03 幕間一 お昼前
そういえば高校時代のロシアからの留学生とロシア語の先生、名前は忘れたけど今頃どうしているだろう。
エリスはそんなことを考えながら、ランチの準備を始めていると奥からレイラが現れた。
「あれ、レイラさん。いつの間に。」
「エリスさん、また考え事してたのね。さっき後ろを通ったときに声をかけたでしょ。」
「そうだっけ。ごめんなさい。」
本当はエリスが謝る理由は無いけれど。
レイラはそう思いながらも、ランチの準備を手伝い始めた。
「ジンさん、聞いてください。」
ノアが唐突にジンに話し掛ける。
「なんですかノアさん。」
唐突なのはいつものことだが、内容はアレなのが多いのでジンは身構える。
「最近、置いた場所に物がないんですよ。」
「モノ忘れが激しく」
「違いますよ。」
「お兄さんが。」
「私の部屋には入らないでって、いつも言ってます。」
「寝ぼけて。」
「あー少しなら。」
「ほら。」
「それだけじゃないんですよ!昼間でもあるんですよ。」
「だってノアさん、昼間でもぼーーと。」
「ひどいジンさん。」
客もジンも笑っているので、ノアは矛先を変えた。
「絶対、何かいるんですよ。レイラさん、どうすればよいですか。」
話を振られたレイラはある事を思い出しつつノアに聞いた。
「ノアちゃん、物を置くときに何気なく置いていない?」
「え、あ、そうですけど。」
レイラの質問の意味が判らず、ノアは曖昧に返事をする。
「無くなって欲しくないものは、置く時に「ここにいるように」って命じなきゃ。」
「おお、さすがレイラさん。今度からそうします。」
レイラの説明に妙に納得して、ノアは首を縦に振りながら自分になにか言い聞かせる。その会話を聞いていたエリスがノアに代わって会話に入る。
「私は逆に、気がついたら物がある時があるの。」
「それはノアさんと同じく忘れていただけでは。」
ジンが軽く流すが、かまわずエリスは続ける。
「ちょうど欲しかった物を部屋で見つけて、それから買ったことを思い出すの。」
今度はジンも流さずに、哀れんでしまった。
「エリスさん、それ若年性の痴呆・・・。」
「ひどい!」
エリスが抗議する横でレイラが口を挟む。
「むしろエリスさんは、衝動買いを押さえたほうがいいわね。」
「衝動買いした物って案外、忘れちゃうんですよね。」
エリスが答える前にノアがフォローにならないフォローをすると、ジンの容赦ない突っ込みが入る。
「衝動買いして忘れるなんてだいぶ手遅れ・・・。」
エリスは旗色不利と感じ、取り合えず退散しようとしてふと思い出す。
「でもね。一度だけ本当に今でも買った覚えの無いものがあるの。」
ノアが食いつく。
「え、なんですか。」
「これよ。」
エリスが胸元からペンダントをだす。
「あ、これ勾玉ですよね。」
ジンが驚き気味に顔を近づける。
「きれいでしょ。」
エリスは全員に見えるように勾玉を掲げる。それをじっと見ていたノアがエリスの同意を得て手を伸ばす。
「わあ、きれいですう。」
語尾が怪しくなるほど、ノアは魅入っている。深緑の石だが光が当たると淡い赤と深い赤が混ざり合った不思議な煌めきを見せる石だ。
「はいはい、皆さん手が止まりすぎ。」
レイラの声で、ノアだけでなく店の客全員の視線が勾玉に集中しているのに気がつき、エリスは慌てて勾玉をしまう。
「で、これが買った覚えのないものなんですか。」
ジンが聞くとエリスが頷く。
「大学生の頃の話だけど、気が付くとこれを首にかけていたの・・・」
エリスは大学時代を思い出し始めた。
※この物語はフィクションです。登場する人物、団体及び名称等は架空であり、実在のものとは一切関係ありません。