03 宣言しました。
有言実行をするべく、アーチェ伯爵家をあとにした私は城下町の隅っこにある家に向かう。
畑仕事をしている男性に向かって私は。
「師匠! 手合わせをお願いします!!」
そう告げて、召喚陣で取り出した剣を構えた。
背を向けている男性は、振り向こうとしない。
こんなことはいつものことだ。
「行きますよ!!」
私が飛び付いて斬りかかると、鍬で受け止められた。
「久しぶりに来たかと思えば、物騒な挨拶をするな」
歳は五十前後の男性の名前は、ギレルモ・ホースメン。
前騎士団長を務めていた上に、史上最強の騎士と謳われた男だ。
なのに爵位も蹴って、ひっそりと城下町の隅で畑を耕して隠居している。
前世で騎士で名を馳せて、また騎士として名を馳せた者は彼のこと。
そんな実は強者の彼にこうして挑み続けているのは、私くらいなものだった。以前は、もっと多くの生徒が弟子入りに来たらしいが、全部返り討ちにして断ったのだという。かくいう私も返り討ちにあったけれども、それでも負けん気で挑み続けてきた。
今では、弟子として認められたと自負している。
正直、彼から剣術を盗み学んでいなければ、六位なんて座を勝ち取れなかったと思う。何せ、絶対的五位の五人には、教えるために働いている家庭教師がついているのだ。剣術だって、師がいるはず。
「これからは試験まで毎日挑みに来ますよっ!!」
「……」
師匠は必要以上に喋らない。それだけ伝えればいいだろう。
私は鍬で戦い続ける師匠に、剣を振るった。
翌朝。ブーティーでカツカツと歩いていく。
目指すのは、城と外観がそう変わらない世界一の魔法学園マジカル。
朝陽で白い光を反射するそれに目が眩んでいれば。
「おはよう、リリーナ」
穏やかな声で挨拶をするベアが、校門前に立って待っていた。
「おはよう、ベア」
私は笑みを返して、肩を並べて校舎に向かって歩く。
「それでいつ宣言するの?」
「んーここぞって時にかしら」
わくわくした様子で問うベアが言うのは、昨日話したことだろう。
親友になったベアに相応しい男か、ふるいにかけるのだ。
私は絶対的五位に君臨する四人の男子生徒に、宣戦布告をすると決めた。
それはイレギュラーを起こすためだ。焚き付けた四人がどんなリアクションをするか、ベアは楽しみにしている。
弄ぶのは、逆ハーレムヒロインの特権よね。
弄ばれる側の男子諸君が可哀想だけれども、そういう相手に惚れてしまったが運の尽きだ。頑張ってベアを楽しませてくれ。
教室に行く途中で、クラウドと会った。
またお前か、という邪険にしたそうな目を向けられたけれど、ベアの隣を譲らない。素知らぬ顔で、堂々といた。
クラウドに続いて、ライアン、マシュ、ジャレッドも合流して、教室に入る。ベアも席につくまで私の腕を離さなかったので、嫉妬の視線がすごかった。もちろん逆ハー要員の四人からだ。
午前の授業は、しっかり勉強に集中した。筆記試験で躓くようではだめだ。一位なんて夢のまた夢。だから、負けていられない。
「リリーナ。三階のバルコニーでランチをしてお茶を飲みましょう」
お昼休みになれば、ベアからお誘いがきた。
休憩も大事だ。私は頷き、一緒に三階バルコニーに出た。
必然のように、クラウド達も共にいる。
「あれ、リリーナはお弁当持参なの? オレもお弁当持参、あ、ベアの分しかないけれどね」
「毎日ベアに作ってあげているのでしょう? ご苦労様です」
お弁当とテーブルに広げながら、マシュが笑いかけた。
私は笑い返すと、糸目を開いて固まる。
ベアから聞いていないけれど、ゲームをしてて知っているのだ。
女子力高いマシュは尽くすタイプで、お弁当とお菓子を毎日のように作るのだ。たまにベアがお礼に作ってあげるイベントがあると、マシュは大喜びをするのだ。ゲームの話。
「あ、でもお茶に合うお菓子はちゃんと用意しておいたから」
「お気遣いありがとうございます、マシュ様」
「マシュでいいよ。ベアの親友なのだから」
「お言葉に甘えて、マシュと呼ばせてもらいますね」
再び動き出したマシュは、そう笑って見せる。
「フン。身の程知らずが」
バルコニーの隅でサンドイッチを食べているクラウドが、何か言っているが聞こえないふり。
「君、女子で二位の実力だけれど、もしかしてベアに取り入って蹴落とすつもりじゃないよね?」
そう尋ねたのは、マシュの隣に椅子に座っているライアンだった。
据わった翡翠の瞳が、私を射抜くように見てくる。
敵意で軋みそうな空気になった。さすがベアの逆ハーレム。
「そんなまさか。知っての通り近付いたのは、ベアの方ですよ。ライアン様」
「僕の名前を、勝手に呼ばないでよね」
「それは失礼しました、フォード様?」
勇者の末裔は、クラウドに並ぶ孤高のプライドだ。
プライドに伴う実力があるのだからしょうがない。
「そうよ、蹴落とすなんて人聞き悪い」
「でも次の試験は、ベアだけではなく、皆さんを負かせて一位を獲りにいくつもりです」
ベアの次に発言した。今がここぞって時だろう。
また更に強い敵意で空気が軋みそうになった。
ニコニコしていたジャレッドも、マシュも笑みを引っ込めている。
クラウドは目を細めて、私を見下すような視線を投げた。
ライアンも顎を上げて、私を見下すように見据える。
ベアだけが、おかしそうに一同を見回した。緩む口元は、お上品に掌で隠しているけれども。
「五位にも食い込めなかった君が? へぇ……」
ライアンは凍てつくような冷たい声を放つ。
ベアにはツンツンしながらデレるくせに。
「今回は全身全霊で一位を獲る」
「フン、まるで貴様は今まで全力を出していなかったような言い草だな」
クラウドが噛み付くように言う。
「今回は親友が応援してくれるというパワーがあるので」
私はコツンと隣のベアと頭を重ねた。
「なっ」とクラウドが、思わぬ急接近に震え上がる。
面白い反応だ。
「はい。わたくし、リリーナを応援します」
ベアは打ち合わせもしていないのに、合わせてくれた。
「なっ! ライバルだぞ!? いいのか、ベア!」
「それを言うなら、ここにいる皆がライバル……好敵手ですよね? クラウド殿下」
「……っ」
ベアの言う通りだ。クラウドは押し黙る。
私は椅子から立ち上がって、宣言した。
「私、リリーナ・リモーネはあなた達に宣戦布告をする! 一位は、この私がもらう! ベアに相応しい男かどうかは、この私が決める!!」
高らかに言ってやれば、ガタンッと三人は立つ。
「な、何がベアに相応しいかどうかだ……! 僕は別にっ!」
ここまで来て何恥ずかしがっているのだ、ライアン。
「なんでリリーナに決められなきゃいけないの!?」
「そうだ! ポッと出のアンタに決められたくないぞ!」
ムキになるマシュとジャレッド。
「ポッと出ではない。私は最初からベアの友だち」
「むしろ一番最初のお友だち」
え? そうなの、ベア。
ジャレッドは、わなわなと震えた。まるで絶対の自信を崩されたみたいな反応だ。どうした、どうした。大丈夫か。かっこわらい。
「はっ! 万年六位が何をほざくかと思えば……」
衝撃的すぎたのか、固まっていたクラウドが動き出した。
私の目の前まで歩み寄って、睨み付けてくる。
「吠え面かくぞ。撤回するなら今のうちだ、許してやる」
「いいえ、撤回しない。許さなくて結構」
「っ!」
言い返してやれば、一瞬怯んだ。
そんなクラウドを、フンと鼻で笑い飛ばす。
椅子に戻って、お弁当を食べた。
ギロッと睨まれていたけれど、そんな中、完食。
美味しかったです、お母さん。
「お茶とお菓子、ご馳走様でした。ではお先に失礼します」
私は大袈裟に腕を広げて一礼して見せて、バルコニーをあとにした。
昼休みの残りの時間は、図書室で勉強でもしようかと歩んでいたら、騒がしい音が耳に届く。
ダダダダダダッ。
近付くのは、足音。あ、これ来たわ。
私はくるであろう衝撃に備えて覚悟を決めた。
ドゴォンッ!
抱き付きという名のタックルが、私の背中にクリーンヒットした。
タックルだ。もうこの音はタックルとしか言いようがない。
ぐおっ、と漏れそうな声をなんとか堪えた。
「「リリーナ先輩!! こんにちは!」」
「……こんにちは、テキー、ミキー」
私の身体を締め付けながら、左右で明るく元気よく挨拶するのは同じ顔の二人。間違い探しをしても見つからないほど、そっくりな顔立ちをしている。茶色い髪に濃い茶色の瞳の持ち主。それが美少年なのだから、大人しくしていれば目の保養なのだけれどね。
庶民出身の双子……いや、三つ子だった。
全員中等部のトップに君臨している天才である。
もう一人はルキーという名で、その子だけはとても大人しい。
超天才と持て囃されている三人は中等部だけではなく、高等部にも人気が及んでいる。この人懐っこさとルックスが人気なのだろう。
よくわからないけれど、私は彼らに好かれてしまっている。
いつもタックルしてくるのは、何故だろうか。
痛いので、やめてほしいものだ。
でも避けると避けたで、抱き付けるまで執拗に追ってくる。
時には魔法を行使して、タックルを決められたことがあるから、最初のタックルを甘んじて受けるべきだと悟った。
「いい加減、タックル……いえ、抱き付くのはやめましょう?」
軽いハグなら挨拶として浸透しているけれども、彼らの場合は激しすぎる。人前で異性に抱き付くなんていうのは、本当はいけないことなのだが、彼らの無邪気と愛嬌で周りは許してしまっている。
しかし、愛嬌があっても、この半年で随分成長をして、初めは私の腰に頭があったが今や胸のところまである。腰に巻き付く腕も、そろそろ際どい。
「だってリリーナ先輩が好きだもん!」
「リリーナ先輩も僕らが好きでしょ?」
「……そういう問題じゃないの。女性に抱き付くのは、いけません。立派な紳士ならね」
前世に無邪気な弟がいた私には、可愛くてしょうがないけれども、すきかどうかは関係ない。これから男性になるのだから、意識を高めてほしいのだ。
えいっとチョップを軽く喰らわせた。
その頭を押さえている隙に、私は歩き出す。
「廊下、走っちゃだめだからね」
一応注意をして、図書室を目指そうとしたら。
「「それって僕らを異性って認識したってこと!?」」
「え?」
「やった!」
「ルキーに自慢してやろう!」
きゃっきゃっとはしゃぎながら、バタバタと廊下を去っていく二人をポッカーンと見送った。
「ま、いいっか」
よくわからないけれど、いいや。
私は勉強をしに図書室に向かった。
20180306