07 初日やりました。
私が学年一位を獲ったことも、竜乱舞祭りの花姫に選ばれたことも、翌日の学園に広まっていた。
中等部の人気者の三つ子・テキー、ミキー、ルキーも授業の間の休み時間に会いに来て、祝福の言葉をくれたくらいだ。
「「おめでとう! リリーナ先輩!」」
「おめでとうございます、リリーナ先輩」
「ありがとう、三人とも」
こうして見ると、三人はそっくりな顔をしているのに、ルキーだけが大人びていると感じた。そのうち三人とも私の身長を追い抜いてしまうのだろうと思うと、ちょっとさみしい。前世の私の弟も追い抜いてしまったっけ。
「遠い目してる、リリーナ先輩」
「もしかして喜んでない?」
「プレッシャーですか? リリーナ先輩らしくない」
いやいや、遠い記憶を思い出していただけだ。
「そんなことない。名誉に思っているよ」
「そうですか。念願の学年トップも、おめでとうございます」
「ありがとう、ルキー」
「すごいよね! 総合で一位獲ったでしょ?」
「うん、すごい!」
ルキーに始まって、テキーとミキーが褒めてくれる。
「万年一位の君達には敵わないけれどね」
「そんなことないよ、僕ら剣術はからっきりだめ」
「魔法で補うのが精一杯!」
「それに比べて、高等部の魔法剣術の試験は、あの首席で卒業したフローライト・チャステイン騎士副団長が相手だったのでしょう? それに余裕で勝ったと聞きました。さすがですね」
三人揃ってフリフリと首を振った。それが面白くて笑いそうになるが、堪える。
苦手な剣術を魔法で補えるのも、才能だと思う。
「勝ったっていうか一撃入れただけ。余裕ってほどでもないよ。手強かった。楽しかったけれどね」
「尊敬します」
ルキーの濃い茶色の瞳が、尊敬という熱を帯びて向けられる。
静かに讃えてくれるルキーを見習ってくれないだろうか。テキーもミキーも。
「コホン」と咳払いが聞こえたかと思えば、後ろにはベアがいた。
「紹介してもらえないかしら? リリーナ」
「ああ。親しい後輩のテキー、ミキー、ルキー。中等部のトップ、天才で人気者。こちら伯爵令嬢で私の親友のベアトリス」
ベアの期待に応えて、紹介する。ベアは淑女の一礼をした。
「どうぞよろしく。お噂はかねがね聞いておりますわ」
「こ、こんにちは……」
「こんにちは……」
伯爵令嬢と聞いて怖気付いたのか、緊張したような顔を伏せるテキーとミキー。珍しい反応に、くつくつと笑ってしまう。
「こんにちは、ベアトリス様。リリーナ先輩の親友とは……初耳です」
深々と頭を下げてルキーだけが、冷静に対応。ちらりと私を一瞥する。
「最近認められたのよ」
ふふ、と上品に笑って見せるベア。
なるほど、と頷くルキー。
「じゃあ授業が始まるので、これで失礼します」
「「リリーナ先輩!! 大好き!!」」
「……」
「はいはい、私も好きよ?」
「「わーい!!」」
三人仲良く手を繋いで授業に向かおうとした時、テキーとミキーがそう声を重ねた。
ルキーだけが、明後日の方向を向いている。
「ではその……また会いましょう、リリーナ先輩」
そう会釈をして、なんだか項垂れた様子で二人に引っ張られて歩き去った。
「うふふ。リリーナにも逆ハーレムがいるなんて、初耳よ?」
「逆ハーレム? 違う違う。懐いてくれてる後輩だよ」
「ふふ、後輩ねぇ?」
一緒に見送るベアは、意味深々と聞き返す。
「弟みたいなものだよ」
「問題はあちらが姉と思っているかどうかよね」
そう楽しげに笑うベアを見て、私は肩を竦めた。
放課後は忙しいものになる。竜乱舞祭りの打ち合わせをしては、空中歩行の魔法の確認をされた。
中等部に習ったものだから、簡単だ。要は魔力で道を作るだけのこと。
花姫の衣装の採寸もサクッと済ませて、魔法で組み立てられる。白をベースにした金箔が散りばめられたドレスは、ズボンもついているのだ。空中を歩くので、スカートの中身が見えていてはいけない。
打ち合わせは、城の中で行われた。
だからなのか、騎士副団長のフローライトに毎日毎日絡まれる。
「よう、リリーナ。打ち合わせは順調か? ところで手合わせしないか?」
別の日では。
「よう、リリーナ。ドレス完成したんだってな。ところで手合わせしないか?」
別の日では。
「よう、リリーナ。顔を見に来てやったぞ。ところで手合わせしないか?」
一度一撃を喰らわせたことを根に持っているのか、再戦を誘われ続けた。
ここは断らずに引き受けて早めに興味をなくしてもらいたいところだったが、打ち合わせの疲労と門限が迫っていたから、断り続けたのだ。
まぁ、好戦的な騎士副団長のフローライトの手合わせを喜んで引き受ける方が、新鮮に目に映るだろう。断って正解なのかもしれない。
学業も、手を抜けなかった。
その気もなかったし、それにクラウドに。
「次はこのオレが一位だからな!!」
と宣戦布告されたので、負けていられない。
お昼休みは、もうクラウドもライアンも睨むことをしなくなった。
私がいることは、当たり前と受け入れたようだ。
でもお揃いのピアスが目に入る度に、悔しそうな嫉妬の表情をする。面白かった。
そして、始まった。
竜乱舞祭り。
国の盛大なお祭りということで、学園は三連休。もちろん屋台が出されて、賑わいを見せていた。そんな城下町の大通りの上を、私が闊歩するのだ。
長い黒髪は、きつく三つ編みで束ねて結った。その髪に、リユニの花の髪飾りをつけられる。リユニの花は、白く五枚の花びらがついているもの。大きめな桜の花って感じだ。
白をベースにした金箔が散りばめられるドレスは、正直言って重かった。身軽な制服ドレスが恋しい。何枚も折り重なっているドレススカートはふわりと膨らんでいる。コルセットはこれでもかと締め上げられて、何も食べれそうにない。胸は寄せて上げられた。袖にもフリルがあしらってあって、何もかも持ちにくい。お洒落って、苦痛。
そんな着飾った私は、城下町の外れから、城に向かって宙を歩く。
初日は、南の大通り。
空中魔法で足場を作って、歩くのだ。
そして掌の上に開けた異次元のポケットから、リユニの模造花を風の魔法で左右に飛ばして降らせる。この模造花は、水に溶けて消える紙で出来ているエコだ。
一歩進んでは、手を伸ばして花を降らせる。
私を見上げて、歓声を上げる住民達。「花姫様ぁ!」という声援も聞こえて、手を振る。黄色い悲鳴が、上がった気がした。
白い花が降り続ける光景を上から見えるのは、花姫の特権ね。
不意に歓声が一際大きくなり、数多くの人がどこかを指差した。
顔を上げて見れば、上空を横切るドラゴンがいる。
鱗が灰色でも陽射しでキラリと黒光りする巨大生物。前世ではよく翼の生えた蜥蜴なんて例えられるが、幻獣の頂点に君臨する生物。この世界では、神にも等しい存在だ。
一体のドラゴンが飛び去ったかと思えば、次から次へとドラゴンが現れて、私の頭上を過ぎていく。羽ばたきの音が耳に届く度、ちょっと緊張で息を呑んだ。
共存関係にあっても、あれは肉食動物。人間を好んで食べないとはいえ、食べないという保証はない。
でも大丈夫。花姫をドラゴンが食い去ったなんて事件は過去にはない。
安心して、私は花姫の役目を続けた。
一時間弱で城に到着して、私は城の中に入った瞬間に倒れかける。
待ってました、と花姫の侍女達が受け止めて、私を円形のベッドまで運んだ。
簡単な魔法とはいえ、魔力を消費続ける花姫という役は、思った以上に過酷な仕事だった。
ぐったりとベッドに俯せに沈んでいる間に、髪飾りを回収する侍女達は忙しない。起き上がれないので、ドレスも脱がせてもらった。
貴族ってこうなのかな。楽チンでいいね。
でも毎日のように、こう着替えさせては申し訳ない気持ちにもなる。この三日間は、しっかりお世話になりますとお願いしたので任せた。
回復したら、ベアと祭りを楽しむと決めている。
それまで一眠りしようか。化粧が崩れないように顔には気を付ける。
壁の隅を見つめて、うとうとしていれば、急に部屋の中が静まり返った。
ギシッ。
ベッドが軋み、私の身体は軽く跳ねる。
目の前に腕が立てられた。誰のものかと辿って見てみれば、ギョッとしてしまう。騎士の正装を身にまとったフローライトが、覆い被さるようにそこにいたのだ。
ちなみにドレスもズボンも脱がされた私は、下着も同然のインナードレスのみ。そんな姿で、欲望に忠実そうな獰猛なフローライトとベッドの上にいるから、身の危険を感じた。
「花姫が無防備になるからと、護衛についていたが、なるほどな。確かに無防備でーーーー美味しそうだ」
舌舐めずりして見せるフローライト。
誰だ。花姫の護衛にこんな獰猛な人を護衛につけたのは。
「な、何がでしょうか?」
この状況から逃げ出す策を考えつつ、時間稼ぎに質問をする。
でも力尽きて魔力もほぼ尽きている今の私に、フローライトを払い除ける方法なんて思い浮かばない。
すると。
レロッ。
肩を舐め上げられた。
「ひゃあ!?」
自分でもびっくりするほどの悲鳴を上げてしまったではないか。
汗だくの身体を舐められた。縮こまっていれば、フローライトは喉を震わせて笑う。
「ああ、面白い。お前のこの姿もなかなかじゃないか、美味いしな」
にやりと口角を上げて笑みを深めた。
美味しいって、私の身体か。
さらに身の危険を感じて、私は自分の身体を抱き締めて縮みこむ。
「ちょっとフローライト副団長!?」
そこで部屋の外から、フローライトを呼ぶ声が聞こえてきた。
ドンドンと扉を叩く音も響く。
「持ち場に戻ってください!」
「うるせぇぞ、ジェームズ。花姫の護衛ならしている」
「持ち場で護衛してくださいよ! 開けますよ!?」
ガチャッと許可もなく扉を開いた。
ジェームズと呼ばれた青年は、私とフローライトを見るなり、目が飛び出すのではないかとくらいギョッとした顔をする。そしてたちまち、赤面した。
「申し訳ありませんんんっ!! 花姫様!!」
先ずは私に謝罪をして、腕で目を覆る。
「何をやっているんですか!! フローライト副団長!! あなたは護衛をする役目であって、襲う側でありません!!!」
全力で上司であろうフローライトを怒鳴った。
言ってくれてありがとう、ジェームズさん。
「あなたの持ち場は部屋の外です!! 侍女も戻って着替えさせてください!! 副団長も戻るんです!!!」
「ちっ。騒がしい奴だな」
喚くジェームズに向かって舌打ちをして、しぶしぶ私から離れたフローライト。ホッと胸を撫で下ろしていた。
だが、背中をレロッとまた舐め上げられる。
今度は、悲鳴を堪え切った。
振り返ってキッと睨み付けるけれど、猫の威嚇程度にしか見えないのか、フローライトは不敵に笑う。
「最終日はオレのために空けておけよ。リリーナ」
承諾も得ずに、フローライトが部屋をあとにする。
そそくさと侍女が入ってきて、何食わぬ顔で私の着替えに取り掛かった。
もうフローライトを入れないでほしい。
そう頼みたいけれど、立場上逆らえないんだろうな。
魔力回復用のポーションを飲ませてもらい、一休みさせてもらった。
今度は違うデザインのドレスを着させてもらい、また髪飾りを軽くつけられる。祭りを練り歩く時も、花姫役として目立てということだ。
20180310