04-02 君の名は
綾金女子大学、通称「綾女」は二年制の短期大学で偏差値は中の上、綾金学園からのエスカレータ入学が多く、ちょとしたお嬢様から元なんとかの君も通っており、そこそこの知名度のお嬢様短大で知られている。
そんなお嬢様短大のため、学祭でも大学内に入れるのは学生の家族や女性の友人、そして急造の従兄弟ぐらい。
来栖エリスには親しい従兄弟はおらず、忙しい父は別にして母親を招待するだけだった。
「来栖さん。」
エリスを呼んだのはサークルの部長。
「はい。御用ですか部長。」
「教授の知人の方がいらっしゃったので展示物の案内をお願いしてもいいかしら。」
所属するサークルは幻想文学研究サークル。このサークルには、入る前に期待していたところと少し異なったためエリスはあまり参加していない。エリスの大好きなファンタジーではなく、童話や古い伝説や伝承を研究し、その元となる事象を調べるいたって真面目なサークル。
そんなわけであまり定例会にも参加せず、出展物の製作にもかかわっていなかったため、展示室の案内役を仰せつかってしまったのだ。
「はい。」
そう答えたエリスだが、部長が離れるとため息がでた。
やっぱり弁論サークルのほうが良かったかしら。
学祭の出展物は定番の古代伝承の研究が中心だった。特に伝説の武器や道具が、実は当時の文化を知る上で貴重な情報であるとかうんぬん。エクスカリバーが聖剣と知っていてもアーサー王の伝説は知らない。そんなエリスにとって三種の神器もまた同様である。いやそう思っていたが、実際に三種の神器をみてエリスの気が変わった。最近はまった漫画が影響、ではなく何か特別な感じがするのだ(レプリカだけど)。
今は展示室にはだれもいない。エリスは三種の神器の一つ、勾玉を手に取る。そしてそれを高々と掲げる。
「神器の力、見せましょう。我が命じる。悪鬼を払い給え。」
しばしその姿で留まるエリス。そして急に恥ずかしくなったのか周りを見回して勾玉を
置き展示室を後にした。
数分後、エリスは教授室でこれからお相手する人物と面会していた。
エリスの前にいるのは二十代後半の女性。高井と名乗るその女性は綾金女子大学のOGで教授に会いにやってきた。彼女の正体は内調の調査員で、新聞社に勤める本物の高井依子が九州支局にいるのも調査済み。そのため高井(偽)は自分の偽装が見破られることは無いと考えていた。
姿も淡いクリーム色のスーツに黒いメガネで高井の外見に合わせ、さらに化粧でイメージに近づけている。唯一人物を知る教授が外出中なのは確認済み。
こうして高井(偽)はエリスに案内されることで接触に成功した。
「高井です。よろしく。」
高井(偽)の差し出された手を慌てて握るエリス。
「ど、どうもです。」
このときエリスの脳裏に描かれたのが一押しの漫画に出てくる巫女。それにそっくりの高井(偽)。先ほど演じたのがその巫女が活躍する回の決め台詞。勾玉を用いて悪鬼ノブナガを追い払うシーンが蘇る。
エリスの脳内を知ることはなく、高井(偽)はエリスに愛想良く笑顔で接しながら話しかける。
「今回の展示物の目玉は何かしら。」
エリスは慌てて記憶をさぐる。神話や伝承にでてくる武器や道具の再現だとエリスが何とか思い出して話すと高井(偽)はエリスに案内をお願いする。
「それではご案内します。」
エリスは慣れない敬語を使いながら、高井(偽)を案内する。
展示室は神器のレプリカとそれにまつわる伝承が書かれたパネルが対となり、二十点あまり展示されている。内心のドキドキを押さえつつ、エリスは高井(偽)に展示物を説明していく。
日本の三種の神器まで来るとエリスのテンションが一つ上がった。
「この玉は”やさかにのまがたま”といいます。悪霊を寄せ付けないのです。」
高井(偽)は少し首をかしげる。
「そんな効果があったかしら。」
三種の神器について名前ぐらいしか知らないので、高井(偽)は自信はないが何か違うような気がする。そんな高井(偽)の疑問をよそにエリスが説明を続ける。
「そして神国日本を守っているのです。」
なぜか力強く話すエリスと、なんとなく頷く高井(偽)。
「この鏡は”やたのかがみ”といいます。実は黄泉の国から死者を蘇えらせることができ
ます。」
エリスの口調は説明調だが、どこか熱を帯びている。高井(偽)は記憶をたどりながら質問する。
「八咫鏡の伝説はそんな話だったかしら。」
エリスは首をかしげる。
「違いますか?」
高井(偽)にはさして重要なことではないので相手に迎合することにした。
「その鏡で誰か蘇えらせたいとか思ったことありますか?」
高井(偽)は少し話をそらしつつ、エリスから情報を得ようとする。期待するのは亡くなった親族で、ここで祖父や祖母と言ってくれれば話は早い。それに乗じてより接近する予定を立てていた。
しかし、エリスにはそんな気は毛頭なかった。
「もちろん、ゆきゆきですよ。」
高井(偽)は聞き返す。
「ゆきゆき?、ペットかしら。」
幼いころに飼っていたペットもありだ。
そんな高井(偽)の思考をエリスが粉砕する。
「違います。ゆきゆきは幸村のことです。」
ゆきむらって真田幸村?
「もう一人はまさむねです。」
まさむね、まさむね、伊達政宗?
「二人は戦国の世を戦いながら駆け抜けたのです。」
いや、なんか違うような。
「そして激しくぶつかり合う二人には友情がめばえ。」
そんな関係だったかしら。
「最後には関が原で。」
えーと、関ケ原ってあれよね。
「あーゆきゆきとまさむねがもう。」
なにがもうなの、この子。
高井(偽)は真田幸村と伊達正宗のことを話しているとは判ったが、内容は理解は不可能であった。
「ゆきゆきとまさむねが生き返ったら。」
エリスの口調ははっきりしている一方で高井(偽)の思考は迷走している。
「二人一緒にてんかを取らせたい。」
その瞬間、世界が停止した。
戦国時代。
応仁の乱から始まった群雄割拠、下克上の世であり、数々の有名人が現れた時代。現代では幕末と並んで、創作小説やビジネス書でも良く取り上げられる人気の時代。
その時代を彩った武将たちが現代に蘇ったら。
そんな妄想はもちろん誰かの頭の中だけであり、まれに書物にされている。その妄想が、なぜか、うっかり、現実となってしまった時、また一つ世界が変わってしまった。
真田信繁にとって死して名を馳せた戦場が徳川との戦であり、豊臣のためであったことは誉れである。しかし、家康の首が取れなかったのが心残り。
伊達正宗にとって独眼竜の異名をとり、奥州王とまで呼ばれたことは誉れである。しかし、天下取りに間に合わなかったのが心残り。
立花宗茂は武人として生涯を全うし、その器量から武士の鑑とされたことは誉れである。そして、心残りはない。
この3人はいろいろな立場で互いに会している。敵として、味方として、戦国の世を生き抜いた同士として。しかし死後、数百年を経て青年期の姿で合間見えるとは考えなかっただろう。
信繁は問う
「伊達公は何ゆえ、そのような目捌きをされるのか。」
正宗は答える。
「そなた、大坂での事を忘れたとは言わさんぞ。」
宗茂は言う。
「討ち討たれは戦場での習い。それに拘る正宗殿では無かろう。」
正宗は言う。
「我が言うのは「関東勢百万と候え、男はひとりもなく候」と言い捨てたこと。」
信繁は答える。
「あれは、その通りであれば何も間違えたる事なし。」
正宗は切れる。
「貴様、この俺を関東で括るとは。」
宗茂は呆れる。
「そこかよ。」
信繁は返す。
「確かに、関東じゃないし。もっと田舎だし。悪い。」
正宗は・・・。
「てめー、謝ってねえじゃねか。」
宗茂は・・・。
「だからやめろって。」
信繁は・・・。
「やるか。今からやるのか。」
一時間後、疲れきった三人が仰向けで大の字になっていた。
正宗は思った。こいつら二人とならやれるかもと。
信繁は考えた。もう一花、咲かせるかと。
宗茂は悟った。俺はこいつらのお目付け役だと。
こうして伊達正宗、真田信繁、立花宗茂の三将は戦国時代ではあり得なかった同盟を組むことになる。目的は三者三様、だが目標は決まっていた。
江戸城へ。
三人は今いる場所が自らが生きていた日本とは異なる事は認識している。巨大な建物が並ぶ街中にいるが、道行く者は日本人だからだ。
三人は自分達が不思議な力でここに現れたと認識している。何故か馴染みのないはずの今の日本の言葉や文字が理解できるからだ。
宗茂の提案で三人はまず「たちばな書店」と看板に書かれた建物に入った。この世について何か手がかりが必要である。「書」とかかれているからには書物があるのではと考えたのだ。
「尋ねる。」
宗茂は本を手に取り、なにやらつぶやいている男を捕まえる。
「ひゃ、な、なにでござる。」
男は甲冑姿の武者を見て驚き声を上げる。かまわず宗茂は続ける。
「ここに、今の日ノ本を記した書はあるか。」
まずは情報、これなくして動けず。三人の認識は間違っていない。
「や、すごい甲冑でござる。」
男は今度は興奮した様子で声を上げる。その姿に苛ついた正宗。
「聞け!」
怒鳴り声を上げた。店の中の全員、ではなく一部の者だけ振り向くが後は己の事に没頭していた。
信繁は宗茂と正宗と男のやり取りを横目に、「なわばりちゃんお攻めなさい!」という一冊の本を手にとる。
この時代でも城攻めは重要とされ、書となっているか。
感動した信繁は所々意味が不明ながら読みふける。特に図が入ると口伝よりも判り易い、などと感心したり。
怒りを表す正宗となだめる宗茂と本を読みふける信繁。店長としては、どう見ても甲冑着た戦国コスプレ野郎が店で騒いでいるのでお引取り願いたい。いつもなら自ら注意するが、なぜか話しかけるのが怖い。そこで店長は近くの交番に連絡を入れ、知人の警察官に来てもらうことにした。
連絡を受けた阿波巡査は店の常連で店長とも馴染みである。阿波巡査は先輩巡査に報告の上で店に向かった。
「おおっと。」
阿波巡査は店の中に入ったとたん、甲冑姿を見て驚きの声をあげてしまった。兜を小脇に抱えた完全武装の武者が三人、一人は本を読み、一人は店長と何か話しており、一人はまわりを威嚇するように見回している。
店長は阿波巡査を見つけると激しく手を振る。
「こっちです。」
阿波巡査は近づきながら、こいつらは単なるコスプレ野郎とは違うと感じていた。剣道
三段で署内でも上位を争う阿波巡査には見えなかった、甲冑姿の男たちが素人とは。
「なんだこいつら。」
剣道の師範と相対したときのような感覚に襲われた阿波巡査は、自然と腰の拳銃に手がいく。それが悲劇と喜劇の始まりだった。
「何奴。」
政宗は明らかに他の者と服装や雰囲気が違う阿波巡査を誰何する。同時に持っていた鉄扇を投げつける。阿波巡査はとっさに鉄扇を左手で受けるが痛みで動きが止まる。
「貴様らこんなところで。」
阿波巡査は最後まで言うことができなかった。左手の痛みで視線を落とした隙に信繁が阿部巡査の左手に回りこみ首筋に当身を入れたのだ。
崩れ落ちる阿波巡査を見て店長は悲鳴を上げた。
「け、警察を呼んでくれ。」
すでに敗北した警察官がいるのはお構いなしに店長が叫ぶと、店員もあわてて電話をかける。その様子に状況の悪化を悟った宗茂は、二人に撤退を提案する。
「この場は去らねば、収まるまい。」
正宗は問いただす。
「何ゆえ。非はいきなり腰の物に手をおいたあの者ではないか。」
宗茂は答える。
「非はあやつだが、ここは我らの時代ではない。何が作法か判らぬ。ゆえに当身で眠らせた。そうだろう、信繁。」
信繁は答える。
「是。」
正宗は理があることを認め、引くことにした。
そんな問答の間に周囲の客は店の外に逃げだしていた。書店をでた三人は店を取り囲む群衆を一瞥すると悠然と歩き始めた。先ほど宗茂がたちばな書店の店長に確認した江戸城への道を。
近くの所轄からの応援が、緊急配備の大捕り物となり、機動隊の出動までで約二時間。それまでの損害は警察関係二十余名、報道関係三名、車両五台。槍と刀を携帯しているため拳銃の使用許可がおりてはいる。しかし刀を抜くことも槍を振り回すことも無く悠々と歩く三人。その姿に躊躇する警官達は気が付くと間合いを詰められて当身をくらい負傷者へと早替わりしていた。
それを数度繰り返したあと、所轄は警視庁から指示により舞台から退場した。
開演から三時間後、四車線の国道に完全装備の機動隊と車両が整然と並び、そこから五十メートル先の三人の鎧武者と相対する。
「やっと陣立てが整ったようだな。」
正宗が待ちかねたとばかりに立ち上がる。
「足軽の背後に鉄砲隊が控えているようだが。」
目が利く信繁がSATの隊員の存在に気が付く。
「では敵陣に切り込み、乱戦が良いな。」
宗茂は至極当然のごとく言う。信繁は不敵に笑いながら背負っていた箱から筒のようなモノを取り出した。
第四機動隊第二中隊の野坂中隊長には、少しばかりためらいがあった。
相手は武装した凶悪犯のはずがどうも違う。そう堂々としており余裕があるからだ。個人的には是非会話をしてみたい。
「犯人達が刀を抜かなければ押さえ込み逮捕となるが、抜けば狙撃でしとめます。」
SATの班長の発言にミーティングの最中であることを思い出した野坂中隊長は内心を隠して同意する。
「その方針で進めましょう。」
打ち合わせを終え、本庁からの指示が入ると野坂中隊長は隊を前進させる。その瞬間、何かが割れる音とともに、機動隊のバスの側面に炎が現れる。信繁が筒から打ち出した陶器製の焙烙玉が炸裂、炎上したためだった。
先手を打つ。出鼻を挫く。主導権を握る。戦の基本であり、これに動揺した機動隊は前進を中断する。
その間に、正宗と宗茂が恐ろしいほどの速度で間合いを詰める。それにSATが冷静に反応する。狙撃手はすでに目標をスコープに入れている。が、突然の白濁で目標が消える。
信繁の二投目の焙烙玉が今度は空中で炸裂、これが煙幕となったのだ。
広がった煙幕が機動隊員の上から覆いかぶさる。一瞬だけ頭上に意識を向けた先頭の隊員が視線を戻した先には突進する鎧武者がいた。先陣は宗茂。機動隊の盾の壁を槍の石突きで文字通り突き崩す。数名が倒れるが逃げる機動隊員は無く、隊列は維持されている。
「あっぱれ。」
賞賛しつつ宗茂が槍を縦に構えてその場に肩ひざをつく。そのタイミングで、背後から走りこんだ正宗が宗茂の肩をけって跳躍、盾を宗茂に向けていた機動隊員の頭上から飛びかかる。
体躯で言えば明らかに機動隊員に分がある。しかし動揺が隠せない機動隊員と目論み通りに先手を取った武将とでは初手の速さ、強さが違う。想像以上の力で打ち倒される機動隊員。
「まだ抜かぬとは。」
宗茂に追いついた信繁は呆れたように盾と棒のみで近づく機動隊員を見回す。
「むしろあっぱれかな。」
正宗は初志を貫く意気込みを褒めながら機動隊員と乱戦を続ける。
「戦ではなく、捕り物に拘るのは面子であるか。」
宗茂は機動隊員と格闘を続けながら冷静に推測する。信繁の持つ焙烙玉により巨大な鉄車を燃やしたことで、敵も攻め方を変えるかと構えたのも束の間、相変わらずの盾を構えて棒の攻めのみ。
江戸暮らしが長い宗茂は、おそらく町奉行が面目をかけてこれだけの同心をそろえたと推量していたが、戦国の世しか知らぬ信繁にはこの状況が理解できない。
「戦にならん。」
組み付く機動隊員を合戦組手で捌きながら憤る信繁に、宗茂が諌める。
「旗本どもが控えておるかもしれん。油断はせぬことぞ。」
その間も機動隊員との激動が続くが、三人は体に漲る不思議な力からか疲れも感じず戦い続けた。結果、戦闘開始から二十分後に野坂中隊長を含め機動隊員のうち半数が道に転がり、残りは退却する姿があった。
「これではな。」
まだ戦い足りない正宗が、戦場を眺めながら多少の不満を漏らす。
「江戸城の姿もまだ拝んでおらん。これからだ。」
宗茂が言うと信繁も同意する。
「前段を叩いた程度だろう。これからでは。してここはどのあたりか。」
宗茂は懐より冊子をとりだす。東京ウォーカーと書かれたその本の池袋・目白コーナーを開く。
「あの鉄柱に貼り付けてある板とこの地図を見比べると今は、このあたりか。」
武将としての資質の中に地形と地図を読み取る力がある。戦場や国作りで日々鍛えられた感覚は多少の変化にも十分対応できる。
「して江戸城は。」
正宗が地図を覗き込む。
「名は異なるが、まさしくここが本丸。」
皇居を指差す宗茂に、正宗がうなずく。
「うむ、間違いなかろう。」
「御二方は登城の経験がおありか。」
信繁が尋ねると、正宗と宗茂は共にうなずく。
「そうか。」
二人は大阪の陣で信繁が没したことを思い出す。声をかけようとした二人を信繁は止めた。
「いや、気になさるな。これからあの時の借りを返すのであるからな。」
信繁の声に正宗が応じる。
「そして、冥土の狸親父に天守閣の鯱を土産に持って帰ろうぞ。」
宗茂はその言葉を聞きながら皇居の方角を指差す。
「目指す城はこの方角。いざ参ろうぞ。」
こうして三将は再び進軍を開始した。
※この物語はフィクションです。登場する人物、団体及び名称等は架空であり、実在のものとは一切関係ありません。