11 デートをしました。
何故こうなったんだ。
私は繋がれている手を見た。フローライト・チャステインのものだ。
私は今、彼とデートをしている。
ドラゴンで颯爽と帰ってきた私は先ず、花姫は無事であることを見せるために西と東と南の大通りに手を振ってから城に戻った。
それから侍女達に髪を直されて、連れて行かれた場所は玉座の間。そこで騒ぎの発端を説明。誰にって、もちろんこの国の王様にだ。
「あの黄金のドラゴンは、深傷を負った子どもを手当てをする人材を求めて、代表で花姫の私を連れて行っただけでございます。陛下」
私は赤い絨毯の上で深々と頭を下げて、淡々となんでもなかった風に告げる。
「ドラゴンの花嫁にされてしまったのかと、肝が冷えた」
王様はそう冗談をいうのだけれど、私は顔を上げられないので、その笑みを見ることはなかった。
「フローライト、救出に行ったのだったな。ご苦労であった」
「とんでもありません、陛下」
横では追いかけてくれたフローライトが、まともな対応をしている。
国王陛下相手だものね。まともな対応くらいするか。一応この人は男爵家のお坊っちゃまだ。
「私は求愛している女性を助けに行ったまでのことです」
投下された爆弾発言に思わず頭を下げたまま、私はギョッとした。
横目で見たフローライトは、清々しいほど爽やかな微笑みを浮かべていたのだ。
「ほう……求愛か。そうだったのか」
王様の視線どころか、集った家臣達の視線が私の頭部に突き刺さるのを感じた。
「花姫が無事で何よりだ」
「ありがとうございます、陛下」
お礼を述べて、下がらせてもらう。
玉座の間から出て、すぐに私はフローライトの燕尾服を掴んだ。
「なんてことを陛下の前で言ったのですか!? あれじゃ最早求婚じゃないですか!!」
国王陛下の前で求愛発言なんて、この人と結婚しますと言っていると同等だ。
「あ? 正式に求婚してやってもいいぞ?」
なんてフローライトは呑気に笑ったものだから、私は言葉を失くしてしまう。
この人、本気なのか。
そこでジェームズという名の青年と騎士団員達が駆け付けてきた。
「副団長!! ドラゴンに乗って飛んでいくなんて、なんて無茶なことをするんですか!! あなたって人はっ!!」
ジェームズはフローライトにしがみ付くと、泣き崩れた。
「ただの戦闘狂じゃなかったんですねっ!! 休暇を取ったのに、国のために花姫を救いに行くなんて!! しかも野生のドラゴンに乗っていくなんて!! あなたは勇者ですかっ!! 竜の乗り手ですか!! かっこよすぎますよ!!」
いや別にフローライトは国のために、とか考えていなかったと思う。
開口一番にオレのもの横取りするな、とドラゴンに言っていたもの。
「何を泣き喚いていやがる。オレはこの求愛している女を助けにいったまでだ」
フローライトはまたもやそんな発言をして退けた。
固まった騎士団員が、避けてこの場をひっそりと去ろうとした私に注目する。
「余計かっこいいぃいいいっ!!!」
ジェームズという騎士は副団長に手を焼いているが、それ以上に尊敬しているとよくわかった。
帰らせてくれ。
「リリーナ!」
「あ、ベア。ただいま」
ベアが駆け寄ってきたので、抱擁をする。
私を泣いてまで心配してくれた親友の頭を、よしよしと撫でた。
「心配なんてかけてごめんね。私もあんなイレギュラーが起きるなんて知らなくって」
「わかっている。リリーナは悪くないわ」
すっかり落ち着いたらしいベアは、微笑んだ。
「……笑った」とついてきたクラウドが呟いたが、気にしない。
「でも泣かせた分、しっかり償う。私に何してほしい?」
「そうね。フローライト様とデートしてほしいわ」
「……ごめん、今なんて?」
「え? だからフローライト様とデートしてほしい」
「ごめん、何?」
「だからフローライト様とデートしてほしいの」
三回言われたことに、目を瞬く。
その場にいた騎士団も、私達のやり取りを見守っている。
「……それがベアに何の得があるの?」
「ふふふ、イレギュラー」
「……っ!!」
だめだこの子。
私に求愛をしているフローライトのイレギュラーを楽しんでいる。
きっと私が花姫が無事ですよアピールをしている間に、約束でも取り付けたのだろう。フローライトは、してやったりの笑みを浮かべていた。
「わかったわ。とりあえず両親に直接会って無事を知らせてくるから、フローライト様は」
「一緒に行こう」
「はい!?」
それは願い下げだと言いかけた時。
「花姫様。最後の着替えの時間です」
侍女代表が進言して、そそくさと私を部屋に連れていく。
花姫としての最後のお着替え。胸元を露出して強調したドレスだ。白と金を基調にした煌びやかなもの。
これ、もらってもいいらしいが、着る予定がないのでお断りしたい。
でも記念として持って帰れば、両親が喜ぶだろう。
また胸にふんだんにラメをつけられていれば、急に侍女達が下がった。
またもやフローライトが入ってきたのかと身構えたが、鏡に映ったのは意外にもクラウド。
「クラウド殿下。どうなさったのですか?」
「……」
鏡越しに問うても返事はなかった。
立ち上がって振り返ると、漸く口を開く。
「どうしたら、お前に勝てるんだ……」
「?」
「敵わない……どう足掻いても、お前という親友を超えられなそうにない」
何の話かと思えば、例の如くベアのことのようだ。
私に敵わないとは、何を思ったのだろうか。
ああ、そう言えばさっき「……笑った」とか呟いていたっけ。
大方、私が攫われて泣き通しだったベアに、何も出来なかった劣等感に苛まれているところだろう。
クラウドは王子。絶対的な自信とプライドを持った男。
そんな男が、見初めたのがヒロインであるベアだ。
「オレには、ベアしかいないんだ……ベアトリスしかいないっ!」
こちらもベアに執着か。ヤンデレ気味だ。
「一体どうしたらっ!! お前に敵う存在になれるだ!?」
「ああ、もううざったい」
「……は?」
王子ともあろう男が、うだうだとうざったい。
本音を漏らしてしまって、私は腕を組んだ。
「ベアの親友という枠は譲りません。負けてやる気もありません。私という親友に取って代わることはできませんね。大体、あなたがなりたいのは、親友ではないでしょう? 恋人……いや夫という新しい枠でベアの心に入る努力
と誠意を尽くせばいいではないじゃないですか」
「!」
「それとも……諦めるのですか? 目が覚めるように、一撃平手打ちでもしましょうか?」
私はにやりと言い放って掌を見せる。
ぶっちゃけ今すぐにでもこのバカ者と平手打ちをしてやりたいけれど、不敬罪になるのでやめておく。
放心したように立ち尽くしていたクラウドだったが、やがてフッと笑った。
「そうだな、いや、平手打ちは結構だ。目なら覚めた。ありがとう、な」
青い瞳には、強い光が灯っている。
クラウドに火が付いた。何かを決意している。
ふふふ、クラウドルートに入るかな。イレギュラーを起こしてやったわよ、ベア。あなたが好きな、ね。
クラウドが部屋をあとにすれば、戻ってきた侍女達が残りの飾り付けをした。
……夫ね。
クラウドはプロポーズでもするのかな。まぁ攻略対象者の中で一番最良の結婚相手はクラウドだけれども。ベアがそれに応えるかどうかだ。
私の方は、やはりフローライトが夫だなんて考えられない。
断ろう。フローライトが恥をかくが、王様の前で求愛しているなんて発言したから自業自得。
「ふぅー」
最後だからなのか、気合い入った着飾りで私はフローライトと共に、城を出れば両親と三つ子がいた。
「心配かけてごめんな……」
「「リリーナ!!」」
「さい」
がしっと抱きつかれたので、上を向く。化粧が移るといけない。崩れてしまうのもよくないもの。
両親は無事を確認出来たことに喜び、泣いた。落ち着くまで背中をさする。
「こんにちは。私は騎士団の副団長を務めるフローライト・チャステインと申します」
「おお! 娘を助けに向かってくれた竜の騎士ですな! 娘を無事連れて帰ってくれて本当にありがとうございます!」
「本当に何とお礼を申し上げればいいのか……」
何、竜の騎士って。異名が付いてしまったってことなのか。
フローライトはキラキラした笑顔で、私の両親に名乗った。
その笑顔なんなの。それからまた求愛云々を言うなと横目で睨んだ。
「いえ、礼には及びません。私は単に、愛する女性を救いに行ったまでのことです」
「! まぁ!」
「なんと!」
言ったよ、両親にまで言ったよ、この人。
私は目を輝かせる両親から、思いっきり顔を背けた。
その先に三つ子がいたので、そっちに歩み寄る。
「心配かけたでしょ、ごめんねー」
「「「……」」」
そう笑いかけるけれど、無言が返ってきた。
私ではなく、斜め上の方を向いている。視線を辿って振り返れば、フローライトの笑顔。またこの人は牽制でもしていたのだろうか。
「……無事でよかったです、リリーナ先輩」
おずっとルキーが口を開く。
「本当だよ……僕ら、もうリリーナ先輩に会えないと思って」
「気が気じゃなかったよ……」
濃い茶色の瞳に涙を浮かべて、テキーもミキーも泣きそうになった。
でも抱きつこうとはしない。両親の手前だからかな。
「よしよし、もう大丈夫!」
私はグリグリッと頭を撫でてやった。
「「大好きです、リリーナ先輩」」
「はいはい、私も好きだよ」
「……僕も好きでした」
「ん? うん、私もだよ。ルキー」
目を擦りながら言ってきた二人にいつものように返すと、いつもは言わないルキーが微笑んだ。どこか悲しげな表情を見つめてから、手を伸ばせば頭に触らせてくれた。俯いたルキーから、ポロッと涙が落ちたから、無理に顔を上げさせない。
「じゃあ僕ら、これで失礼します」
「リリーナ先輩、また」
「バイバイ、リリーナ先輩」
三人仲良く手を繋いで、祭りの中に消えていってしまった。
「……」
私は少し寂しさを感じつつ、最後まで手を振って見送る。
「これから娘さんとデートさせてください。リモーネ夫妻」
「はっ! いえいえどうぞどうぞ。許可なんて求めなくても」
「ええ、そうですわ。おほほ」
振り返れば、キラキラの笑顔でデートの許可を求めるフローライトがいた。
上がってしまっている両親は、真っ赤な顔でペコペコする。
結局私は誰にも助けてもらえず、フローライトに手を取られて、祭りの中を進んだ。
すると周りがざわざわして、こちらに注目をした。私が花姫だからではない。
耳をすませてみれば。
「竜の騎士様」
「竜の騎士様と、竜の花嫁様だわ」
竜の花嫁様とは!?
「くくく、どうやらお前はすっかりドラゴンの花嫁として攫われたと認識されたようだな」
「!?」
同じく聞き耳を立てているフローライトが、喉を震わせて笑う。
「オレは野生の竜を乗り回した竜の騎士様、か。悪くない」
「こんなイレギュラー……要らない」
「イレギュラー?」
手を引かれながら、私は遠い目をして呟く。
フローライトが小首を傾げるけれど、気にしない。
「花姫様、ご無事で何よりです!」と声をかけられたので「はい」と笑みで返事をして手を振って見せた。
「まぁいい。そのうち、“竜の騎士様の花嫁”に変えてやるから覚悟しろよ」
「……」
愕然とする発言をされてしまい、私は楽しげな横顔に視線を寄越す。
喧騒が止まない祭りの中で、私が足を止めれば、手を繋いでいるフローライトも足を止めて私を見た。
「……私は、フローライト様の花嫁にはなりません。あなたが夫だなんて想像出来ませんから」
はっきりと告げて、私は手を放す。
でも手が離れたのも、一瞬のことだった。
ガッと手を握り締められる。
「それはつまり、夫に相応しいと思わせれば、リリーナ。お前はオレの求愛に応えるということだな?」
「えっ?」
にんやりと不敵な笑みを浮かべるフローライト。
いやここはそんな返しをする場面では、え?
「それなら後日、お前の家に訪ねて認識を改めさせてやる」
「え? ええ?」
断ったつもりなのに、何故か新たな約束を取り付けられてしまう。
何故こうなった。
私は楽しげなフローライトに振り回されながら、デートという名目の屋台巡りをしたのだった。
20180314




