛を見付けられたらいいと思う。
すると、フローライトが浮かんだ。
「……あの人はないな」
あんな戦闘狂が、夫とか考えられない。
あっちだって私を妻になんて考えていないだろう。
じゃあどんな夫がいいだろうか?
乙女ゲームにハマっていた私は、攻略対象者にときめいてはいた。
でもいざこうして会うと、ベアに惹かれているわけだから、対象外である。
左右に腕を広げて、風にリユニの花を乗せて降り注ぐ。
すると、珍しいドラゴンを目にした。
今までは灰色のドラゴンだったのに、それはきっと黄金色。
しかも二回り、三回りは大きいドラゴンだ。
あんなにも巨大なドラゴンがもし城下町に降りたら、建物なんて軽くペシャンコになるだろう。なんて考えていれば。
「え? うそ、えっ?」
ドラゴンが私と同じ高さを飛んでいると思いきや、真っ直ぐにこちらに向かってきた。このままで衝突する。しかし、衝突するどころか、ドラゴンは牙が並ぶ口を大きく開いた。
「っ!!?」
かぶっ。
私はドラゴンに噛み付かれる。下から悲鳴が、ところどころで響いた。
でも牙は私の身体を傷付けていない。くわえられただけだ。
そのドラゴンは、バサッと翼を動かして高度を上げる。
グングンと風の中を突き進み、あっという間に城下町を離れた。
私は連れ去られたのだ。
20180311