10 助けられました。
ーーこんなイレギュラーが起きるなんて!!
ドラゴンの口にくわえられて、どんどん風の中を突き進んでいく。
「ちょ、ちょっと、ドラゴン、様!? 私をどうする気!?」
吹き抜けていく風の中、仰向けの状態の私は、ドラゴンの目に向かって問う。
しかし、返答があるはずはない。召喚獣でもない限り、意思の疎通は出来ないと言われている。
いつ噛まれるか、ヒヤヒヤしている私を一体どうするつもりなのだろうか。
食べる気ではない? でも連れ去って、餌にするつもしなんじゃ……?
だったら、今のうちに抵抗するべきだろうか。
でも半分以上、空中を闊歩したあとだ。魔力は十分にない。
こんな巨大なドラゴンに太刀打ち出来るかどうか。先ず、全力を出したところで無事地上に降り立てたとしても、帰る魔力が残っていなければ徒歩しかなくなる。
ここはいずこ。どこ飛んでいるか、わからない。
あ、そうだ、転移魔法で戻る……いやこんな密着していてはドラゴンごと転移してしまう。こんな巨大なドラゴンを転移しては、間違いなく被害が出てしまうのだ。
じゃあなんとかしてこの口を開けて、離してもらわなくてはいけないか。
いやでも、下手したら、がじりっとされるかもしれない。
そう思うと、ゾッとした。真っ二つになりたくはない。きっとこのドラゴンには容易いことだろう。降ろされるまで大人しくしていようか。
あーあー。やばいな。
今頃、あっちはどうなっているだろうか。
騒ぎになっているだろうな。祭りどころじゃないよね。前代未聞の騒ぎでいるだろう。花姫がドラゴンに食われたなんて、共存の終わりだと嘆いているかもしれない。どう考えても不吉。頭上の乱舞しているドラゴン達がいつ自分達を食うかわからないと、混乱に陥っていないだろうか。心配だ。
お母さん、お父さん。私はまだ生きています。どうか絶望しないでください。生きて帰えれたら、末代まで語り継がれるんじゃないでしょうか。
それにしても、この体勢はキツい。仰向けにくわえられているのも楽じゃない。かと言って無理に動いたら、牙で傷付くかもしれないのだ。身動きも出来ない。
つらいなぁ。
遠い目で青い空を眺めていれば、急に放り出された。
持ち前の運動神経で、ザッと着地したのは地面。というより、山の中の洞窟だった。どうやらこのドラゴンの住処のようだ。
とにかく、今が好機だ!
魔力を高ぶらせて、転移魔法を発動しようとしたが、私はあるものを見て止まってしまう。
そこにいたのは、ドラゴンなどではなかった。黄金の鎧を着た男性だ。
髪は金髪の若々しい男性が、にこりと微笑む。
「まぁ、そう急ぐな。人の子ーーーーいや、花姫よ」
その発言で、彼がさっきまで私を運んでいたドラゴンだということを理解する。ドラゴンが人の姿に化けるなんて、聞いたことがない。召喚獣ならば、人の姿に変身するけれども。
このドラゴンは、召喚獣ではない。それは間違いないのだ。
相当な実力のドラゴンだろう。抵抗しない方がよかった。多分、十全な態勢でも、勝てないタイプだ。
「何のために、私を連れ去ったのでしょうか? ドラゴン様」
私は警戒を含ませた声で問う。
よもや私を花嫁にしたいなんて、言い出さないだろう。いくらドラゴンの求愛の乱舞をしていてもだ。人間相手に、それも私なんて。
「口で説明するより、見てほしい」
そう答えて、ドラゴンは洞窟の奥へと進んだ。
私はしぶしぶ、あとを追う。
すると、その先には私の身長ほどの小さな黄金色のドラゴンがいた。左の翼は真っ赤になって血を垂らしている。怪我をして弱っている様子だ。
「我の息子だ。狩りに失敗して大怪我を負った。花姫は世界一の魔法学園のトップ生徒なのだろう? 治癒が出来ると踏んで来てもらったんだ。治してもらえんだろうか」
なるほど。それでこんなイレギュラーが発生してしまったのか。
「確かに治癒魔法も使えます。早速治させていただきますね。先ずは診させてもらいます」
そのドラゴンに近付いて、翼に触らせてもらう。
治癒魔法は医学を少しかじっていなければ、使えない魔法だ。
骨は折れていないもよう。なら深い切り傷だ。浄化と傷を塞ぐ魔法を使えばいい。ドラゴンが痛がったが、我慢してもらい、治癒魔法を発動させた。
淡い光が翳す掌から発しられ、みるみるうちに傷が塞がっていく。
「はい、これでよし。暫くは違和感を持つでしょうが、これで大丈夫です」
「おお、さすがは花姫じゃ。すまんのう、無理矢理連れてきてしまって。しかし、よく大人しくしていたな。おかげで助かったわい」
「あ、えっと、どういたしまして」
人の姿をしたドラゴンに、頭をなでなでされる。
髪はおかげさまで乱れているのだ。余計乱さないでほしい。
結ってもらった髪は三つ編みが二つ、肩に垂らした。
「さて、用は済んだ。城まで送ろう」
たちまち、広い空間には巨大な黄金のドラゴンが姿を現わす。
やっぱり大きい。圧倒されてしまう。
攻撃しなくてよかった、と思っていると、私達が通った洞窟の方から足音が響いた。そして姿を見せたのは、フローライト。
剣を抜いて、ギラついた目をして歩み寄る。
「ドラゴンでもーーーーオレの獲物を横取りすんじゃねぇよ!!」
白く鋭利に光る刃に、バチバチッと電流が走った。雷の魔法だ。
ドラゴンに向かって斬りかかろうとするものだから、私は咄嗟に間に割って入って、魔法壁を作ろうとした。しかし、そのスピードの間に合わない。
目を瞑ったが、剣が私を斬り裂くことはなかった。
目を開けば、寸前で止まり、静電気で黒髪が少し集まっている。
「フローライト様。誤解です。このドラゴンは子どものドラゴンを治癒してほしくて、私を連れてきただけです。剣を収めてください」
「……フン、なるほど」
フッとまとう電流を消して、フローライトは剣を下ろした。
私はガクリと膝をついてしまう。さすがに怖かった。
丸腰でフローライトに剣を突き付けられるのは、ドラゴンに喰われると思った時並みに恐怖を感じたのだ。腰が抜けた。
「おい、大丈夫か? リリーナ」
あなたのせいですが。
「ところで、何故フローライト様がここにいるのですか?」
しゃがんで覗き込むフローライトは、呆れた表情をして答えた。
「お前を助けにきたに決まっているだろうが」
「……え? ……どう、やって、来たんですか?」
よもやこの山にドラゴンが帰ってくると知って、転移魔法で来たわけではないだろう。かと言って空中魔法や浮遊魔法で来たのなら、こんなに平然といられるわけない。息を乱しているはずだし、それにしては早すぎる到着だ。
「ああ、野生のドラゴンに乗って追いかけてきた」
「……は? ……はぁ!?」
八重歯を見せてニッカリと笑うフローライトに、二度も聞き返す。
野生のドラゴンに乗って追いかけてきた。
そんなバカな。野生のドラゴンが人間の言うことを聞くはずない。そもそも乗せるなんてことも、しないはずだ。召喚獣のように、元から主に従う生き物ではないのだから、あり得ない。
しかし、この人はやってのけたのだ。
なんて人だ!!!
「よし。帰るぞ」
「えっ」
フワッと身体が浮いた。フローライトにお姫様抱っこされたのだ。
「このままドラゴンで帰るか?」
「ハッ、いえ、ここは穏便にフローライト様の転移魔法で帰りましょう」
お姫様抱っこされていることに放心してしまったが、この巨大なドラゴンで帰るよりも、城に転移魔法を使って帰った方が遥かにいいと思えた。
「よく考えてみろ。お前は公衆の面前で、ドラゴンに攫われたんだぞ。花姫なのに食われただの餌にされただの騒ぎになっているかもしれないだろう?」
「うっ……そうですが」
「そんな中、そのドラゴンで舞い戻ってみろ。人々が大いに安堵するだろう。無事な姿を見せるのも、花姫の責任だ」
「……そうですね」
反論出来ない。
「それに」
フローライトが黄金のドラゴンの首に跨り、付け加える。
「ドラゴンは案外、乗り心地がいいぞ」
なんて強気に笑った。
くわえられて運ばれた身としては、全然そんなことを思わなかったのだけれど、いざ飛んだドラゴンの頭上から見た景色。まさに絶景だった。
生い茂った森の山を、グングンと飛び去る。空は雲一つない晴天。黄金のドラゴンが輝きを放つと、下の森はペリドットやエメラルドの輝きを返しているようだった。
突き抜ける風は、瞼を閉じたくなったけれど、フローライトが手を翳して風の壁を作って風圧を遮ってくれる。おかげで髪もドレスも乱れないで済む。
そのまま絶景を味わっていれば、城が見えてきた。
私達は、城のバルコニーに下ろしてもらう。
何故かそこには泣いていたベアが待ち構えていて「バカ! 心配していたのよ!!」と真っ先に抱き締められた。
ドラゴンは軽く会釈をして見せると、若いドラゴン達が乱舞する大空を駆けるように飛び去る。
「ベア。ちょっとごめんね。あとで償うから、花姫の役目をさせて」
そう告げてから、私は空中を少し歩いて東の大通りを歩いた。
無事ですよーという意味を込めて、手を振る。
そうすれば、わっと歓声が上がった。
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