06 姫になりました。
念願の学年一位が獲れて、満足していて優越感に浸っていたのも束の間だった。
宣言通りに一位が獲れた爽快感に浸っていたのも、束の間だった。
学園長に呼び出された私に告げられたのは。
「竜乱舞祭りで花姫をやってね。リリーナ・リモーネさん」
顔が髪に半分隠れた若々しい男性の姿の学園長は、いつ見ても年齢不詳である。白髪なのか、純白の髪なのか、とにかく髪の毛は真っ白。対照的に、副学園長はヒゲを蓄えた老人である。
そんなことよりも、告げられたことに戻ろう。
そうだった!! と内心で私は崩れ落ちたのだった。
「もちろん、竜乱舞祭りの説明しなくてもわかっているよね?」
「ええ、はい」
「竜乱舞祭りとは、数年に一度行われる祭りだ」
「説明しちゃうのですね」
「その名の通り、ドラゴンが乱舞する祭りだよ。我が国クレセントは、大昔からドラゴンと共存してきた。そんなドラゴンの求愛期である年が、まさに今年! 求愛の乱舞を見ることが出来るとーっても貴重なお祭りだよ? わかる?」
私は背筋をピッと伸ばした姿勢で、黙って頷くことにする。
学園長はオモチャのドラゴンを袖に隠れた手で持ち上げて、ビューッと子どもみたいに宙に泳がす。
「竜乱舞祭りの花姫は、世界一を誇る学園マジカルの首席の女子生徒から選んで決める。総合試験一位の君が抜擢されたわけだよ! リリーナ・リモーネさん! 花姫の役割は至極簡単! 着飾って空中魔法で城下町から城まで歩き、国花であるリユニの花を降らせる! それを三日間やってもらう大役だ!!」
「わかっております、学園長」
結局この人、全部説明したぞ。
「これは国王直々に決めたことでもあるんだ。拒否権は君にはないってことはわかるよね?」
わざわざ言わなくても、わかっている。
私は笑みを作って「大変光栄と存じています」と言ってやった。
本当はこの大役は、私ではなくベアのものだったはずなのだ。
トホホと思っていている内心を、視ているかのように学園長は。
「まぁ頑張ってって、ことだよ」
そう励まして、手を振って私を見送った。
重たそうな扉が勝手に開いた学園長室をあとにして、私はベアの家でお茶を楽しんだ。楽しんだというより、大いに反省をしてベアに謝った。
「忘れていたわ。本当は姫役はベアがやるはずだったのに、私が一位を獲ったから……ごめんなさい」
「あら、いいのよ。それはわたくしも望んだこと。それにそれもイレギュラーなのでしょう? 楽しみましょうよ」
ベアはルンルンッとしていたものだから、気が抜けそうだ。
ゲームとは違う展開を楽しむことに決めた私達は、そうするしかない。
「そんなうっかり屋さんなリリーナに、じゃーん。純金のピアスを贈るわ」
そう可愛らしく言ったベアが、箱に入ったピアスを差し出してくれた。
「ありがとう、ベア」
「おめでとう、リリーナ」
本当に純金ではなくてもよかったのだけれども、受け取る。
耳たぶより小さな丸いゴールドのピアスを、ベアに急かされてつけた。
この世界は生まれたばかりの赤子の耳にピアス穴を空ける習慣があるので、もうピアス穴はある。そこに通してつけた。
ベアは耳に髪をかけて、すでにつけているゴールドのピアスを見せる。
「うふふ、お揃い」
「お揃いね」
友だちとお揃いのものを身に付けるのは、これが初めてだ。
恐らくベアもだろう。ちょっと初々しい嬉しさを感じた。
「それでどうかな? 逆ハー諸君の反応は?」
「まちまちね。クラウドはすごく悔しそうだったけれど、あなたとフローライト様の戦いを見て何を思ったのか“オレはもっと強くなるぞ、ベア”って言っていたわ。それとマシュは険しい顔をしていたし、ライアンは認めたくないけれど認めるしかないって感じだったわ。ジャレッドは尊敬してたわよ」
「イレギュラーだねー」
「本当? ふふふ」
私という存在は、十分イレギュラーなのだけれど、不動の五位を動かしたことで心境がかなり変わってきただろう。
どういった言動になるか、私もわからなくなる。
まぁ、そこが楽しんだけれどね。
「フローライト様はどうかしら」
頬杖をついて、身を乗り出したベアが問う。
「どうって?」
「あなたに興味を示したじゃない」
「それはベアも同じでしょう?」
「わたくしは勝てなかったもの」
「それはゲームの通り」
「あら悔しい」
ベアは身を引くと扇子を取り出して、仰いだ。
「自分に勝った女を、放ってはおかないと思うわ」
「やめてよ。フローライト様も、ベアの立派な逆ハーレムだからね?」
「どうかしら? あの人の場合、面白いオモチャをつつきにきた程度にしか、わたくしを認識していないと思うわ」
「……ありえるけれども」
そういう人なんだよな。多分まだその程度の認識だけれど、そのうち他の男に囲まれていることを面白く思わなくなって、恋に発展するパターンだ。
「リリーナに恋心が向くイレギュラーも楽しみだわ」
「ええ? 私のどこにベアに勝る魅力があるの?」
私は苦笑を零しては、紅茶を啜った。
「全部」
ベアは満面の笑みで答える。
そんなまさか。買いかぶりすぎ。
お茶会はその辺にして、余ったお菓子はもらった。
陽が暮れる前に師匠の元に報告をしに行ったら、そこにはフローライトの姿があったものだから驚く。
「やはり、お前の師はギレルモ様だったか!」
隠れようと考えたが、すでに見付かってしまっていて手遅れ。
フローライトは、好戦的な笑みを深めた。
「……」
黙々と畑の手入れをしているギレルモ師匠が言うはずはない。
だから来ることを待っていたのだろう。
「あれほどの太刀筋で、師匠がいない方がおかしい。オレを倒せるほどの剣豪なんて、今の騎士団長とギレルモ様しかいないと踏んで来た。ハハハッ! それにしてもあのギレルモ様に弟子がいたとはな。オレは返り討ちにあって追い返されたというのに、ますます面白い女だ」
ああ、この人もギレルモ師匠の弟子入りに来た一人だったのか。
歩み寄って、その高い身長で見下ろすフローライト。ストレートの紫の髪が、私の髪にかかりそうなほど近い。同じ紫の色の瞳は、ギラギラしていた。
「報告しに来たのだろう? 竜乱舞祭りの花姫役に抜擢されたとな。いい師匠を持ったことを誇りに思え。リリーナ・リモーネ」
見抜いているフローライトに、師匠の家の壁まで追い込まれて壁ドンされる。
ギラついた目をしているけれど、とても綺麗な顔立ち。その上、色気たっぷりな声が発しられていることが不思議でたまらなく思った私は、ついついフローライトの顎を掴み上げて喉仏を見た。顎クイである。
イケメンは、首も逞しい。欠点ないのか。
「ほーう? どこまでも、面白い女だ」
震えている喉。顎まで振動がきて、それを手に感じた。
目を合わせてみれば、やはりギラついている。今にも獲物に食いつきたがっている肉食動物の目に、ちょっと寒気が走って身震いした。
「またな? リリーナ」
意味深に告げて、フローライトは去る。
残された私は、畑の手入れを済ませて片付けを始めたギレルモ師匠を向く。
「師匠。おやつには遅すぎますが、お菓子食べません?」
「……茶を淹れる」
そういうことで、師匠の家でお茶をもらうことにした。
師匠の家は質素なものだ。必要最低限の家具しか置いていない一人暮らしの空間。そんな家にお邪魔して、紅茶をもらう。私は十分食べたので、師匠に食べさせる。
「改めまして、学年一位が獲れました。ありがとうございます、師匠」
「……当たり前だろう」
一位が獲れて当然と風に言うけれども、祝福している笑みが向けられた。
素直じゃないんだから、師匠ってば。
「その上、名誉なことに竜乱舞祭りの花姫役に抜擢されました」
「ああ。さっき聞いた。当然だな」
これまた祝福している笑みで頷く師匠。
私はニコニコした。
「自慢していいんですよ?」
「アホ言うな」
一蹴して師匠は、お菓子を頬張る。
そもそも師匠に自慢する相手がいるか、疑問だ。
「師匠はどうして独身なんですか?」
前々から思っていたことを疑問にする。もしも妻と死別して寡夫であるなら、指輪をつけていてもおかしくないのに、ごつごつした手には指輪はない。その跡もないから、結婚したわけではないはず。
若い頃はさぞモテたであろう渋い顔立ちの師匠は、紅茶を啜るとこう答えた。
「……前世で愛した女が忘れられないからだ」
意外な返答に、目を瞬く。
「その女以上に、愛せる女が現れなかっただけのこと」
一途な男の言葉に、納得と感心をした。
不器用な男である師匠が、中途半端な愛で結婚するわけがないか。
「その女ってどんな人だったの?」
「……これ以上話す気はない」
ありゃりゃ。無口な師匠は、口を閉じてしまった。
気になるな、前世から愛し続ける女ってどういう人なのだろうか。
「前世と言えば、私も前世の記憶を思い出したんですよ?」
「何? ……それで変わったのか?」
一位を全力で獲りに行くことにしたことだろう。
「まぁそんなところ」
でも、と付け加える。
「あんまり変わっていないと思います」
ベアに火を付けられただけで、性格は変わっていないと思う。
前世の性格と今の性格が、似ているせいだろうか。
ガラッとは変わらなかった。
師匠のような愛は、持ち合わせていなかったしな。
「オレも変わらなかったからな……そんなもんだろう」
「そうですね。じゃあ報告も済んだことですし、私は家に帰ります」
同じ前世持ちの会話はこの辺で終わらせて、私は帰ることにする。
家に帰ったら、両親に報告。あまりのことに驚愕して固まったあと、泣いて喜んだ。
「末代まで轟く栄誉だ!」
お父さんは、そう男泣きをした。
20180309