02 親友になりました。(ベア視点)
ヒロイン・ベアトリス視点。
それはわたくしがまだ伯爵令嬢として未熟で、入学したばかりの学園の教室の片隅にいた時だった。気を張っていて、誰も近寄らせないでいたわたくしに、手を差し伸べたのはリリーナ・リモーネ。
黒髪に大きな丸目がペリドット色の彼女は、こう言った。
「初めまして、私リリーナ・リモーネ。一人で心細そうだね。大丈夫。私がついている。ねっ?」
心細いと見抜かれたことに驚く。
貴族令嬢として気を張っていたはずなのに、そう見られていた。
見抜かれたことに赤面するところだったけれども、「大丈夫。私がついている」の言葉に助けられる。
それは暗がりに突然、差し込んだ光のようだった。
手を取ると、不思議と心が安らいだ。心細さはどこかに消えた。
それからリリーナは必要以上には接してこないけれど、学園にいる時困ったことがあると、ふと現れるヒーローのように助けてくれる存在となった。
勇気が一歩足りなくて立ち尽くしていれば、ポンッと「頑張れ」と背中を押してくれる。
「難しい顔をしているね。一緒に解こう」
わからない問題と向き合っていたら、目の前に現れては一緒に悩み解いてくれた。
「黄昏れて、何考えているの? 悩み事?」
学園で一人座り込んでいれば、隣に現れては聞いてくれる。
頼りになって、弱さを晒け出せるそんな存在だ。
本当に、独りにはせず、ついてくれた。
それがある日、なくなってしまう。
彼女が不意に遠い存在になった。
挨拶しても「おはよう」が「おはようございます」に変わって、よそよそしくなってしまったのだ。
何が原因かはわからなくて、悩んだのだった。
今更、貴族令嬢だから距離を置いた?
誰かに身の程を知れなど言われたのだろうか。
いや、そんなわけない。彼女はそれに屈する性格ではない。
誰に何を言われようとも、自分を貫くはず。
なのに、何故だろう。
もしかして、知らない間にわたくしが嫌われることをしてしまった?
六年間ずっと助けてくれたのに!
寂しくてしょうがなくなった。
だから思い切って、お茶会に誘う。何かしてしまったのなら、謝るつもりで。
親友だと思っていたのは、わたくしだけだった。
すごく傷付いたけれども、それでも彼女という存在を手放してはいけないと思った。
大切にしなければいけない存在だと思った。
きっと、一生大事にしなければいけない。
そんな貴重な存在なのだと思ったのだ。
執拗に追い掛けた甲斐があって、噴水でびしょ濡れになってやっと親友になることを認めてもらった。
また暗がりで光を見付けた、そんな気分だ。
「最近よそよそしくなったのはどうして?」
正式に親友になったその日。わたくしの家に招待して、バルコニーで二人だけのお茶会を用意して、そこで理由を尋ねた。
返ってきたのは、沈黙。
丸目の可愛いと言うより、綺麗な顔立ちをしたリリーナの顔がしかめる。
艶やかな黒髪は、右耳の後ろに束ねて前に垂らしている。高等部に入ってからその髪型だ。中等部の時はポニーテールで活発な印象を受けた。今でも活発だけれどもね。窓から飛び降りるくらい。
「実はね、ベア。とっても奇怪な話なのだけれど」
そう切り出したリリーナは、打ち明けてくれた。
最近前世の記憶が蘇ったという。散々だった人生と、とあるゲームの話。
ゲームは、恋愛シミュレーション。舞台はマジカル学園。ヒロインはなんとわたくし、ベアトリス・アーチェ。
学園の学年トップ達に愛される物語だそうだ。
通りで囲まれるわけだと納得した。
「最近その記憶が目覚めて、距離を置いたのはどうして?」
「あー……貴族令嬢だし、前世は散々な人生だったからさ。面倒事は避けようと思ったの。ベアといると睨まれるし、その恋愛シミュレーションゲームの攻略対象者のベアの逆ハーレムに」
「あら、そんな睨みに負けるなんて、いつから弱くなってしまったの? リリーナ」
私はフッと笑っては紅茶を啜る。
お菓子を頬張っていたリリーナは手を止めると、むくれた。
「弱くなってない。相手が強いだけ。ベアを含めてあの四人がなんて呼ばれているか、知ってる? 絶対的五人組よ。中等部の時から一位から五位に君臨しているから、そう呼ばれているの」
「まぁ、そうなの」
初耳だわ、とわたくしもお菓子を一つ手にして食べる。
「でもなんだか興醒めだわ」
「何が?」
「物語の通りにわたくしに好意を抱いている四人よ。まぁ、物語の通りに惹き付けたわたくしが言えることではないけれど、物語通りなんてつまらないと思わない?」
「……」
お菓子のクッキーをくわえたまま、リリーナは目を見開いて固まった。
やがて、お腹を押さえて笑い出すものだから、クッキーが膝の上に落ちる。
「それを言うなら、ベアはイレギュラーを起こしてるから大丈夫! 私っていう親友は、物語にはいなかったからね! 前世の記憶もないのにイレギュラーを起こしたベアはすごいよ!」
何を言っているのだろうか、この人は。
すごいのは、リリーナの方だ。
わたくしにイレギュラーな行動をさせた本人なのだから。
まぁ、それは言わないでおこう。
スカートの上に落ちたクッキーを食べたリリーナは、テーブルに頬杖をついて私を覗き込んだ。
ペリドットの瞳が爛々と輝いているから、私も好奇心で覗き込む。
何何? 楽しそうな目。
「そうつまらないと言うなら、ちょっと変えてみようか?」
「変えるって?」
「フフン、私がいるだけで十分影響与えられると思うけれど、余計に煽ってあげるよ」
椅子に凭れて、足を組んだリリーナは告げる。
「次の試験、私より下回った順位になった者はベアに相応しくないって宣言してあげようか?」
リリーナにベアと呼ばれるのは、心地いい。
そんな余韻に浸ってないで、質問をする。
「そんなことを言って、勝算はあるのかしら?」
リリーナの順位は、総合六位。女子では私の次に高い順位ではあるけれど、あの四人に勝てるのだろうか。五位のわたくしでもだめだ。ずっと超えられない壁だと思っていた。
でもリリーナは、とても、至極、楽しげな笑みを深める。
それはさながら、極上の笑み。
なんて可愛い人なんでしょう!
「宣言したなら、一位を獲るつもりで挑むわ」
それこそ、リリーナだ。
勇ましくて、頼りになる。
わたくしの楽しい親友!
改めて親友になれたことに、わたくしは心を震わせた。
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20180305