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Elice in Wonderland  作者: 無風の旅人
不思議の喫茶店
18/28

08-01 スーツを着た悪魔

 日本で行われる素人主宰の巨大イベント。そこでは自分で作った本を売ったり、好きな想像上の人物の格好をしたり、徹夜したり、行列に並んだりと一部の趣味を共有する人達のお祭り。

 唯一の大前提は全てが想像上の産物であり、実在するモノとも関係なかったり、あったりが暗黙の了解。でも中にはある。作風や画風がそっくりな二次創作。紙や画面から飛び出たようなキャラクタ。そして魂を揺さぶられる人との出会い。


 そんな思いが数十万も集まる場所、その中で本物との出会いがあったのなら。


 エリスは某巨大イベントに大学の友人達には内緒で出展していた。一部の友人には趣味は知られていたが全てではなく、より濃い部分については誰にも話していなかった。

 その濃い部分がオラオラで有名な主人公とオレ様で有名な主人公の友情を描いた二次創作。

とても大学の友人達には見せられる内容ではない。故の一人での参加だった。

 エリスのサークル名Dr.Eはマイナー個人サークルなので島の真ん中。イベント前の準備と両隣への挨拶を済ませるとエリスは髪をまとめて靴をはきかえる。勝負は最初の一時間。売り切れ必死の壁サークルの新刊を確保するためには何より機動力が重要となる。開催のアナウンスと同時にエリスは活動を開始した。


 二時間後、エリスは悦びを噛みしめながら自分のサークルに戻る途中で、男性が一人座っているテーブルを見つけた。学生ではなく三十才くらいのスーツの社会人。机の上には男の友情を描いたエリスの好きな系統。

 まさかこの人が作家さん。

 エリスの視線を感じたのか男性は目を会わせるとエリスに本を薦めた。

「ご覧になりますか。」

「あ、はい。」

つい返事をして差し出された本の表紙を見る。

「これは。」

 エリスが驚愕したのも無理は無い。人気漫画の主人公と脇役が忠実に描かれている。

「すごく上手い人だ。」

 期待しながら本をめくると中身は会社を舞台にした友情と裏切りのドラマ。原作の設定無視の全コマがスーツと熱い展開にエリスはテンションが上がる。特に、自分を裏切り出世した上司に怒る主人公と主人公の着けているネクタイが新人の頃に自分が送ったネクタイだと気がつく上司のシーンは。

「あんたが俺を裏切るから。」

「お前、このネクタイ。」

「信じていたのに。」

 危うく全部ページを読みそうになってエリスは本を閉じた。

「あ、あの作家さんですか。」

 スーツの男性はエリスの質問に驚き、少し笑った。

「いえ違います。今日は手伝いで座っているだけです。」

「そうですか。」

 少し残念な気分でエリスは手に持つ本の表紙に目を落とす。

「あれ、これ。」

 気がついて男性と表紙を見比べる。

「あ、なんかそうなんです。」

 表紙の上司役の脇役が着ているものとネクタイまで同じスーツ。

「中身は見たことないですけど、同じモノを着て座っていろと言われて。」

 どうやら作家の友人か、もしかして彼氏さんか。

「まあ、気にせずによければ買って下さい。」

 心が広いのか鈍感なのかスーツの男性に薦められてエリスは三冊も購入してしまった。エリスが再びそのテーブルの前を通り過ぎたときにはスーツの男性は居なくなっており、結局そのまま会うことはなかった。


 その夜、一日かけて購入した本をエリスは夜通し読み続けていた。

 八冊目でスーツの男性が勧めてくれた本を手に取る。内容は先に読んだ原作がある作品ではなく、オリジナルキャラでの大学時代の親友同士がライバル企業にそれぞれ就職してビジネスの名の下に競い合う話。

 明治時代に創業した商社と江戸時代から続く商家から発展した商社にそれぞれ就職したクールメガネと熱血茶髪は配属先がたまたま同じエネルギー部門。

 そこで二人はエネルギー資源を求めて参加した、ある国の入札会場でばったり出会う。同じゼミで競い合った二人は性格は違うが息のあったコンビだった。クールメガネと熱血茶髪は再開を喜び会うが、ライバル関係にある二社の組織はそんな二人の意図とは関係なく動く。

 クールメガネは先輩から言われる。あの大学の同期からライバル会社の情報を引き出せと。

 熱血茶髪は上司から命じられた。あの大学の同期から入札価格を聞き出せと。

 二人は悩み、一人は命令を拒み、一人は命令を実行した。クライマックスは裏切った友人が偽悪的に罪を告白するシーン。冷静を装う友人の乱れたスーツが彼の心を写す表現は最高だった。全編スーツで彩られ十二分にスーツを堪能したエリスは、後書きで売り子のスーツの男性が作家さんの弟だと知った。

 そして文章にはスーツに対する愛が溢れていた。

 “私の国ではスーツが国衣である。”

 すばらしい、全ての男性がスーツを着る世界、いける。

 “スーツこそ至高。”

 その通り、スーツ姿は男性を一番引き立たせる、異議なし。

 “スーツこそ正義。”

 スーツ姿であれば大抵は許せる、そうかもしれない。

 “ジークスーツ。”

 もう、全てがスーツ、最高。

「ジークスーツ。」

 夜中だというのについエリスは叫んでしまった。


 これから始まる物語はあるスーツ愛好家の叫びが起こした惨事だった。


 イタリアのナポリは観光地として有名だが、もう一つ有名なモノがある。

 マフィア。

 地元に根付いた犯罪組織は十九世紀から続き、現地ではカモッラと呼ばれている。何十とある団体の一つ、ルッチファミリーの幹部カルロスがいつものカフェに向かっていたのはある晴れた日だった。常にスーツで決めた姿は映画俳優を思い起こさせる二枚目で、警護の手下が二名同行しているため知らない人が見るとセレブのお忍び状態。

 カルロスはナポリの大通りから少し入った場所にある、落ち着いたカフェでエスプレッソを飲むのが習慣だった。

「おい、レオン。」

「はい、兄貴。」

「俺は顔に何か付いているか。」

「いえ何も。」

「アジア人どもが俺を凝視しながら通りすぎて行くぞ。」

 カルロスはアジア人が自分を見て何かを話しながらすれ違う場面に四回目も遭遇した。自分はすでにチンピラとは違い、部下を何名も持ちこの地区を仕切る立場だ。いちいち威嚇しても仕方が無いと考えて特に何もせずにいた。

「なんだあの女どもは。」

 それも五回目ともなるとさすがにカルロスはいらだちを覚える。

「きっと、兄貴がカッコいいのでハリウッドスターと勘違いしているのでは。」

「バカなこと言うな。」

 カルロスはそう言いながらもアジア人とはいえ女からそう思われるのは悪い気はしない。気分を回復したカルロスを横目に見ながら、レオンは念のため揉め事が起こらないようにもう一人の部下ベッティオに耳打ちして周囲の警戒を強めるようにした。

 一行が無事にカフェに着いていつもの席に座るといつもの飲み物が運ばれてくる。機嫌よくエスプレッソを飲むカルロスを見てレオンが安心したのも束の間、先客のアジア人達がざわめき始める。

「ちょっと、あれ。」

「え、うそ、凄くない。」

「ねえ、どうしよう。」

 どうやら観光客の中国人か日本人のようだが、ちょっと度が過ぎる。レオンはカルロスが切れる前に脅して静かにさせるかどうか考える。

「あの。」

 突然、背後から声をかけられレオンは慌てて立ち上がる。

「くそっ。」

 前の奴らに気を取られ過ぎた。誰だ。

 レオンはカルロスを庇い、ベッティオが前に出て近寄る人影の接近を止めようとする。

「これ。」

 突き出されたカメラにベッティオは懐に手を入れる。

「まって、まって。落ち着いて。」

 ナポリ人が慌ててベッティオとカメラを持った女の子の間に割ってはいる。

「勘違いです。写真を撮ろうとしただけです。」

「なんだと。」

 レオンはナポリ人に怒鳴る。

「私はジョルチです。ナポリでガイドやってます。彼女達は日本から来た観光客です。ほら君も写真はだめだよ。」

 ジョルチと名乗るナポリ人は騒ぎに驚いている女の子を注意するとレオンに事情を説明する。

「日本ではスーツ姿の男性が密かなブームで、特にそちらの方のようにスーツを着て絵になる男性はものすごくもてるのです。」

 イタリア人にとってスーツは仕事着でおしゃれ着で普段着のため、ブームという感覚は理解できなかった。

「で、あの女達は写真なんかとってどうするんだ。」

 レオンはカメラを指差してジェルチを問い詰める。

「記念写真として。」

「ふざけるな。」

 レオンはカメラをもぎ取ろうとしてジェルチを押しのける。

「まて。」

 カルロスの制止の声にレオンは動きを止めた。

「観光客に手を出すのはまずい。」

 ナポリ経済の収入源は観光からが多く、犯罪組織によっては組織の利益に直結する場合がある。ホテルやカジノを主体としたり、かっぱらいや詐欺が中心の組織もそうだ。

「写真はだめだが、話ならいいぜ。」

 カルロスは気さくにジェルチと日本人女性に話しかける。

 兄貴の悪いくせだ。

 女には優しくというより甘く、過去に痛い目に合っているはずのカルロスだが懲りていない。何度も尻拭いしているレオンは舌打ち寸前だが従うしかなく、ガイドのジェルチも相手がマフィアだと知って逃げたかったが気分を壊さないように従うしかなかった。

「それで、スーツがブームというのは。」

 カルロスのテーブルに移動してきた三人の日本人女性との挨拶を済ませるとカルロスはジェルチが話した内容を確認した。

「はい、私の大学ではスーツを来た男性のカッコよさが話題になってます。」

 ジェルチの通訳ではまともだが、日本人女性達はもっとフランクだった。

「私達、もうスーツフェチで大変です。」

「相手がスーツを着てくれなきゃデートも出来ません。」

「スーツ イズ ナンバーワン。」


「カルロスさんを見てあまりにスーツ姿が素敵なので見惚れていました。」

「カルロスさんダンティー。」

「スーツ姿が決まり過ぎです。」

「もうスーツがたまらないのです。」


「それで写真をとらせていただければと思ったしだいです。」

「写真欲しいよねー」

「ねー。」

「ねー。」


 ジェルチは極力丁寧に訳して相手の機嫌を損ねないように気を使った。そのカルロスはナポリの仕立て屋に作らせる一点物を着こなしている。つねに予約で一杯の仕立て屋とはお互いに駆け出しの頃からの付き合いで、そのスーツと自分が褒められたので気分は悪くない。

「そうかい、なら仕方ないな。まあこいつは俺の友人が仕立てたものだ。」

 もっともカルロスは内心、日本人の女性がこんなに積極的だったかとか、人から聞いていた日本人のイメージとは違うな、などとの感想を持つに至っていたが。

 ※この物語はフィクションです。登場する人物、団体及び名称等は架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

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